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2014年7月28日 (月)

菅浩江「おまかせハウスの人々」講談社

 聡子はスーパーの中を見回した。
 所狭しと並べられた商品棚の間を、疲れた風情の客たちが流れている。
「こんなに広かったっけ」
 おもわず呟きが漏れた。
   ――フード病

【どんな本?】

 SF作家・菅浩江の短編集。現代の日本より、ほんの少しだけ技術が進んだ世界を舞台に、今よりちょっとだけ便利な道具や技術を登場させ、普通に生きている人々が抱えている心の奥底を照らし出してゆく、菅浩江ならではのヒネリの利いた作品集。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2005年11月28日第一刷発行。単行本ハードカバーで縦一段組み、本文約225頁。9ポイント43字×18行×225頁=約174,150字、400字詰め原稿用紙で約436枚。長編小説なら標準的な分量。

 文章はクセも少なく読みやすい。SFではあるが、舞台は今より少しだけ技術が進んだぐらいの日本を舞台に、普通に働く人を中心とした話が多いので、特に構える必要はないだろう。何より掲載誌が「小説現代」だし。

【収録作は?】

 / 以降は初出掲載誌。

純也の事例 / 小説現代2004年6月号
 午後の児童公園。渡会夕香は純也を見守っている。何事も考えすぎて、夕順不断な夕香。ママ友の林原ナミは対照的で、直感的に割り切ってしまう。純也の友だちは五歳の敦史君。ナミの放牧主義のせいか、やりたい放題の暴れん坊だ。さすがに困った純也は夕香を振り返り…
 おとなしく「いい子」の純也と、色々と考え込む生真面目な夕香。乱暴で我侭な敦史と、ズボラで直感的なナミ。児童公園での対照的なママ友同士の会話…と思わせて、そうきますか。私も何かと考え込むタイプなので、夕香のモノローグが身に染みるったらありゃしない。と同時に、現代の日本が「母親」に負わせている、息苦しい重圧も漂わせている。昔はもっといい加減だったような気がするけど、どうなんだろう? いやその分、事故や事件も多くてデンジャラスでもあったんだけどw
麦笛西行 / 小説現代2003年7月号
 やっかいな苦情処理を処理した土橋嘉継に、課長から声がかかる。先日、やっかいなクレームを処理した陣川さんの話だ。相手の気持ちを察するのが苦手な土橋は、同期の昇進レースから遅れている。だが、最近は少しマシになってきた。秘密兵器があるのだ。
 これも土橋の気持ちが身に染みる一編。彼が自分の鈍感さについて調べ、気落ちするあたりは、とてもヒトゴトとは思えず泣く事しきり。そんな彼と、若くして出家した有名な歌人の西行(→Wikipedia)を対比させた作品。なんにせよ、人の気持ちってのは言葉どおりじゃないわけで、色々と考え込んじゃうんだよなあ。
ナノマシン・ソリチュード / 小説現代2002年7月号
 一人暮らしの小枝子は、今日も課長から残業を押し付けられてしまった。一人暮らしは寂しい、という課長の思い込みは、腹が立つどころか悲しくさえなってくる。家に戻れば、馴染みのチャット友達が待っているのに。同期の朋世、朋世の中学の後輩の麻梨花、去年転職した修子。
 自分のモノに名前をつける人と、つけない人。私はつけない方だけど、そういうタイプの人が、複数のコンピュータを管理する立場になると、考え込んじゃったり。そんなワケで、一昔前の社内LANには、女性名のコンピュータがうじゃうじゃあって、「おいミキが死んだぞ」とか物騒な言葉が飛び交ったり。
フード病 / 小説現代2003年12月号
 スーパーの食品売り場で、商品のIDチップをチェックする浜尾聡子。最近のIDチップは通信機能もつき、ネットから最新情報を持ってくるようにもなった。今日もお父さんはお義姉さんの芙詩子の所で、ご自慢の手作り野菜を食べてくるんだろうか。
 SF作家・菅浩江の凄みがにじみ出た作品。出てくるガジェットは、食品の安全とIDチップ。このIDチップの発想はRFID+インターネットで、広告がついてくるあたりはかなり斬新なアイデアなのに、一家の主婦の目で「少し目新しい便利なもの」として描き、嫁と小姑の関係を絡めヌカミソ臭い生活感たっぷりに描き出してゆく。こういう、最新よりちょっと先の、SFマニアが目を見張るガジェットを、「普通の人」の視点でキチンと描ききっている手腕はお見事。
鮮やかなあの色を / 小説現代2002年12月号
 ランチタイムは疲れる。箕浦祐加子は、グッタリする。女性の同僚とのランチは、互いの顔色を窺いながらの仲良しごっこだ。興味のない話題でも、適度に相槌を打ち同感だってフリをして、たまには自分から話を振らなきゃいけない。同僚と無難にやっていくのは大変で…
 モテないオッサンとしては、「若い女性は大変だよなあ」などとヒトゴトのように思ってしまう出だし。男社会でも互いの顔色を窺う場面は多々あるんだけど、たいていはメンバーの何人かが救いようのないマイペース野郎で、「アイツはそういう奴」という地位を確保してたり、メンバー内の序列がハッキリしてたりするから、かも。
おまかせハウスの人々 / 小説現代2005年2月号
 「おまかせハウス産業」に勤める佐伯博也の仕事は、サンプルとして選ばれたモニタ家庭から意見を聴くことだ。最新の技術をふんだんに取り込み、住む人を家事労働から解放する。炊事・洗濯・掃除・ゴミ出しと、全て住宅が面倒を見てくれる。ただ、技術が新しいだけに、住み心地や快適さの検証も多岐にわたり、博也は押し寄せる大量の意見…というより愚痴に困り果てていた。
 これまたハイテクなガジェットと使いながら、嫁姑問題などを絡めつつ、ヒトとテクノロジーの関係をヌカミソ臭く描いた傑作。洗濯機や炊飯器などのシロモノ家電で、現代の家事は効率が相当に上がっている。にも関わらず、家事労働の時間はあまり減っていないような印象を受ける。共働きの八辻家、二世帯の金井家、一人暮らしの太田垣。それぞれの「意見」が、類型的ではあるものの、「いかにも」なのにニヤリ。

 どの作品も「小説現代」掲載だけあって、一見SF味が薄めに見える。が、そう見えるのは見てくれだけ。いかにも「アタシ難しい事はわかんないんだけど」的な主人公に語らせながら、そこで描かれるテクノロジーは斬新なアイデアに満ちている。

 そういった贅沢なSFガジェットを羽織の裏に隠しながら、日ごろは目をそむけている我々の心の裏側を、容赦なく白日の下にさらけ出してゆく底意地の悪さも菅浩江ならでは。甘~い糖衣に包んだ小粒のキャンディーの中に、容赦なく猛毒を潜ませる彼女の芸風が堪能できる短編集。

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