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2014年8月 3日 (日)

ロラン・ジュヌフォール「オマル 導きの惑星」新☆ハヤカワSFシリーズ 平岡敦訳

「知識欲は不死と同じく、呪いのようなものだ」

「無私の知識なんて存在しません。見てごらんなさい。第五福音教徒や汎回教徒たちがどんなに必死になっているか。(略)ヒト族のことしか、彼らは語ろうとしない。そうやって宇宙の歴史を、自分たちの世界観に合わせようとしているのです」

【どんな本?】

 フランスの人気SF作家ロラン・ジュヌフォールの、代表的なシリーズの第一作。遠い未来、異様に広い異星オマルが舞台。かつて星間航行も出来た技術は失われ、今は、ヒト族・シレ族・ホドキン族の三種の知的種族が、小競り合いを挟みながらも和平へと向かいつつある世界。

 種族も年齢も違う六人の旅を縦糸に、センス・オブ・ワンダーあふれるオマルや異星人の生態や、三種族が織りなす奇天烈な社会と歴史を織り交ぜ、壮大な物語の開始を告げる叙事詩。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は OMALE, by Laurent Genefort, 2001。日本語版は2014年4月15日発行。新書版で縦二段組、本文約473頁+訳者あとがき5頁。9ポイント24字×17行×2段×473頁=約385,968字、400字詰め原稿用紙で約965枚。文庫本なら2冊分ぐらいの容量。

 文章は比較的にこなれている。ただ、フランス人作家による遠い未来の異星を舞台とした物語なので、固有名詞に独特の雰囲気がある。とまれ、SFとしてはコレがむしろ新鮮な味になっているんだけど。SFとしては、オマルの科学技術が退行してる設定もあり、やや懐かしい雰囲気が漂うが、異星人の技術が随所に出てくるためもあり、かなりSF味は濃い。

 また、最近の作品によくあるように、説明無しに物語内の独特の用語が出てくる部分が、随所にある。なので、最近のSFにある程度は馴染んだ人向けだろう。

【どんな話?】

 ここはオマル。太陽は天頂から動かず、昼と夜は一瞬で移り変わる。ここには三つの知的種族が住んでいる。ヒト族は地球表面積の約200倍、シレ族は約300倍、ホドキン族は約50倍の面積を支配しているが、それ以外にも果てしなく未開の土地が広がる広大な世界だ。かつて争っていた三種族だが、今の所は表面上は平和に共存を目指している。

 種族も年齢も異なる6人の者が、22年前に発行されたチケットと卵の殻に導かれ、巨大な飛行船イャルテル号に集う。目的地はスタッドヴィル、数ヶ月かかる長い旅だ。謎のチケットと卵の殻は誰の手によるものか。何の目的で六人を集めたのか。謎に導かれた六人の、冒険の旅が始まる。

【感想は?】

 フランス作家の作品と言うから色眼鏡で見ていたが、実は王道の冒険SF物語。

 まず圧倒されるのが、飛行船イャルテル号。全長1200mを超える巨体で、大空を悠々と飛び回る。現代の原子力空母が約330m、巨大タンカーが約460mだから、その3倍ぐらいの大きさ。ちなみに硬式飛行船グラフ・ツェッペリンは全長約237m(→Wikipedia)。

 飛行機ではなく飛行船なあたりが、この作品の味のひとつ。未来の異星が舞台なのに、科学技術が変な方向に向かっちゃっているのだ。遅れている、とは言いがたいのがミソ。なんたって全長1200m超えの飛行船を建造・運行する能力はあるんだから、現代より進んだ部分もあるのだ。

 じゃ、なぜ航空機じゃないのか。これが単なる味付けじゃないのが、著者のクセ者な所。奇妙な舞台オマルの設定が大きく関わってくるんだが、ちゃんと理屈が通っているのだ。

 そのオマル、異様に広い。ヒト・シレ・ホドキン三種の支配地域を足すと、地球の表面積の500倍を超え、しかも未踏の土地が果てしなく広がっている。「十二国記みたいなファンタジーか?」と思いそうだが、ちゃんとSFなのだ。「えっと、表面積を500倍にするには惑星の半径が22倍以上必要で、組成が地球と同じなら重力は…」

 ってな計算する人は、あましいないと思う。そういう計算する人なら、当然、例のアレに思い当たるだろうから。そんな風に、過去の作品への思い入れが詰まっているのも、この作品の味。

 謎めいた招待状で集められた、共通点が見当たらない6人の旅。となりゃ、SF者ならダン・シモンズのハイペリオンを連想する。これは明らかにワザとやってるんで、中盤以降でメンバーが自分の人生を語るくだりは、モロにそのもの。特に好色老人カジュルは、マーティン・サイリーナスの投影だろう。

 そこで語られる六人それぞれの人生は、なかなかにドラマチックで過酷。それだけで長編が一作書けちゃうそうなのを、挿話の一つとして圧縮しちゃってるのは、なかなかの贅沢だよなあ。

 その中ではカジュルの人生も相当なものだが、インパクトが最も強いのはアレサンデル。これは時期的なものもあって、やっぱり今はパレスチナ問題を連想すると実にやるせない気分になってくる。これも多分、私の勝手な思い込みではないと思う。

 アレサンデルの人生は、この物語の重要な側面を象徴している。一言で言っちゃえば差別意識だ。約千五百年前、三つの種族がほぼ同時にオマルに入植した。三種族は互いに争ってきたが、今は表面上、平和に共存している。辺境での小競り合いはあるにせよ。

 そういう不安定な状況なので、互いの中に敵意が密かに燻っている。これを減らそうと努力する者もいれば、むき出しにする者もいる。「世界はそういうものだ」と割り切って、己の価値観に従って生きる者もいる。この辺の微妙な感覚は、かつて広大な植民地を持ち、今も植民地からの移民を受け入れながらも、軋轢が表面化しつつあるフランス人ならでは。

 やっぱり他の作品を思わせる部分は、彷徨える飛行船を描いた部分なんだけど、あれラピュタとナウシカじゃないかなあ。とすっとシカンダイルルはクシャナ殿下? いや役割はドーラだけど。

 著者も本が好きらしく、本に関わる話が多いのも楽しい所。まずイャルテル号の図書室のしきたりが楽しい。「乗客たちは持っている本を申告し、航行中は皆がそれを読めるように、図書室に集めねばならない」。ああ、なんて素晴らしい規則なんだ。もしかして昔の船もそうだったのかな?

 それに加えて、シレ族やホドキン族の奇天烈な生態も重要な読みどころ。この作品ではシレ族の描写が多く、ホドキン族の生態はまだ多くの謎に包まれている。

 フランスSFという、一見キワモノなラベルの中に入っていたのは、王道のSF魂が炸裂する重量級の異郷冒険物語だった。奇矯なエイリアンと、起伏の激しい冒険物語が好きな人にお勧めの本格的なSF大作。

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