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2014年5月20日 (火)

ジョン・パウエル「響きの科楽 ベートーベンからビートルズまで」早川書房 小野木明恵訳

多くの人が、音楽は芸術だけから成り立っていると思っているが、それは正しくない。論理学の規則や、工学、物理学が基盤になり、音楽の創造性を支えているのだ。過去数千年における音楽と楽器の発展は、芸術と科学が相互に影響を及ぼし合って成し得たものなのだ。

【どんな本?】

 なぜバイオリンとフルートは音が違うんだろう? インド音楽が奇妙に聞こえる理由は? 不協和音はなぜ嫌われる? 対位法とかペンタトニックって何? 音楽の才能と絶対音階は関係があるの? いいオーディオセットを安く揃える方法ってある? 楽器を始めるなら何がいい? なぜ指揮者って偉そうなの?

 音楽を科学的に分析するというと野暮なようだが、テレビやラジオで流れる流行歌を含む西洋音楽は、実はカッチリとした数学的・科学的な基礎に基づいてる。また、交響楽や協奏楽の構成には、巧妙な心理操作や下世話な事情が潜んでいる。日頃なんとなく聞いている音楽を、少し違った角度から楽しめるようになる、「音楽は好きだけどオタマジャクシは苦手」な人に向けた、もう一歩深く音楽を楽しむための案内書。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は How Music Works - The Science and Psychology of Beautiful Sounds, from Beethoven to the Beatles and Beyond, by John Powell, 2010。単行本ハードカバー縦一段組みで本文約335頁+訳者あとがき4頁。銘器ES-335にひっかけたわけじゃないと思う。9ポイント45字×17行×335頁=約256,275字、400字詰め原稿用紙で約641枚。長編小説なら少し長め。

 文章はこなれている部類。内容も特に難しくない。「科楽」とあるが、特に理科や数学の素養は要らない。必要なのは次の3つ。

  • 加減乗除と分数と小数がわかる
  • リコーダーでもハーモニカでもいいから、何か楽器を演奏した事がある
  • 音楽は好きだけど専門的な教育は受けていない

 また、幾つかクラシックとポップスの具体例が出てくるが、ポップミュージックは80年代ぐらいまでなので、若い人にはピンとこないかも。可能なら Youyube などでサンプルを聞きながら読もう。

【構成は?】

1章 音楽とはいったい何なのか?
2章 絶対音感とは何か?わたしにもある?
3章 音と雑音
4章 木琴とサクソフォーン 同じ音でも響きがちがう
5章 楽器の話
6章 どれくらい大きいと大きいのか
7章 和音と不協和音
8章 音階の比較考察
9章 自信にあふれた長調と情緒的な短調
10章 リズム

11章 音楽を作る
12章 音楽を聴く
やっかいな詳細
 A.音程の名前と見分け方
 B.デシベル方式
 C.楽器を五音音階に調律する
 D.等分平均律の計算
 E.長調の音
謝辞/訳者あとがき/参考文献

【感想は?】

 「楽器が弾けたら異性にモテるかも」などと邪な考えを持っているなら、「11章 音楽を作る」から読もう。あなたの背中を押してくれる。

 曰く「スターになるのは無理だけど宴会でウケるぐらいなら2~3ヶ月で充分」。コツは、どんな楽器を選ぶか。バイオリンやトロンボーンはやめて電気ピアノにしよう、とある。今ならシンセサイザーかな。理由は簡単。鍵盤を叩けば綺麗で正確な音が出るから。バイオリンやトロンボーンはマトモな音を出せるまでがシンドイんです。

 2~3ヶ月って数字はいいセンいってると思う。ギターなら二~三週間も頑張れば吉田拓郎の落陽(→Youtube)ぐらいはイケるかな? あと大槻マキの Memories(→Youtube)とか。いや Memories は弾いたことないけど、構成が 単音→コード→アルペジオ とギターの教科書みたいだし、生ギター一本でも決まりそうな曲だし。でも歌は大変そうだなあ。となると拓郎か。拓郎は意外と声域が狭いんで歌いやすいんだよね。

 この章は著者の想いが色濃く出ていて、他にも「作曲の方法」「クラシック曲の長ったらしい名前の読み解き方」「指揮者のお仕事」「即興」など、音楽が好きな人の野次馬根性をそそるテーマを取り上げている。つまりは読者に音楽をもっと楽しんで欲しいのだ、著者は。

 もちろん、真面目に頭から読んでもいい。というか、理屈っぽい人は、素直に頭から読もう。楽器の音と雑音の違いから始まって、件の倍音の話や音階の話、楽器ごとの音の違いやオタマジャクシの読み方などへと話が進んでゆく。

 などの理屈っぽい話と並行して、歴史上のウンチクがチラホラ出てくるのも、この本の楽しいところ。

 例えば、「標準的な音」の話。バイオリンは左手で弦を押さえる場所を変えれば、どんな音程でも出せる。でもフルートは決まった音程しか出ない。今は「C(ド)は110Hzね」と決まってるけど、それまでは地域ごとに違ってた、というから驚き。これが決まったのは「1939年のロンドンでの会合」というから、それまでは地域ごとに楽器のセットが違ってたわけだ。

 そのため、モーツアルトの曲を譜面どおりに弾くと、「彼が意図していたものよりおよそ半音高い音で聴いていることになる」。モーツアルトは絶対音感を持っていたそうで、とすると、譜面どおりに演奏すべきか、モーツアルトが意図したとおりに演奏すべきか。

実はこれシェイクスピアも似た問題を抱えてて。彼の戯曲は当事の流行やパトロンへの追従も入ってる。とすると、シェイクスピア劇は書かれたとおりに演じるべきか、今の流行や俗語を取り入れるべきか。あなた、どう思います?

 原書の書名に Psychology が入っているだけあって、ヒトの性質についても、実証的な話が出てくる。一版に音の大きさはデシベル(dB)で計る。これは機械的な都合とヒトの聴覚の都合の折衷案。一版にヒトの感覚は指数的で、刺激が倍になっても感じ方は倍にならず、倍より少ない。だからdBは音の大きさが2倍になっても10増えるだけになってる。

 もうひとつ、音の大きさを示す単位に「ホン」がある。何が違うかと言うと、dBは電気技師が決めた単位で、「ホン」は心理学者が決めた単位。だもんで、「ホン」はヒトの感じ方を重視している。ヒトは低い音より高い音を耳障りに感じるので、それを補正したのが「ホン」。でも環境省の「騒音に係る環境基準について」を見ると、単位はdBなんだよなあ。「ホン」の方が妥当だと思うんだけど。

 他にも「対位法」や「アルペジオ」「シンコベーション」など、音楽雑誌に出てくる言葉がわかるのも嬉しいところ。この辺を覚えておくと、ブログで音楽評論する時にカッコつけられます。

 ちなみに対位法は「あるメロディに別のメロディを添えた音楽」って、要は歌と伴奏じゃん←違うと思う。ここでは輪唱「静かな湖畔の森のかげから…」を挙げてる。たぶん、Camel の Rain Dances(→Youtube)みたいのかな?始まってシンセの音にサックスの音が被さるあたり。つかこの曲、ほとんど全部、対位法で出来てる。同じアルバムの Unevensong(→Youtube)の3:52あたりからも典型的な対位法かな。

 アルペジオは Led Zeppelin の「天国への階段(→Youtube)」のイントロのギター、または Eagles の Hotel california(→Youtube)のイントロのギター。コードを一音づつ弾く方法。他にアルペジオが好きなギタリストは Journey の Neal Schon(→Wheel in the Sky) と Boston の Tom Scholz(→Hitch a ride)が思い浮かぶ。あ、そうそう、Poco の Rusty Young を忘れちゃいけない(→Rose of Cimarron)。

 「シンコベーション」はリズムの話。ちょっと Eagles の Witchy Woman(→Youtube)のイントロを聴いてほしい。ズンチャチャチャズンチャチャチャと、一拍目を強調してる。これが普通で、それ以外を強調するのがシンコベーション。例じゃビートルスの Can't by me love(→Youtube)を挙げてる。まあ、大抵のロックンロールは4拍子の3拍子目を強調すれば何とかなります、タタタ タタタみたく。Knack の My Sharona(→Youtube)とか←半分嘘です

 「12章 音楽を聴く」で「これは!」と思ったのが…

 ポピュラー音楽やヘビーメタル、クラシックのどれであれ、好きな曲を聴くたびに、ひとつの楽器だけに耳を傾けるとなかなか面白い。

 わかってるじゃん。例えば Dire Straits と言えば、ほとんどギター&シンガーの Mark Knopfler のワンマン・バンドみたいな印象があるけど、Sultans of Swing(→Youtube)のドラムに集中して欲しい。トコトン、マークに張り合って目立とうとしてるのがわかると思う。たぶん Pick Withers って人だと思うんだが、あたしゃこの人の跳ね飛ぶ感じのリズムが大好きなんだ。いや最初はお互い控えめだったんだけどねw(→Youtube)。

 …などと、読んでいくと好きな曲を聴きたくなって、なかなか読み進まないのであった。

*2018.09.11追加訂正 おそらく Pick Withers ではなく Terry Williams だと思う。

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