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2014年6月22日 (日)

クリスティアン・ウォルマー「鉄道と戦争の世界史」中央公論新社 平岡緑訳

第二次世界大戦中、アメリカの鉄道は軍貨物の90%と、組織化されて移動する軍関係者の97%を運んだ。

【どんな本?】

 鉄道以前の軍は、長く一箇所に留まれなかった。すぐに人も馬も植えるからだ。そこに鉄道が登場する。陸上で大量の人と物を運べる鉄道は、戦争の様相を変えた。鉄道の適切な運用により、短期間で大軍の動員が可能となり、また長い期間、一箇所に留まって戦えるようになった。

 クリミア戦争・南北戦争・ボーア戦争などの鉄道利用の黎明期から、シベリア鉄道が大きな影響を与えた日露戦争、鉄道の強大な輸送力が戦争の様相を大きく変えた第一次世界大戦、ゲージの違いが敗北の大きな要因となった第二次世界大戦のバルバロッサ作戦、そして転換点のさきがけとなった朝鮮戦争とベトナム戦争。

 運輸問題が得意なイギリスのジャーナリストが、主に兵站を中心として鉄道と戦争の関係をさぐり、独特の視点で描く、近代・現代の鉄道と戦争の歴史。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は Engines of War : How Wars Were Won & Lost on the Railways, by Christian Wolmar, 2010。日本語版は2013年9月10日初版発行。単行本ハードカバーで縦一段組み、本文約346頁+訳者あとがき4頁。9ポイント47字×20行×346頁=約325,240字、400字詰め原稿用紙で約814枚。

 文章は、正直かなり読みにくい。原文に忠実に訳したのか、かなり文が長い。修飾語と被修飾語が離れていて、入れ子の深い文章構造が多く、一気に読むのがシンドい。二重否定も多く使われている。ただ、マイルやフィートなどの表現を、メートル法で補っているのは嬉しい。

 読みこなすのに特別な前提知識は要らないが、ナポレオン以降の世界史に詳しいと、更に楽しめるだろう。

【構成は?】

 序文
第一章 鉄道誕生以前の戦争
第二章 戦闘に呼び込まれた鉄道
第三章 鉄の道に敗北した奴隷制度
第四章 学ばれなかった教訓
第五章 戦争の新たなる武器
第六章 世界中が予期した戦争
第七章 西武戦線における大鉄道戦争
第八章 東部戦線での対照的な様態
第九章 またしても同じこと
第十章 線路上の流血
 参考書目/原注/訳者あとがき/索引/関連地図

 基本的に時系列順になっているので、素直に頭から読もう。特に「鉄道以前の戦争」を描いた第一章は、全体を理解する前提となっているので必読。

【感想は?】

 実は内容の多くが、M.v.クレヴェルトの「補給戦」と被っている。どころか、まんま補給戦を引用している所も多い。

 まず認識すべき大前提を、第一章で強調している。馬も兵隊も食わにゃ飢えるのだ、と。だが運べる量は限界があるので、現地調達せにゃならん。大人数が一箇所に留まると、付近の食べ物を食い尽くす。そこで「決して一ヶ所に必要以上長逗留して休息できなかった」。

 そこに鉄道が登場する。大量の人と物を、一括して運べる便利なシロモノだ。これは補給を楽にするばかりでなく、兵隊の招集も迅速にできるようになる。鉄道による人と物の移動は、経済を活性化させる反面、戦争も始めやすくしてしまった。

 とまれ、どんな道具も使い方次第。軍は鉄道を支配したがるが、過剰な支配は逆に鉄道の利点を殺す。これを戒めたのが、南北戦争の北軍で「戦時鉄道の魔術師」と呼ばれた鉄道技士ヘルマン・ハウプト。彼曰く、主要原則は二つ。

 1.軍部は列車便の操業に介入してはならない。
 2.貨物車は倉庫や事務所として使われないよう、速やかに空にして返すべし。

 世の技術職の人は、1.に深く同意するんじゃなかろか。ったく、わかってない営業や管理職や経営陣がブツブツ…。とまれ、軍人ってのは威張りたがるもんで、なかなか原則は徹底せず、事故が起きたり貨物車が払拭したり。

 シベリア鉄道が開戦の大きな要因となった日露戦争などを経て、鉄道の威力が戦場を大きく変えたのが第一次世界大戦。特に西部戦線を扱った部分が、本書のハイライトだろう。

 鉄道は大量の動員を可能にし、同時に食糧や弾薬の大量輸送も出来るようになった。「お、これなら大軍で一気に攻め込めるじゃん」と思ったのはいいが、現実は非情。大量輸送が可能なのは、味方だけじゃない。敵も同じなのだ。

 しかも、鉄道で運べるのは自軍の前線(の手前)まで。敵軍内に入ると、そこには線路が通じてない。だから人や馬で運ばにゃならん。一気に輸送効率は落ちる。逆に敵は自国領から鉄道で大量の補給が受けられる。それまで、戦争は攻撃側が有利だと思われていたのが…

新たな工業技術――有刺鉄線、機関銃またはとりわけ鉄道網――のすべてが防御を奨励する側に廻ったことであった。

 鉄道が実現した兵の大量動員・大人数を前線に留め得る強力な補給能力は、突撃を無効化する鉄条網や機関銃も相まって、悪夢の塹壕戦を生み出す。当事のフランスの軍用列車も凄い。なんと50両編成だ。士官専用の客車1両+兵員&軍馬用の有蓋貨車30両+無蓋無側17両+制動用の緩急車2両。まさしく Long Train Running。ちなみに山手線は11両編成。

 そんな鉄道にも欠点はある。駅までは運べても、その先はどうしようもない。そこで登場するのがゲージ60cmの軽便鉄道。前線で泥縄式に施設したモンだから品質はアレで、「軽便鉄道を使った運輸業務の1/5を、軽便鉄道の維持と建設に必要とされる資材が占めていた」。しまいにゃT型フォードまで機関車として登場する始末。

 もう一つ、鉄道と戦争のスターは装甲列車。表紙にも出てくる列車砲なんてゲテモノもあるが、活躍する場面は限られている。だって軌道しか走れないし。例外がソ連/ロシアで、内戦鎮圧で大活躍している。

特にそれが目立ったのは1990年のアゼルバイジャン民族主義者に対する、また1990年代及び2000年代初めのチェチェン戦争へ向けての出勤であった。

 とすっと、チベットの青蔵鉄道も…

 かように重要な意味を持つ鉄道は、同時に破壊と防衛の主眼にもなる。第二次世界大戦中のフランスのレジスタンス、敵のドイツの見事な運用方針、朝鮮戦争での北朝の鮮やかな欺瞞工作を経て、再び鉄道の位置づけが変わるベトナム戦争へと繋がってゆく。

 陸上で他国と国境を接していない日本じゃピンとこないが、国によっては戦略資源として鉄道を重視するあまり、観光客にまで列車や機関車の撮影を禁止している国もある。兵站という戦争における重要性の割に軽視されている分野に、少しマニアックな側面から焦点をあてた本でもあり、なかなかの拾い物だった。

 ただ訳文は硬いので、相応の覚悟はしておこう。

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