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2014年5月22日 (木)

オーソン・スコット・カード「道を視る少年 上・下」ハヤカワ文庫SF 中原尚哉訳

人類救済はあわただしい仕事だ。あるいは退屈な仕事でもある。
そのプロセスのどの段階で参加するかによる。

【どんな本?】

 「エンダーのゲーム」で有名なアメリカの売れっ子SF作家オーソン・スコット・カードによる、長編シリーズの一作目。馬車はあるが外燃機関はない世界が舞台。罠猟師の息子で不思議な能力を持つ少年リグと、リグの友人で靴職人の息子アンポが、リグの父親の死をきっかけに旅に出る。少年たちの旅と出会いと成長、そして世界の謎が解き明かされる長編冒険SF小説。

 シリーズ物ではあるけど、長編小説として一応は完結しているので、気にしなければ普通に楽しめます、はい。なお続く Ruins は 2012年に既に出ていて、第三部の Visitors は2014年秋に発表予定。いずれも訳者がソノ気になっている上に売れっ子作家の作品なので、きっと日本でも出るでしょう。出るよね?

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は PATHFINDER, by Orson Scott Card, 2010。日本語版は2014年2月25日発行。文庫本縦一段組みで上下巻、本文約388頁+395頁に加え訳者あとがき4頁。9ポイント40字×17行×(388頁+395頁)=約532,440字、400字詰め原稿用紙で約1332枚。上下2巻としてはやや長め。

 文章は読みやすい部類。SFとしての仕掛けは、二つほどややこしい部分がある。ひとつは世界設定で、もう一つは登場人物の能力。世界設定は「だいたいのところ」が判っていれば充分。細かい部分は、少なくともこの上下巻じゃあまし関係ないです。異世界物の冒険ファンタジイだと思っても充分に楽しめる。能力は意図的にややこしい説明をしている。これは後述。

【どんな話?】

 13歳のリグには、不思議な能力があった。人や動物の通った跡が見えるのだ。罠猟師の父親は、能力について二つ指導した。一つは能力を使いこなすこと、もう一つは人に能力を隠すこと。他にも様々な事を教えた。天文学、銀行業、様々な言語、そして女の子との付き合い方。

 だが父親は倒れた木の下敷きになって死んだ。遺言を残して。「姉を探しにいけ」「彼女は母親と一緒に生活している」。

【感想は?】

 田舎の猟師の少年リグ、彼には不思議な能力がある。猟師の父親は少年に高度で広範囲の教育を施し、出生の秘密の一端を明かして亡くなる。世界は壁に囲まれ、誰も壁の外へは行けない。明らかに分不相応な遺品を出に入れた少年は、幼馴染の友と共に旅に出る。

 と、出だしの部分を書くと、まるで異世界ファンタジイだ。で、実際、異世界ファンタジイとして読んでも、ほとんど問題ない。田舎の少年たちが旅に出て、仲間と出会い危険を乗り越える、まっとうな冒険物語だ。

 とはいえ、そこはオーソン・スコット・カード。お話そのものは少年の冒険物語なんだが、人間関係の描写が一筋縄じゃいかないのが、この人の特徴。特に幼い子供の目線で、時として冷徹なまでに客観的かつ論理的な視点で、人間関係を分析するあたりが、この著者の独特の味。

 この味わいは、エンダーを補佐したちびっ子ビーンの視点で描いた作品「エンダーズ・シャドウ」を思い出させる。腕力のない幼児でありながら、浮浪児として厳しい底辺社会を頭脳一つで生き延びてきたビーンが、その優れた知性で見抜く人間社会の力学が、あの作品の隠し味だった。

 この作品でも、父親から広範な知識を与えられた少年リグが、危険な道中を大人顔負けの智恵で切り抜けてゆく。

 上巻の前半で展開する旅の危険性は、歴史物が好きな人にも美味しいところ。猟師の倅として山や森や草原で生きてきたリグ。だが道中で彼が最も警戒するのは、肉食獣ではなく同じ道を行く人間だったりする。なんたって田舎のガキ二人だ。食い詰めた追いはぎには格好の獲物だろう。

 彼らが入った船宿での場面も、なかなかマニアックにリアル。歴史物も手がけるカードだけあって、中世風の社会で単位系がどうなるか、貨幣がどうなるか、かなり突っ込んだ考察をして世界を築き上げているのがわかる。大抵のファンタジイっじゃ見逃されがちな、下世話なネタもキチンと書いてるのも、カードならでは。

 旅は次第に都会へと近づき、父親がリグに施した教育の価値も見えてくる。リグとクーパーの対決の場面も、上巻の読みどころ。お話のスジは少年向け冒険物語なのに、イマイチ子供に読ませたくないのも、こういう場面があるから。あ、断っときますが、決して性的な場面じゃないです、はい。

 などと特異な才能を見せ付けるリグに対する、幼馴染アンポの視点が、これまた一筋縄じゃいかないのも、この作品の魅力。少年ジャンプ的な熱い友情とか、そういう単純なシロモノじゃない、子供とはいえ男のメンツがかかった複雑な気持ち。これを残酷なまでに冷静に描き出しちゃうあたりが、この作家の怖いところ。

 などと考えると、リグ=エンダー、アンポ=ビーンなのかな、などと思ったりして。「エンダーのゲーム」でも姉のヴァレンタインが重要な役割を果たしていたし、この作品でも姉の存在がキーとなる由が冒頭で示されてるし。まあ下巻のカバーを見れば、姉が実在するのも見当がついちゃうんだけど。

 なお、登場人物の能力について、作中の説明はかなりややこしい。これは私の解釈なんだが、たぶん、読者に理解させるためではない。意図的にややこしく説明しているんだと思う。映画や漫画ではこの手の能力がよく出てくる。だから我々は難なく納得してしまう。だが、そういう映画や漫画に慣れていない人にとっては、どうだろうか。

 舞台は中世っぽい技術・文化・社会の世界だ。だから登場人物はSFやファンタジイっぽい概念は知らないし、全く慣れていない。全てが手探りの状態だ。である以上、ウダウダと考え込み悩むのが当然だろう。ファンタジイなら「魔法」で片付くところなんだが、なんとか理屈をつけようとするあたりが、SFとファンタジイの違いなのかも。

 などと上巻は付箋を貼っては考え込みながら読んだけど、下巻に入ったら続きを早く読みたくて一気読みになってしまった。やっぱカードは巧いわ。

 味はファンタジイとSFの中間ぐらいかな?出生の謎を巡る少年たちの旅という王道のパターンでありながら、生臭い人間関係や物騒な中世の生活をリアルに描く魅力も備え、後半も緊張の連続で読者を放さない、上質な少年の冒険成長小説だった。

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