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2014年4月 3日 (木)

アザー・ガット「文明と戦争 上・下」中央公論新社 石津朋之・永末聡・山本文史監訳 歴史と戦争研究会訳

しばしば見過ごされがちな点なのだが、非常に高い死亡率を伴うような集団間の紛争においては、進化作用が働くために差し引き獲得量は必要ではない。なぜなら、死者を伴う集団間の紛争は、それぞれの集団名で生き残った構成員に対する内部の資源への圧力を減じることで、同時に集団内の淘汰をもたらすからである。

【どんな本?】

 なぜ人間は戦争するのか。いつから人類は戦争をしていたのか。農業や内燃機関などの文明は、戦争を増やしたのか減らしたのか。国家が戦争を求めたのか。民主主義は戦争を減らすのか。なぜ西欧の文化が世界を制覇したのか。

 考古学・文化人類学・歴史学・政治学・経済学・社会学・哲学から生物学まで、広範囲にわたる資料や著述から、戦争に至る原因・目的から、参戦者の社会構造や事情・規模・経緯・頻度そして影響を洗い出し、人類史のスケールで戦争の実態を描き出すと共に、従来の戦争論への批判を加え、また今日の民主主義国家が直面している危機と将来の展望を描く。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は War in Human Civilization, by Azar Gat, 2006。日本語版は2012年8月10日初版発行。私が読んだのは2012年9月20日発行の再版。単行本ハードカバー縦一段組みで上下巻、本文約427頁+442頁に加え解説論文「アザー・ガットと『文明と戦争』」17頁の計886頁。9.5ポイント47字×20行×(427頁+442頁+17頁)=約832,840字、400字詰め原稿用紙で約2083枚。文庫本の長編小説なら4冊分の巨大容量。

 学者が書いて学者が訳した本でもあり、いささか文章は硬い。また内容も歴史の広い範囲を高いレベルで扱うので、かなり歯ごたえがある。アフリカ・ヨーロッパ・アジア・南北アメリカと世界中の歴史から題材を取っているが、欧米の知識人を読者として想定しているためか、アフリカや中南米の事例は詳しく背景や経緯を説明している反面、古代ギリシャについては、やや不親切。

 なお、実際の著者や訳者を隠すため集団名を名乗る場合があるが、この本の「歴史と戦争研究会訳」は、そういうシロモノではない。下巻の末尾で、翻訳者と担当した章を明示しているので、以下に示す。

石津朋之:序文・謝辞・第一章・第八章・第一三章/大槻祐子:第四章/菊池哲史:第一二章/小窪千早:第六章/塚本勝也:第一〇章/永末聡:第二章・第九章・第一七章/孫崎馨:第五章/松原治吉郎:第一五章/三浦瑠璃:第七章/森本清二郎:第一三章/矢吹啓:第一四章/山下光:第一六章/山本文史:第一一章

【構成は?】

  •   上巻
    • 序文―戦争の謎/謝辞
  • 第一部 過去200万年間の戦争―環境、遺伝子、文化
    • 第一章 はじめに―「人間の自然状態」
      • 動物と人間について
    • 第二章 平和的それとも好戦的―狩猟採集民は戦ったのか?
      • 第一節 単純狩猟採集民―オーストラリアという「実験室」
      • 第二節 複合狩猟採集民による戦争
    • 第三章 人間はなぜ戦うのか?―進化論の視点から
      • 第一節 先天的だが選択的な戦争
      • 第二節 進化論上の計算
      • 第三節 より大きな集団
    • 第四章 動機―食料と性
      • 第一節 自給自足のための資源―狩猟のための縄張り、水、住まい、原材料
      • 第二節 生殖
      • 第三節 幕間―男性は獣か?
    • 第五章 動機―入り組んだ欲望
      • 第一節 支配―序列、地位、特権、名誉
      • 第二節 復讐―排除し、抑止するための復讐
      • 第三節 力と「安全保障のジレンマ」
      • 第四節 世界観と超自然的なもの
      • 第五節 混ざり合った動機―食人
      • 第六節 遊び、冒険、加虐嗜好、恍惚
      • 結論
    • 第六章 「未開の戦争」―どのように戦われたか?
      • 第一節 戦闘、待ち伏せ、急襲
      • 第二節 非対称的な第一撃による殺害
    • 第七章 結論―人類の発展状態における戦闘
  • 第二部 農業、文明、戦争
    • 第八章 はじめに―進化する文化的複雑性
    • 第九章 農耕社会と牧畜社会における部族戦争
      • 第一節 農耕の出現と普及
      • 第二節 農耕の普及における武力紛争
      • 第三節 部族社会
      • 第四節 部族の戦争
      • 第五節 牧畜部族の戦争
      • 第六節 原初の騎馬遊牧民
      • 第七節 武装従者―部族からの以降における富と武力
      • 第八節 首長社会
    • 第一〇章 国家の出現における軍隊
      • 第一節 地方の小国、もしくは国家形成における戦争
      • 第二節 都市国家の盛衰における戦争
  •  注/写真・絵画の出典
  •   下巻
    • 第一一章 ユーラシア大陸の先端―東部、西部、ステップ地帯
      • 第一節 王の馬兵―時間と空間における馬、歩兵と政治社会
      • 第二節 封建制とは何か
      • 第三節 準封建制と中央集権官僚軍事機構
      • 第四節 国軍歩兵と騎士階級の没落
      • 第五節 帝国の興亡
      • 第六節 騎馬戦士とステップ地帯の帝国
      • 第七節 西洋隊東洋
    • 第一二章 結論―戦争、リヴァイアサン、そして文明の快楽と悲惨
      • 第一節 強制構造と幾何級数的な発展
      • 第二節 クィ・ボノ―誰の利益か? 物質的要因
      • 第三節 性とハーレム
      • 第四節 快楽の園とその門前で炎の剣を握るケルビム〔智天使〕
      • 第五節 権力と栄光の追求
      • 第六節 血縁、文化、観念、理想
      • 第七節 戦争―真剣な目標のための真剣なものか、はたまた馬鹿げたものか?
  • 第三部 近代性―ヤヌスの二つの顔
    • 第一三章 はじめに―富と権力の爆発
    • 第一四章 大砲と市場―ヨーロッパ新興諸国とグローバルな世界
      • 第一節 ヨーロッパの「会い争う国家」の出現
      • 第二節 何が「軍事革命」を構成したのか?
      • 第三節 国家と軍隊
      • 第四節 海洋覇権と商業・財政革命
      • 第五節 市場体制と軍事能力
      • 第六節 印刷工、国民、平民軍
      • 第七節 近代の戦争―近代の平和
    • 第一五章 縛られたプロメテウスと解き放たれたプロメテウス―機械化時代の戦争
      • 第一節 技術の爆発的発展と力の基盤
      • 第二節 冨、技術、兵器
      • 第三節 大国と国民国家の戦争
      • 第四節 帝国の戦争
      • 第五節 全体主義の挑戦とその敗北の理由
      • 第六節 結論
    • 第一六章 裕福な自由民主主義諸国、究極の兵器、そして世界
      • 第一節 「民主主義による平和」はあるのか?
      • 第二節 「民主主義による平和」再考
      • 第三節 他の関連要因、独立要因
      • 第四節 自由主義の戦略政策―孤立主義、宥和、封じ込め、限定戦争
      • 第五節 平和地帯としての先進世界?
      • 第六節 近代化された社会と伝統的社会はどこで衝突するのか
      • 第七節 非通常テロと新世界の無秩序
      • 第八節 結論
    • 第一七章 結論―戦争の謎を解く
  • 解説論文―アザー・ガットと『文明と戦争』
  • 注/写真・絵画の出典/翻訳者紹介/索引

【感想は?】

 巻末の「解説論文――アザー・ガットと『文明と戦争』」が、本の紹介としてとってもよく出来てる。いっそ丸写ししたいんだが、さすがにそれは芸がなさ過ぎる。「頭悪い奴がどう読んだか」という観点で、この記事をお読み頂きたい。

 なんと言っても、扱っているスケールがデカい。書名は「文明と戦争」だが、「人類史と戦争」ぐらいの感覚だ。目次を見ればわかるように、上巻の末になって、やっと国家が出現する。それまでは文字による記録がない時代なので、歴史と言うより考古学と人類学の範疇で話が進む。

 実はこの辺、ジャレド・ダイアモンドの「昨日までの世界」やマット・リドレーの「繁栄」と、少々ネタがカブる。「昔の人は平和に共存していた」なんてのは幻想で、実は狩猟採集民は際限なく戦争ばっかりやってて、暴力による死者も多かった、そんな話だ。

 「移動生活する民族は土地に執着しないように思われるけど、狩猟採集民も縄張りを持ってて、厳格にそれを守ってる」とか、「集団内で起こる暴力沙汰のほとんどが不貞行為に端を発していた」とかも面白いが、戦争の実態も興味深い。

 集団同士の戦争は、大きく分けて二種類ある。一つは決戦型で、両軍の戦士が揃って正対する。こっちは主に罵りあいとと口喧嘩で、槍を投げあったりもするけど、互いにギリギリ届かない程度の距離でやりあう。だもんで、死傷者も少ない。ほとんど儀礼的、どころか手打ちを意図した場合も多い。

 もう一つは奇襲・夜襲・急襲で、こっちは一方的な虐殺と略奪が目的。「未開人は平和」が幻想なら、「正々堂々たる戦士」も幻想だったわけ。

 ここで面白かったのが、幻想のルーツを解き明かす部分。

 著者は勘違いの根源をルソー(→Wikipedia)だ、としてる。その幻想に踊らされ、1960年代までの文化人類学者は予断に満ちた観測を行い予断に沿った結論を出し、動物行動学でもコンラッド・ローレンツ(→Wikipedia)が「同種内で死に至る戦いをするのは人間だけ」なんて間違いを敷衍させてしまった。思い込みってのは、怖い。

 実際には、確かに成体同士の戦いじゃ命のやりとりまでする事は少ないけど、それは敵も必死になるから優勢側も怪我する危険が増すからで、圧倒的に劣勢な相手、例えば幼獣相手なら容赦なく殺すよ、って事らしい。つまり圧倒的な優勢が確保できたら、徹底的にヤるわけで、先の正面決戦と奇襲・夜襲の違いも、ソコに求めている。

 お互い襲撃されちゃ困るんで、砦を作って防御に努める。農耕による定住も相まって、砦は都市へと発展してゆく。下巻に入ると、馬の導入から封建制へと話が進み、農民を基盤とした国家 vs 遊牧民へと広がってゆく。

 機動力に勝る遊牧民に対し、鈍重な歩兵を中心とした国家は対応できない。にも関わらず遊牧民が帝国を築けたのはチンギス・ハンの一度だけ。「彼らは襲撃し、貢ぎ物を要求したが、支配権を握ろうとはしなかった」。目的は略奪であって、支配じゃない。なお、東ヨーロッパは蹂躙されたけど、西ヨーロッパは大丈夫だったろう、と著者は予想している。

東アジアや西南アジア、南アジアや東ヨーロッパとは異なり、山、河川、森などに遮られ、起伏に富んだ西ヨーロッパの地形には、遊牧民の生存と生活様式に不可欠である、馬や家畜のための遮るもののない広大な牧草地が存在しなかったからである。

 日本も海があって本当に良かった。
 やがて火薬・航海術・活版印刷による近代の覚醒を経て、蒸気機関による産業革命へと話は進む。

 ここで重要なのが、人口の急増と生産性の話。それまで生産性の向上は人口増加でチャラだったのが、「工業化以前から現在まで生産性が50倍から100倍」に対し、「人口増加は平均して4倍から5倍程度」で、割り算すると「人口一人あたりの生産性の増加は15倍から30倍」。「昔は子沢山だった」みたく言われてるけど…

歴史的に見て、死亡せず成長したために多くの子供を抱えた家族というのは過渡期の現象であり、工業化初期に経験される人口の爆発的増加の期間に限定されている。

 それまでは沢山生まれてたけど沢山死んでたんで、生きてる兄弟の数は多くなかったわけ。

 終盤は民主主義と戦争の関係で、「民主主義国家は戦争しない」という主張を、肯定・否定双方の立場で検討しているが、ここでは素直に「結局、アメリカ合衆国次第だよね」とミもフタもない現実を突きつけてくる。

 古代どころか人類史の曙にまで遡るスケールの大きさ、随所で出てくる全人口と常備兵の比率などの数値で検証しようとする科学的な姿勢、幻想を打ち砕き現実を直視する態度など、姿勢はジャレド・ダイアモンドやウイリアム・H・マクニールに近い。「銃・病原菌・鉄」に比べいささか専門的だが、現代の歴史認識の方向性はヒシヒシと伝わってくる本だ。

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