一般社団法人ダム工学会近畿・中部ワーキンググループ「ダムの科学」ソフトバンク・クリエイティブ サイエンス・アイ新書
コンクリートダムに関して答えにくい質問の1つが「寿命」です。コンクリートがダメになって壊れた例がないからです。
【どんな本?】
何のためにダムがあるのか。ダムは何の役にたつのか。人はいつからダムを作り始めたのか。どうやってダムを作るのか。ダムが起こした事故や災害はあるのか。ダムは環境や生態系にどんな影響を与えるのか。上流から流れてくる土砂で埋まってしまう心配はないのか。
下世話な好奇心から専門的な話まで、ダムに関する話を専門家がまとめた、一般向けの科学・技術解説書。
【いつ出たの?分量は?読みやすい?】
2012年11月25日初版第1刷発行。正式の書名は「ダムの科学 知られざる超巨大建造物の秘密に迫る」。新書版フルカラー横一段組みで本文約210頁。9ポイント28字×27行×210頁=約158,760字、400字詰め原稿用紙で約397枚の計算だが、写真やイラストを豊富に収録しているので、実質的な容量は6割ぐらい。小説なら中編の容量。
専門家が書いた本だが、比較的に文章は素直で読みやすい部類。内要も数式は出てこないし、特に前提知識は要らない。土木系の専門用語が頻繁に出てくるが、豊富に収録したイラストが、読者の理解の大きな助けになっている。フルカラーの効果は大きい。
【構成は?】
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各章は2~10頁程度の独立した記事からなっているので、気になった所から拾い読みしてもいい。第1章の「ダムの用語」は少し退屈に思えるが、以降の記事を読む基礎となるので、真面目に読みたい人はキチンと目を通そう。
【感想は?】
昔から疑問に思っていたことが、幾つかある。一つは、川が流れているのに、どうやってダムを作るのか、だ。
工事してる最中に、次から次へと水が流れてきたんじゃ、仕事にならないだろう。にも関わらず、アチコチにダムが出来ている。いったい、どうやって作ったんだ?
答えは実に簡単だった。いったん別の水路を作って、そっちに水を流せばいい。「山にトンネルを掘り、そのトンネルに川を流す方法がよく採用されます」。言われてみれば簡単な事だった。とはいえ、エジプトのアスワン・ハイダムや中国の三峡ダム(→Wikipedia)みたく大規模なシロモノだと、別の流れを作るのも大変な作業だろうなあ。
その三峡ダム、昔から水運が活発だった長江にある。「マズいんじゃね?」と思ったら、ちゃんと水路を確保してあった。しかも二つ。3千トンまでの船が40分で通れる高速用閘門エレベータと、一万トンまでの船が通れる5段階の水路。このダムで中国の消費電力の1割を賄うってんだから、相当な規模だ。
日本のダムは約3000基とかで、かなりの数のダムがあるけど、貯水量を全部あわせて約250億トン。ところがアメリカのフーバーダムの貯水量は352億トン。レベルが違う…と思ったら、そのフーバーダムも世界の貯水量ベスト10にさえ入ってない。なおトップはジンバブエのカリバ湖(→Wikipedia)で、1806億トン。
かねての疑問の次は、ダムの形。円弧型のダムがあるが、弧がダム湖に向かって突き出す形になっている。何か意味があるのかと思ったら、やっぱりあった。力学の問題なのだ。
ダムは様々な力を受ける。その一つは、ダム湖の水から受ける。ダムを下流に押し流そうとする力だ。アーチ型のダムは、この力をダムの両岸の岩盤に逸らす。こうやって文字に書くと分かりにくいけど、この本は一枚のイラストを見るだけで一発でピンとくるようになっている。ヴィジュアルの力は偉大だ。
巧い具合にアーチ型を支える岩盤があればいいけど、そうでない時は工夫しなきゃいけない。というか、近所の地質も重要な問題で。下手なところに作ると、底から浸水するし、ダム湖の上流で地滑りが起きたりする。乾いていた山肌が水没し、斜面を支えきれなくなるのだ。
地滑りが起きると、土砂がダム湖に流れ込む。この流れ込む土砂の始末も、昔からの疑問だった。放っておくと、ダム湖が土砂で埋まっちゃうんじゃないの?
実際、溜まるのだ。「年平均で0.24%の速度」で貯水容量が減っていく。そこで、砂を吐き出す様々な工夫をしている。排砂バイパスは、ダム湖の上流側から砂を流す水路を作っておく。フラッシング排砂は、「貯水池の推移を低下させて自然河川の流れ(掃流力)を利用する方法」って、要は水で砂を押し流すんですね。または普通に浚渫したり。
よくある重力式ダムってのは、ダムの重さ自体でダムを維持する方法。だから沢山のコンクリートが必要になる。以外だったのが、コンクリートの使い方。橋や住宅は鉄筋コンクリートだけど、意外な事にダムは鉄筋を使わない。ほええ。その分、鉄筋が錆びる心配もない。
大抵のコンクリートには砂利を混ぜる。これもダムは普通と違う。なるたけ大きな石を使うのだ。建物tが20mm~25mmなのに対し、ダム用は80mm~150mm。建物は鉄筋を入れる関係で、あまし大きな砂利は使えない。でもダムは鉄筋がないんで、大きな砂利を使ってもいい。砂利は安いし強いから、大きくて多い方が都合がいい。
他にもGPSがダム建設で活躍してたり、気温の変化でダムが収縮・拡張してたり、水質改善に役立ってたりと、意外な事がわかりやすく書いてある。逆にダムのせいで水質が富栄養化して困る場合もあるんだけど。特にアスワン・ハイダムは寄生虫の蔓延や塩害など功罪半ばらしい。
カラーのイラストを豊富に収録して親しみやすく、また独立した短い記事を続ける構成もとっつきやすい。科学や工学は、ヴィジュアルと相性がいいんだと、改めて感じさせる一冊だった。
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