ちくわぶ「箕子に学ぶリーダー9つの心得 鴻範九等」民明書房新書
殷の紂王が象牙の箸を作ったとき、箕子は贅沢を諌めましたが聞き入れられず、狂人を装って身を隠しました。周の武王は殷を倒したあと、箕子を訪ね教えを請います。箕子が武王に授けた鴻範九等は、かつて天帝が禹に伝えた治国の大法であり、これにより禹が治めた夏王朝は繁栄したのです。
【どんな本?】
無名の新人・ちくわぶによる、自費出版のビジネス書。粗製乱造されるビジネス書の例に漏れず、有名作品の威を借りてソレっぽい屁理屈を展開し、読者を少し賢くなったような気分にさせる本である。彼がネタとしたのは司馬遷の史記のうち世家、それもどうやら明治書院の新釈漢文大系を拾い読みした模様。
【いつ出たの?分量は?読みやすい?】
2013年6月1日初版発行。新書版ソフトカバー縦一段組みで本文約200頁。9ポイント40字×16行×200頁=約128,000字、400字詰め原稿用紙で約320枚。量こそ少ないものの、文章は誤字脱字が多く、また日本語としても悪文の連続であり、とても読めたものではない。
【構成は?】
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【感想は?】
この本から読み取るべきは、リーダー論ではない。「粗製乱造のビジネス書の書き方」だろう。そういう点では、間違いなく優れた教科書と言える。
一般に粗製乱造のビジネス書は、定評ある古典や実績のある経営者、または歴史上の偉人をネタに適当な脚色を施し、水増しして一丁挙がり、といったパターンが多い。この本も、ご多聞に漏れずその手口を踏襲している。
ビジネス書のネタ本として有名なのは、デール・カーネギー(→Wikipedia)だろう。最近ではピーター・ドラッカー(→Wikipedia)が流行った。苔の生えた計算屋なら、ジェロルド・ワインバーグ(→Wikipedia)ぐらいは読んでいるだろう。「ライト、ついてますか」は手軽く読める隠れた名著だ。少し傾向が違うが、リチャード・ファインマンの著作「ご冗談でしょう、ファインマンさん」も評判が高い。
人物としてよく取り上げられるのは、クセの強い人が多い。中学生の教科書に出てくる人物ではなく、少しマイナーなキャラを採用するのがコツだろう。例えばアーネスト・シャクルトン(→Wikipedia)。南極点到達を目指し冒険を企てたが座礁、氷原に閉じ込められる。20ヶ月の漂流の末に、なんと一人の死者も出さず全員が生還した。危機におけるリーダーとして、彼の人気は根強い。シャクルトンが出した隊員募集の文句は有名だ。
求む男子。至難の旅。
僅かな報酬。極寒。暗黒の長い日々。絶えざる危険。生還の保証無し。
成功の暁には名誉と賞賛を得る。
やや高齢の読者には、日本や中国の歴史上の人物がウケるようだ。どうも孔子は名前が売れすぎて新鮮味に欠け、老子は「上を目指す経営者」にウケがよくない。比較的にウケがいいのは孫子だろうが、兵法である以上、いささか物騒ではある。周の武王を導いた箕子なら、目の付け所は悪くない。
だが、この著者の最もあざとい所は、その水増し能力にある。明治書院の新釈漢文大系の史記・世家上巻だと、箕子の登場場面は15頁かそこらである。これを無駄な自分語りやエピソードの強引なこじつけで200頁にまで薄めた能力は、まさしく売文家の本領発揮である…売れれば、だが。
とはいうものの、問題点も多い。誤字脱字の酷さは一読でわかる。若者に媚びて無理にアニメやゲームのネタを使っているが、どうにもネタが古く、かび臭さが漂う。中でも最大の欠点は、寒いオヤヂギャグだろう。ただでさえ意味不明な悪文の連続をなんとか読み下したオチが、使い古された地口だった時の脱力感といったら。著者はドヤ顔だろうが、すこしは読者の気持ちも考えて欲しい。
目の付け所はともかく、水増しの内容・誤字脱字の嵐・酷い悪文・使い古しのオヤヂギャグと、時間の浪費にしかならない。環境問題が叫ばれる昨今、少しは紙とインクの節約を考えて頂きたい。
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レム先生、ごめんなさい。
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