SFマガジン2014年6月号
自分の背丈を超える長さの野豚を仕留めることができれば、許されて一家を構えることができる。体重の半分の鬼芋を掘り当てても、同じ結果が得られる。
――草上仁「彼方へ」
280頁の標準サイズ。
特集は「ジュヴナイルSF再評価」。小説は二本、藤崎慎吾「タンポポの宇宙船」と片理誠「たとえ世界が変わっても」。他に三村美衣の佐島勤インタビュウ,泉信行×吉田隆一の Talk Session「ハード・ジュヴナイルを求めて」,ジュヴナイルSF必読ガイド30選など。
小説はメアリ・ロビネット・コワル「釘がないので」原島文世訳,草上仁「彼方へ」,円城塔の連載「エピローグ<2>」。加えて映画「キャプテン・アメリカ/ウィンター・ソルジャー」の小特集。
藤崎慎吾「タンポポの宇宙船」。中学三年の春。はやばやと吹奏楽の部活を引退した仁科遥馬は、理科の授業でタンポポの綿毛を見つけ、顕微鏡で覗いてみた。そこには、奇妙なモノが映っている。銀色のカプセル状のモノから、背中に結晶のような球を背負ったクマムシが出てきて…
とっても気持ちが良くて、50年代の香りがする、真っ直ぐな作品。イマイチ気の抜けた小僧の所に、宇宙人が助けを求めてきて…とテーマはモロに E.T. なんだけど、その手段は徹底して科学的かつ現実的なのが、今風でいい。予算的にも、中学三年生で無理のない額だったり。藤崎氏は「執筆者紹介」で「『深海大戦』の『漸深層編』を執筆中」とかで、これも期待しちゃうなあ。
片理誠「たとえ世界が変わっても」。九回目の誕生日に、ジョイが貰ったのは、身長80cmほどの古ぼけたロボットだった。おじいちゃんの形見で、15年前の年代物だ。ジョイが欲しかったのは、ターミナル・ドール。常にクラウドとリンクし、強力な量子コンピュータの計算力を拝借する端末だ。なのに、これはスタンドアロンのロボット。通信機能すら、ありゃしない。
出だしが巧い。オトナってのは、子供の欲しがるモノについちゃ、まずもって細かい違いなんて知りゃしない。ゲーム機ったって、DS と PSP の違いもわかっちゃいない。ってんで、古臭いロボットのラグナを押し付けられたジョイ君、通信機能がないラグナにイライラし…。分散と集中のコンピュータの歴史を巧く使いつつ、ポンコツ・ロボットに振り回されるジョイ君たちが楽しい一編。
泉信行の「アフタートーク ためらわない『継承』」では、ライトノベルって言葉の定義が鋭い。曰く…
『ライトノベル』はジャンルではない。(略)そこで活躍する小説家たちをニュージシャンに例えるなら、ライトノベルは「音楽ジャンル」よりも、いわゆる「ハコ(ライブハウスなど)」に近いと言える。場や客層の傾向に大きく依存している集合なのだ。
実際、SF・ファンタジイ・ミステリ・ラブコメ・日常モノと、なんでもアリだからなあ。共通してるのは、若い人を対象とした市場だって事ぐらいで。だからこそ、SFが不遇の時代でも、野尻抱介を受け入れてくれたり。
円城塔の連載「エピローグ<2>」。アルゴンキン・クラスタとウラジミル・クラスタ、共約不可能な二つの宇宙で起きた二件の殺人事件が、なぜか連続殺人事件と判断され、市警の一人に過ぎない掠人(クラビト)に追跡調査の命令が下った。アルゴンキン・クラスタの事件は、ウィヨットの官庁街裏の酒場で一人の女性の死体が発見された、というもので…
真面目なのか冗談なのか、相変わらずの円城節が炸裂する作品。時間の流れも無茶苦茶だし、原因と結果もこんがらがってくる。アルゴンキン・クラスタの事件の顛末も、事件そのものからして「二本の腕は、同一人物の違う日の腕なのではないかと推測され」って、なんじゃそりゃ。
メアリ・ロビネット・コワル「釘がないので」原島文世訳。2011年ヒューゴー賞ショート・ストーリー部門受賞作。世代船で航海する一族のラヴァは、AIのコーデリアを故障させてしまった。機能は生きているが、長期記憶にアクセスできず、このままでは記録できないばかりか、過去の記録も参照できない。修理責任者でもあるラヴァは、接続できるケーブルを探し奮闘するが…
「動いてるモンはいじるな」ってのが、エンジニアの鉄則だったりする。冒頭から、奮闘するラヴァの邪魔にしかならない、兄のルドヴィコのキャラが光ってる。いますね、こういう人。コーデリアも、評判高い某OSのイルカみたいな感じで、肝心な所で役に立たないあたりが、いかにも機械頭でいい。
草上仁「彼方へ」。野豚を仕留めるか、鬼芋を掘り出せば一人前と認められる。でも、自信や野心のない者はごくつぶしと呼ばれ、独り身で過ごすことになる。サリもそんな一人だ。見込みはありそうなのに、興味を示さず、何かをじっと見ている。わたしトゥマも、生まれつき右足が少し短いいきおくれだ。今、サリは雷樹を見ている。「たぶん、今日は飛ばないだろう」。
恐らくは異星で、採集社会らしき文明レベルの世界を舞台にした、草上流のファンタジイ。変わり者のサリは、何を「数えて」いるのか。主人公たちの年齢こそ成人だけど、ジュブナイルSF特集の中に入れてもおかしくない、まっすぐで懐かしい香りのする爽やかな作品。
飯田一史「エンタメSF・ファンタジイの構造」第3回「心地よく、秘密めいた物語――森見登美彦『ペンギン・ハイウェイ』」。売れる作品の書き方を指南するこのシリーズ、ディーン・クーンツの「ベストセラー小説の書き方」が出てきたのには笑った。やっぱり定番なんだなあ。「ハリウッド脚本術」も面白そう。「需要なのは、主人公たちがやりたいこと、目標や目的が明確だ、という点です」に納得。
大野典宏「サイバーカルチャートレンド」。今回は BYOD(Bring Your Own Devices)。個人用のスマートフォンやノートパソコンを、組織の中に持ち込む事の是非について。開発者はオープンな環境を欲しがるけど、セキュリティ的にヤバいよね、どうしよう、みたいな話。外でウィルスに感染したマシンをファイアウォール内に持ち込んで大騒動、みたいな話を聞いた事があって、セキュリティ担当者は頭を痛めているっぽい。
鹿野司「サはサイエンスのサ」、今月は次世代シーケンサ(NGS)と人工知能の話。NGSは高速DNA読み取り装置で、イルミナ社の新製品は三日で16人分の全ゲノムを読み取れる、これは2003年に比べ費用で1/3百万、速さは25万倍。どひー。まあ、読めるってだけで、ゲノムの意味はわかんないんだけど、研究は進むだろうなあ。人工知能の歴史この半世紀を1頁に凝縮して説明してるのも凄い。流行ってる JavaScript も中身はまるきし LISP だったりするんで、開発者・研究者も集めやすそう。
若島正「乱視読者の小説千一夜」。懐かしいブライアン・スティブルフォードの名前を見かけて「おおっ」となったら、枕につかってるだけっぽい。年間24冊の翻訳と25万語の小説を目標ペースって、すんげえ多作だ。
最後に、星新一賞の東京エレクトロン賞を受賞した窓川要氏の受賞の言葉が実に洒落てるんで、引用して終わろう。
星新一賞は人間以外の応募もOKとのことだが、宇宙人の場合一番近いクジラ座タウでも12光年離れており、まだ募集要項が伝わっていない。往復であと24年待つ必要がある。
| 固定リンク
「書評:SF:小説以外」カテゴリの記事
- SFマガジン2024年12月号(2024.11.08)
- SFマガジン2024年10月号(2024.08.30)
- SFマガジン2024年8月号(2024.07.19)
- SFマガジン2024年6月号(2024.05.16)
- SFマガジン2024年4月号(2024.04.07)
コメント