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2014年3月13日 (木)

チェ・ゲバラ「新訳 ゲリラ戦争 キューバ革命軍の戦略・戦術」中公文庫 甲斐美都里訳

戦術レベルでは「七つの黄金律」は今も有効であり、創造的に使われさえすれば勝利は確実である。

  • 負ける戦いはしないこと。
  • つねに動き続けること。ヒットアンドラン、攻撃して撤退する。
  • 敵は武器の主要供給源であると考えよ。
  • 動きを隠せ。
  • 軍事行動では奇襲を活用せよ。
  • 余力があれば新しい縦隊を作ること。
  • 一般論として、三つの事に留意しつつ進めること。すなわち、戦略的防衛、敵の行動とゲリラ行動のバランス、そして、敵の壊滅。

【どんな本?】

 エルネスト・ゲバラ・デ・ラ・セルナ。世間ではチェ・ゲバラ(→Wikipedia)の名で知られる、アルゼンチン生まれの革命指導者。この本は、キューバでの戦いの経験を元に著した、実践的なゲリラ戦略・戦術の教科書である。

 どんな政治状況ならゲリラ戦が有効なのか。どんな地形がゲリラに有利なのか。装備・兵力に勝る正規軍に対し、どうすればゲリラが勝てるのか。戦闘時にゲリラは何を持ち歩くべきか。侵攻してくる正規軍の、どこを叩くべきか。最も優先すべき補給物資は何か。戦闘部隊はどんな組織にして、どんな武装が適切か。戦車には、どうやって対応するのか。住民をどのように治めるのか。ゲリラ組織は、どうやって成長させるのか。

 キューバにおける実践と経験を元に書かれ、合衆国陸軍でも教科書として採用された、今すぐ使える革命の手引書。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は Guerrilla Warfare, by Ernesto Che Guevara, 2006。日本語版は208年7月25日初版発行。文庫本縦一段組みで約189頁。9ポイント40字×17行×189頁=約128,520字、400字詰め原稿用紙で約322枚。長編小説なら短めの分量。

 多少は政治思想的な部分も含むが、思ったより文章は硬くない。内容も比較的に分かりやすく、特にハンモックの使い方などはイラストを添えて説明してある。敢えて言えば、具体的な武装を書いた部分が、兵器オタクでないと分からない程度か。下手すると中学生でも読みこなせてしまうので、それが大きな問題。

【構成は?】

 編集ノート
 エルネスト・チェ・ゲバラ
 前書き ハリー・“ボンボ”・ブエガス
 カミロ・シエンフエゴスへの献辞 エルネスト・チェ・ゲバラ
第一章 ゲリラ戦の基本原則
 1 ゲリラ戦の本質
 2 ゲリラの戦略
 3 ゲリラの戦術
 4 有利な地形での戦闘
 5 不利な地形での戦闘
 6 都市部での戦闘
第二章 ゲリラ隊
 1 社会変革者としてのゲリラ戦士
 2 戦闘員としてのゲリラ戦士
 3 ゲリラ隊の組織
 4 戦闘
 5 ゲリラ戦の開始、展開、そして終結

第三章 ゲリラ戦線の組織
 1 補給
 2 市民組織
 3 女性の役割
 4 保健医療
 5 破壊活動(サボタージュ)
 6 軍需産業
 7 宣伝活動(プロバガンタ)
 8 諜報
 9 訓練と教育
 10 革命運動軍の組織構造
第四章 補遺
 1 最初のゲリラ部隊地下組織
 2 権力の保持
 3 エピローグ キューバ情勢の分析 その現在と未来
 解説 恵谷治

【感想は?】

 革命のレシピ。

 もうね、教科書なんてもんじゃない。むしろレシピに近い。「状況さえ揃っているなら、この本の通りにやれば政府を転覆できますよ」と、そういう本だ。

 武装から持ち歩くべき物、正規軍相手の戦術に至るまで、記述は下世話で具体的。自分じゃリベラルのつもりだったが、読んでて「こんな本を規制せずに流通させるとは、日本の言論の自由も懐が深い」と感心するレベル。有害さで言ったら、児童ポルノなんか目じゃない。だって最終目標は現政権を打倒し、新政権を樹立する事なんだから。

 そこに至るまでが、「人民の教育」だの「階級闘争」だのといったお題目なら、まだ安心できるんだが、この本に書いてあるのが、具体的な戦闘のコツだったりするから、大層タチが悪い。最初、私は正規軍の立場になって読んでいたんだが、ゲバラの手口は実に嫌らしい。

 敵の周囲四方向を、5~6人の小部隊で取り囲む。一方向から攻撃し、敵が動いたら、「姿が見える程度の距離を保ちつつ退却」して、別の小部隊が銃撃を浴びせる。どこに敵が潜んでるか分からないって状態は、ひどく神経を消耗する。これを繰り返すわけだ。または…

奇襲から始まる猛烈で容赦ない攻撃は、急にぴたりと止むのである。生き残った敵兵は一息ついて、攻撃部隊が撤退したと思いこむ。彼が気をゆるめ、取り囲まれた陣地の中で元の任務に戻ろうとした時、突如として別の地点から先と同様の攻撃が開始される。

 うわ嫌らしい。狙う対象も理に適ってる。

敵の最大の弱点の一つは陸上輸送であるが、道路や鉄道などの輸送路一メートルごとに警護を置くことは事実上不可能である。

 まったくだ。特に現代の部隊は機械化が進んでるんで、補給がないとどうしようもない。とまれ、ゲリラも補給は大変で、基本的に弾薬は敵から奪って調達する。だもんで、武装も「敵の軍備次第ということになる」。ゲリラはいつだって弾薬に事欠いてるから…

正規軍との戦いでは、銃撃の方法を見るだけで両者の識別が可能である。正規軍が大量の火力を使用するのに対して、ゲリラ側の銃撃は散発的で、そして正確である。

 戦闘ばかりでなく、生活面の記述も具体的で切実。特に何度も繰り返し出てくるのは、靴。「ゲリラの日常は長い行軍である」。山岳地帯を歩き回る生活なんで、相当に苦労したらしく、「予備の装備が持てるのであれば、まず何よりも靴を持つべきである」。他に重要なのはハンモック・毛布・ナイロン布・リュックサック・ラード・・皿・ナイフ・水筒…。

 なお、「着替えを持つのは構わないが、それをするのは経験不足の現れであろう」。「必要不可欠でない物を少しづつ捨てていくようになる」。確かに旅慣れた人ほど荷物が少ないんだよなあ。ちなみにハンモックは傷病兵の運搬にも便利です。

 少しだけイラストも載ってるんだが、これまた実に物騒。最初のイラストはハンモックの吊るし方。これはいいんだが、次は「モトロフ・カクテルをライフルに装着する方法」で、次が「対戦車用の落とし穴」、次に「迫撃砲からの避難掩蔽壕」。ライフルで火炎瓶を射出するなんて、なんとも賢いというか泥縄式の工夫と言うか。落とし穴も、当事の戦車には効果的だったんだろうなあ。

 他にも橋の落とし方、強力な戦闘部隊が相手の時の戦術、都市で狙うべき標的、農民の慰撫の方法など、物騒で実用的な内容が一杯。と同時に、同じ治安不安定な地域でも、イラクとアフガニスタンの違いが見えてきたりする。アフガニスタンは戦略的に意義のある施設を狙ったゲリラ活動が多いけど、イラクは単なるテロが多く、抵抗勢力の違いが手口に現れている。

 なお、幸いにして、この本は今の日本じゃあまり役に立たない。銃器が手に入らないのもあるが…

 政府が、不正があろうとなかろうと、なんらかの形の一般投票によって政権についている場合、または少なくとも表面上の合憲性を保持している場合には、ゲリラ活動には多大の困難が伴うだろう。非暴力闘争の可能性がまだあるからである。

 この本が出版されているのは、日本国政府の自信の表れなのかもしれない。社会に不満を持ち、かつ血の気の多い若者には、極めて危険で有害な本だ。

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