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2014年5月14日 (水)

ノーマン・デイヴィス「ワルシャワ蜂起1944 上 英雄の戦い」白水社 染谷徹訳

ワルシャワのために、そして
犠牲をいとわずに圧制と戦うすべての人々のために

「(ワルシャワの)すべての住民を始末すべし。捕虜や囚人として生かしておくことは認めない。すべての家屋を爆破し、燃やし尽くせ」
  ――ハインリヒ・ヒムラー

「ソ連の監獄を経験した人間は、誰でも政治家にならざるを得ない」
  ――ヴワディスワフ・アンデルス(→Wikipedia)

【どんな本?】

 1939年9月1日にドイツ軍が、同17日に赤軍がポーランドに侵攻する。10月6日、ドイツとソ連はポーランドを分割して占領、以後ポーランドの首都ワルシャワはドイツの支配下となった。しかし抵抗を続けるポーランドは、ロンドンで亡命政権を樹立する。

 1941年6月22日、独ソ戦勃発。当初は快進撃を続けたドイツ軍だが、1943年のスターリングラードを機に赤軍に押され、西へと撤退を始める。

 この頃、ポーランド軍の一部は西側に脱出、英米と共に連合国の一国として戦いを続け、バトル・オブ・ブリテンやイタリア戦線に参加、モンテ・カッシーノの戦い(→Wikipedia)などで活躍する。また、国内に残った軍の一部は地下に潜り、国内軍を組織して密かに蜂起の時を窺っていた。

 そして1944年夏。赤軍はワルシャワの東ヴィスワ川へと達した。

 この機に乗じてポーランド国内軍が蜂起し、ドイツ軍からワルシャワを奪回して国家権力を再建すれば、主権国家の立場でソ連と交渉し、ポーランドの独立を勝ち取れるであろう。だが蜂起が早すぎればドイツ軍に粉砕され、遅すぎればワルシャワ奪回の名誉は赤軍に奪われ、独立の芽が消えるだろう。

 ゲシュタポの摘発に備え組織は充分に考慮されたものではあるが、国内軍とはいえ所詮は地下組織である。装甲車両はもちろん、重火器もほとんど持たない。圧倒的な兵力と装備の差を痛いほど認識しながら、国内軍はドイツ軍に叛旗を翻し、祖国の存続をかけ立ち上がった。

 ポーランド史の権威である英国人ノーマン・デイヴィスが、圧倒的な量の資料・手記そして取材から掘り起こした、第二次世界大戦における英国の最初の同盟国ポーランドの、知られざる英雄的な戦いの記録。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は RISING '44 - The Battle for Warsaw, by Norman Davies, 2003/2005。日本語版は2012年11月10日発行。単行本ハードカバー上下巻、それぞれ縦一段組みで約548頁+424頁=約972頁に加え付録69頁+訳者あとがき5頁。9.5ポイント45字×20行×(548頁+424頁)=約874,800字、400字詰め原稿用紙で約2187枚。文庫本の長編小説なら4冊分の巨大ボリューム。

 文章は比較的にこなれている。読みこなすのに、特に前提知識も要らない。ポーランドの歴史や第二次世界大戦の推移など背景事情をじっくりと説いていて、ポーランドについて何も知らない私も充分に理解できた。敢えていえば、映画「戦場のピアニスト」を見ていると、感慨が深いかも。ただ、残酷な場面が多いので、グロ耐性が必要。

【構成は?】

  •  上巻 英雄の戦い
  • 第1部 蜂起の前
    • 第1章 連合国
    • 第2章 ドイツ軍による占領
    • 第3章 迫り来る東部戦線
    • 第4章 レジスタンス
  • 第2部 蜂起
    • 第5章 ワルシャワ蜂起
       蜂起開始/膠着状態/消耗戦
  •  下巻 悲劇の戦い
  • 第2部 蜂起
    • 第5章 ワルシャワ蜂起(承前)
       合流/終幕
  • 第3部 蜂起の後
    • 第6章 敗者は無残なるかな 1944―45
    • 第7章 スターリン体制下の抑圧 1945―56
    • 第8章 蜂起の残響 1956―2000
    • 終章 中間報告
  • 付録/訳者あとがき/写真一覧/「囲み」目次/人名地名等対照表/原註(「囲み」「付録」の注)/人名索引

 上巻は背景事情から説きおこしているので、素直に頭から読もう。付録・原註・索引が下巻に集中しているのは、少し不親切。できれば上下巻に分けて欲しかった。文章の随所に、囲み記事として当事者の手記や取材の成果が入っている。現場にいた人の声だけに、生々しい迫力がある。

【感想は?】

 正直、今の私は興奮して混乱している。どこから何を書けばいいものか。いずれにせよ、この本はどこを取っても凄い。

 この本を読むまで、私はポーランドについて何も知らなかった。知ってるポーランド人と言えば、せいぜいSF作家のスタニスワフ・レムと連帯のレフ・ワレサ、それにバチカンのヨハネ・パウロ2世ぐらだ。レムの影響で、「なんか理屈っぽい人が多いのかな」ぐらいに思っていた。

 だからワルシャワ蜂起についても、何も知らなかった。「白水社の第二次世界大戦モノだから、ハズレはないだろう」程度の気持ちで手を出した。これが大当たり。とんでもなく激しく悲しく厳しく重たい作品だ。

 読む前の私と同程度の認識の人に向けて、この記事を書こう。テーマのワルシャワ蜂起(→Wikipedia)、これは背景事情が大事だ。一応【どんな本?】に背景を書いたが、箇条書きにまとめよう。

  1. 1939年にドイツとソ連にポーランドは分割占領される。首都ワルシャワはドイツの支配下に入る。
  2. ポーランド政府はロンドンに逃れ亡命政府を樹立、英国の連合国として対独戦に参戦する。
  3. ポーランド軍の一部は英軍に合流、枢軸側と戦い続ける。
  4. ポーランド国内に留まった軍は秘密裏に国内軍を組織、ナチスの摘発の目を盗んで組織を拡充してゆく;実際は共産党系など多数の抵抗組織があったが、AKこと国内軍が圧倒的な最大勢力だった。
  5. 1941年、独ソ戦勃発。1943年のスターリングラードを境にドイツ軍は後退を始める。
  6. 1944年夏。ソ連軍がワルシャワ東のヴィスラ川まで進出、ワルシャワ奪回を窺う位置につく。
  7. ドイツはワルシャワを無人の廃墟にした後、要塞化する計画だった。
  8. 1944年8月1日。雌伏したポーランド国内軍がワルシャワで蜂起、首都の奪回と独立ポーランドの樹立を目指す。

 本書は武力蜂起の記録だが、この戦闘は当時に政治的にも大きな意味を持つ。そのため、著者の政治的な立場が内容に大きく反映する。デイヴィスの姿勢はハッキリしている。「国内軍は立派だった。ナチスはクソだ。スターリンは大グソだ。イギリスは弱腰だった。アメリカはポーランドを見捨てた」。

 目次のとおり、上巻の前半を蜂起の背景事情の説明にあて、下巻の後半も蜂起後~現在までのポーランドの歴史に充てている。つまりはワルシャワ蜂起を中心とした、ポーランドの現代史とも言える内容だ。だからと言って、決して日本から遠い国ポーランドだけに該当する話ではない。

 というのも。この本は、東西冷戦構造の原点を、ポーランドという具体例を通して、読者に深く考えさせる話だからだ。決して他人事ではない。日本もシベリア抑留や中国残留孤児や北方四島など、第二次世界大戦の爪痕は残っており、今なお南下を目論むロシアとの軍事対立の最前線に位置している。

 現在の国際情勢も、この本の背景と陸続きだ。隣の朝鮮半島は分裂国家のままで、北は核開発を諦めていない。ポーランドの東隣のウクライナはロシアと一触即発の状態にある。ちなみにウクライナの西でポーランドとの国境近くは、一時期ポーランドだった事もあり、ポーランド系住民も多い。

 話を著者の姿勢に戻そう。著者は徹底したポーランド贔屓の立場だ。そのため、英米については上下巻とおして弱腰や無能を糾弾している。唯一、チャーチルだけはスターリンの狡猾さを見抜いていたように描かれるが、ルーズヴェルトはお人よしでスターリンにツケ込まれたという評価だ。

 ドイツとソ連は、もう完全に悪魔扱い。上巻~下巻中盤まではドイツが徹底した悪役で、下巻ではスターリンの陰険で狡猾な手口を暴き出してゆく。戦中も蜂起した国内軍を見殺しにした上に、支援物資を送ろうとする英米の邪魔をするなど悪意の塊だが、戦後も元国内軍の将兵を拉致監禁しまくり。ヒーローは共産党じゃないとマズいのである。

 …興奮して本の紹介からズレてしまった。なんにせよ、蜂起は重大なジレンマを抱えていた。ドイツ軍はワルウシャワ住民の抹殺を目論んでいる。蜂起が遅れれば、みすみすドイツ軍に抹殺される。またはソ連軍が戦果を全て奪ってゆく。かといって早すぎれば、強大なドイツ軍に抗しきれず踏み潰されるだろう。

 蜂起のニュースを聞きつけた英米が、支援物資を空輸してくれれば、より長く抵抗が出来る。蜂起とタイミングを合わせてソ連軍が攻勢に出れば、ドイツ軍をワルシャワから追い払える。蜂起の帰着は、連合軍の支援とタイミングにかかっている。少なくとも、ポーランド亡命政府とポーランド軍は、そう思っていたのだが…

 などと混乱して興奮したまま、下巻へと続く。

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