フレデリック・ルヴィロワ「ベストセラーの世界史」太田出版 大原宣久・三枝大修訳
「ヒットした作品というものは、必ずひどい駄作なのです」
―-ルイ=フェルディナン・セリーヌ十九世紀末のアメリカで、本の売り上げに差し障りが出るからと、自転車の流行を書店主や出版人たちが非難したことがあった。それより少しのちには、同じような非難を自動車や電話、野球の試合、そしてもちろん何より映画に対しても繰り広げることになる。映画は大衆を映画館に引き寄せて、読書からは遠ざけてしまう、といういい分だった。
【どんな本?】
ベストセラー。たくさん売れる本。ベストセラーを馬鹿にする作家もいれば、売り上げを追い求める作家もいる。売れる本は良い本か、くだらない本か? 今まで、どんな本が売れたのか。それはどんな風に生み出され、出版されたのか。どんな本が売れるのか。どうすれば売れる本を作れるのか。売れる本を作る方法は、どう変わってきたのか。
書物・作者・読者の三つの方向から、ベストセラーの歴史と、それを生み出した原因を探り、本の売り上げに影響する要素をあぶりだすと共に、ベストセラーに対する文壇・作家・出版の姿勢や、過去と現在の有名作家・作品のエピソードを豊富に収録した、本好きによる本好きのための本の本。
【いつ出たの?分量は?読みやすい?】
原書は Une histoire des best-sellers, by Frederic ROUVILLOIS, 2011。日本語版は2013年7月19日第1刷発行。単行本ソフトカバー縦一段組みで本文約389頁+訳者あとがき5頁+解説6頁。9.5ポイント47字×17行×389頁=約310,811字、400字詰め原稿用紙で約778枚。長めの長編小説の分量。
翻訳物のノンフクションだが、拍子抜けするほど文章は読みやすくこなれている。内容も特に前提知識は要らない。フランス人の著作のため、出てくる作品の大半はヨーロッパとアメリカのものだが、「ドン・キホーテ」「風と共に去りぬ」「ロビンソン・クルーソー」など、読んだ事はなくても名前だけは知っている類の作品が大半なので、海外文学に疎くても心配は要らない。もちろん、海外文学に詳しい人なら、更に楽しめるだろう。
【構成は?】
|
|
|
【感想は?】
本好きは、ベストセラーに複雑な想いを抱いている。
自分が好きな作家や作品は売れて欲しいが、興味のない作品が売れるのは納得いかない。それが拗れて厨二病を併発すると、売れる本を馬鹿にしたりする。ええ、私がそうです、はい。
この本は、基本的に本を作って売る側の視点で書いている。作家や編集者の視点だ。私たち大衆を扇動し、本を買わせる手口が、たくさん出てくる。その多くは、確かに私にも利いて、今まで何度も乗せられたなあ、などと昔を振り返って読むと、なかなか痛い。
やはり効果があるのは、「売れてます」という宣伝。「アンクル・トムの小屋」を売り込む発行人ジョン・ジューエットの広告が巧い。
「製紙機が三台、印刷機が三台、昼夜を問わず稼動し、百人を超える製本職人が休みなしに働いていますが、それでも注文すべてに応じるには至りません!」
こう具体的な情景を書かれると、つい本気になるし、読みたくなってしまう。この作品をジューエットに売り込んだのは、ストウ夫人の夫で、25ドルで手を打とうとした。その目的は、「妻に絹のドレスを買ってやることだった」。ところが、ジューエットの大法螺もあって、作品は世界的な大ヒットになる。わからんもんです。
売れたモノには「柳の下のドジョウ」を求め、類似品が出回るのも、昔から。ダニエル・デフォーの「ロビンソン・クルーソー」は、ドイツで「ドイツのロビンソン」「ザクセンのロビンソン」「シレジアのロビンソン」などを生み出してる。SFだと、トム・ゴドウィンの「冷たい方程式」が…いえ、なんでもないです。
「着実に売れる作品」の創作方法を暴いてるのも、面白いところ。例に挙げてるのが、ダン・ブラウンとハーレクイン出版。ダン・ブラウン作品の粗筋解説もかなりの毒舌だが、ハーレクイン出版はもっとすごい。自ら作品のパターンを明かし、ハッピーエンドを読者に保障するのだ。
一応、予防線を張っておくと、別に私はハーレクイン物を貶すつもりはない。私自身、例えばロバート・R・マキャモンの初期作品には「普通の弱い者が強大な敵を打ち倒す」話を期待するし、大藪春彦も大好きだ。定型に沿い、終わり方が保障されてる、そんな話を読みたい時もあるし、実際に読む。ただ、私の好みの味付けが、ハーレクインとは違うってだけ。
などと、工夫して売り上げを伸ばす場合もあるが、思わぬ幸運に恵まれる時もある。特に皮肉なのが、「第七章 検閲、万歳!」。ここでは、当局が禁じたため、逆に話題になって売れた本の話が並ぶ。ナポレオンの時代のスタール夫人(→Wikipedia)の「ドイツ論」から、サルマン・ラシュディの「悪魔の詩」、D・H・ロレンスの「チャタレイ夫人の恋人」など。
チャタレイ夫人に関しては、BBCいわく「書店には群集が押し寄せた。そのほとんどは男性だった」。うんうん、わかる、その気持ち。なお、この章で冒頭を飾るボリス・ヴィアン、実際は自分で書きながらアメリカ人作家の翻訳と偽って出した暗黒小説「墓に唾をかけろ」で悪評を買い、それが幸いして60万部を売り上げたんだが、続く「北京の秋」はサッパリ
…と思ったら、Culture Vulture の書評:『北京の秋』ボリス・ヴィアン著 によると、「本書は当の中国では例のごとく発禁となっているが、海賊版が出回り、若者たちのあいだでひそかなベストセラーになっているという」。わはは。
つまりは話題になれば本は売れるわけで、一昔前は映画だった。けど本好きには悔しい副作用もあって、例えば「ゴッド・ファーザー」と聞けば、多くの人はマーロン・ブランドやアル・パチーノを思い浮かべる。「結局のところ映画は原作本を忘れさせてしまうのだ」。ほんと、これは悔しい。マリオ・プーヅォの原作、読み始めたら止まらない面白さなのに。
映画同様、影響力が強いのがテレビ。ドラマの話も出てくるが、羨ましいのが書籍を紹介する番組。フランスの「アポストロフ」、ドイツの「レーゼン」、イギリスの「リチャード・アンド・ジュディー・ブッククラブ」、そしてアメリカの「オプラ・ウィンフリー・ショウ」が、多くのベストセラーを生み出している。日本でそういう番組、あったっけ?とまれ…
推薦人とはすなわち、いたるところに四散して存在するブロガーやツィッター発信者などであるわけだが、彼らの影響力は、かつての推薦人の力に比べて劣っているわけではない。
まあ、影響力がある推薦人と、ない推薦人がいるんですよ、はい。スゴ本みたく影響力の大きいブログもあれば…
「第九章 読まなければならない本」には、現在までの発行部数ベスト15が載っている。トップはもちろん聖書、次が「毛主席語録」。本好きなら納得できない気持ちと納得しちゃう気持ちが半々だろう。売れる理由はわかるんだけど、なんか面白くない。私が好きなSFだと、例に挙がってるのが「ダイアネティックス(→Wikipedia)」。切ない。まあ、「売れた」と「読まれた」は違うんだけど。
なんていう出版サイドの話も多いが、作家と作品にまつわる話も盛りだくさん。アレクサンドル・デュマの小説工場、「風と共に去りぬ」の意外な出版事情、「薔薇の名前」の予想外のヒット、ウィリアム・シェイクスピアの当事の販売実績、スコット・フィッツジェラルドの挫折、晩年のジュール・ヴェルヌの悲哀など、作家の面白話も多い。
翻訳物だが文章もこなれていて読みやすく、ソフトカバーの製本も親しみやすい。本好きなら、思い当たる節がアチコチにあって少しイタい思いをするけど、それだけに身に染みて楽しんで読める。充分な資料で裏づけした真面目な内容だが、口当たりはよくて一気に読める本だった。
【関連記事】
| 固定リンク
「書評:ノンフィクション」カテゴリの記事
- キャス・サンスティーン「恐怖の法則 予防原則を超えて」勁草書房 角松生史・内藤美穂監訳 神戸大学ELSプログラム訳(2024.11.03)
- ローマン・マーズ&カート・コールステッド「街角さりげないもの事典 隠れたデザインの世界を探索する」光文社 小坂恵理訳(2024.10.29)
- サイモン・マッカシー=ジョーンズ「悪意の科学 意地悪な行動はなぜ進化し社会を動かしているのか?」インターシフト プレシ南日子訳(2024.08.25)
- マシュー・ウィリアムズ「憎悪の科学 偏見が暴力に変わるとき」河出書房新社 中里京子訳(2024.05.31)
- クリフ・クアン/ロバート・ファブリカント「『ユーザーフレンドリー』全史 世界と人間を変えてきた『使いやすいモノ』の法則」双葉社 尼丁千津子訳(2024.04.22)
コメント