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2014年7月23日 (水)

マックス・バリー「機械男」文藝春秋 鈴木恵訳

会社がこれほど大勢の管理職を必要とする理由が、ぼくら技術職にはどうにも理解できない。技術者はものを造る。営業の連中はものを売る。人事部の存在意義だって、ぼくはそれなりに理解できる。でも、管理職はやたらといるくせに、これといった仕事はしていない。

【どんな本?】

 オーストラリアのメルボルンから現れた新鋭小説家による、現代のギークを小躍りさせる長編SF小説。そのあまりにイカれた発想と、赤裸々なギークの生態の描写がウケたのか、「SFが読みたい!2014年版」ベストSF2013年海外編で、17位に突如登場した。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は Machine Man, by Max Barry, 2011。日本語版は2013年5月10日第一刷。単行本ソフトカバー縦一段組みで本文約330頁+編集部による解説4頁。8.5ポイント43字×20行×330頁=約283,800字、400字詰め原稿用紙で約710枚。長編小説としては、やや長め。

 文章はスラッシュドットっぽい雰囲気を巧く出している。スラドであって、 Wired ではない。いやわかんなくてもいいけど。つまり多少のクセはあるが、それは意図的なもので、読みにくい部類のクセではない。SFとしては意外と難しくない。一応、アルゴリズムだWi-FiだGPSだと専門用語っぽいのは出てくるが、普通の会話に出てくるレベルに抑えられている。

 むしろ難しいのは、小説として。主人公チャールズ・ニューマンの一人称で語られる物語であり、彼の思考がダダ漏れとなっている。徹底したギークである彼の思考についていけるか否かが、ハードルになると思う。

【どんな話?】

 ハイテク企業ベター・フューチャー社に勤める研究者のぼく、チャールズ・ニューマン。家で無くしたと思った携帯電話を、実験室で見つけて飛びついたのが、大間違いだった。機械に挟まれ、右腿から下を失ってしまったのだ。義足を与えられたが、これがとんだ出来損ないばっかり。持ってきたローラ・シャンクスは素敵なんだけど。ってんで、いじり始めたんだが…

【感想は?】

 身もだえしてしまった、いろいろと。

 主人公のチャールズ・ニューマン君、彼の造形があまりに見事。いや姿形じゃなく、オツムの中が。

 冒頭近くで、エレベーター待ちしている間に、イカした女性と話を始める…のはいいが、「エレベーターが遅い」って話題になると、エレベーターの運行アルゴリズムに没頭しちゃって、大事なチャンスを逃してしまう。

 うああ。やめろ、やめてくれ。胸が痛い。俺の黒歴史を掘り起こさないでくれ。

 こういう、ギークな人を身もだえさせる場面が、アチコチに出てくる。そういう意味では、かなり苦しい本だ。でも、読まずにいられない。SFにしたのは正解だった。「作り話ですよ」という前提があるから耐えられるんで、そうでなかったらリアル過ぎて読み続けられないだろう。

 やはり冒頭の、携帯電話を探して部屋を荒らしまわる場面も、なかなか身につまされる。問題の解決法Aを思いついても、肝心の問題が解決法Aを邪魔してたり。うんうん、あるある。

 こんな「あるある」が、アチコチに出てきて嬉しいやら恥ずかしいやら。エレベーターに続き、チャールズ君が義足を改良しはじめる場面も、彼の気持ちが判りすぎて辛い。

 いろいろといじり始める。まずは末端部分から改造しはじめる。アチコチを改造するうちに、ソースがスパゲティになってくる。この辺で気がつく。「いやコレ、元が腐ってるじゃん」。次に、今のモノが前提としている条件を疑い始める。どんどん遡っていって、そもそもの目的から見直そうとする。

 ここで、「目的そのものが間違ってるじゃん!」となったら、さあ大変。もう完全に自分専用の目的を見定め、自分の都合に合わせて要求仕様を作り出し、オリジナルとは似ても似つかないシロモノが出来上がってしまう。あなたにもありませんか? 私にはあります。

 で、往々にして、そうやって造ったモノは、とっても可愛い。

 ところが。可愛いんだけど、使い込んでくると、いろいろと不満が高まってくる。アレが出来ない、コレがまだるっこしい。そういう機能的な面だけでなく、自分が要求仕様を誤解していた事にも気がつく。原型の発想に捕らわれて、無駄な機能や部品が残ってたり、抽象化がワンランク足りなかったり。

 なんたって、自分が欲しくて造るのである。そりゃもう、こだわりまくりだ。そうやって造った物ってのは、かなり優れたシロモノができる。ユーザとのコミュニケーションが良ければ、開発効率は10倍以上向上するのである。ところが、そうやって出来たモノには、多少の問題が残る。

 みてくれだ。世間の人が考える義足とは、似ても似つかないシロモノになる。ここで「ナンだソレは!」と拒否するのが普通の人。「クールじゃん」と己の認識を改めるのがギーク。

 という事で、ギークにウケちゃったチャールズ君、どんどん暴走しはじめる。この過程がまた、読んでてイタいと同時に爽快だったり。行き着く先がなんとなく見えちゃいるが、その過程でのチャールズ君の気持ちをじっくり書き込んであって、これが他のサイエンス・フィクションにない、この作品ならではの味を生み出している。

 後半になると、チャールズ君の周辺に似たような連中がワラワラと集まり、話はどんどんエスカレートしてゆく。このチーム感も、この作品ならでは。

 終盤ではアクションが全開となり、待ちに待ったケッタイなガジェットも飛び出してくる。ハリウッドのアクション映画でも使えそうな場面が続々と展開し、お約束のギャグも手伝って、なかなかの読み応え。ちょっとせわしないけど。

 文体は意図的に今風の軽薄なスタイルを取っているけど、描かれるテーマは意外と重い。私は既に歯の詰め物や眼鏡で肉体を強化しているし(ヅラじゃないぞ!)、もはやヒトゴトではない。ギークな人なら、イタさと爽快さを同時に味わえる、実に楽しい小説だった。

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