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2014年2月15日 (土)

篠田節子「ルーティーン ROUTINE SF短編ベスト」ハヤカワ文庫JA 牧眞司編

「辛かったことを忘れろというのは、周りの者の勝手な言い草ですよ。それがお母さんの人生だったのですから」
  ――怨み祓い師

【どんな本?】

 直木賞受賞作家・篠田節子の多くの短編から、SF/ホラー風味の強い作品を選び、書き下ろしとエッセイ・インタビュウ・代表作紹介を加えた、著者への愛に溢れるアンソロジー。荘厳さと不気味さが漂う「子羊」、アケスケな人の本音が炸裂するテンポのいいギャグ「世紀末の病」、疲れた都会のOLが主役の幻想的な「コヨーテは月に落ちる」など、バラエティ豊かながら、いずれも強烈な篠田味が効いた作品集。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2013年12月25日発行。文庫本縦一段組みで本文約459頁に加え、あとがき2頁+牧眞司の解説「Setsuko in Wonderland ジャンル横断実力作家はSFでも凄玉!」なんと22頁。力入ってます。9ポイント40字×17行×459頁=約312,120字、400字詰め原稿用紙で約781枚。長編小説なら長めの分量。

 文章は抜群の読みやすさで、スラスラ読める。読めてしまう。ところが、改めて読み直すと、猛毒が盛ってあるから油断できない。最新の技術をダシに使った作品もあるが、理科が苦手な人でも大丈夫。「どんな仕組みか」がわからなければ、無視して構わない。「何ができるか」「どんな効果があるか」だけ分かれば、充分に楽しめる。

【収録作は?】

 それぞれタイトルの後に初出誌と収録書籍を挙げた。

子羊 / SFマガジン1995年8月号、角川文庫「静かな黄昏の国」
 「神の子」M24は、施設の中で暮している。外の世界は知らないし、興味もない。外の世界に溢れた戦争・貧困・病気などから、ここは守られた砦なのだから。身辺の世話をしてくれるのは、シスターと呼ばれる者。ここには満たされた生活がある。
 無菌室で育った少女の視点で語られる、一種のユートピア/ディストピアの話…かと思ったら。花壇でも手芸でもフィギュアでも、自分の手で何かを作り育てる趣味や余技を持つ人には、心に突き刺さる作品。そういえば、趣味にハマってる人は、カルトにハマりにくい気がする。
世紀末の病 / 週間小説2000年1月28日号、新潮文庫「天窓のある家」
 最近の若い娘のファッションは理解できない。昔もヤマンバなんてのがあったが、今は完全に婆さんだ。肌の皺やかさつきまで再現してる。かと思えば、いきなり「一身上の都合により」と退職届。そりゃ昨日、ちょっと叱ったけど。先週末にも一人、無断欠勤のあげく退職した奴がいた。
 20代末の女性を襲う、恐ろしい災厄を描くディザスター物…かと思ったら、軽快なテンポで次々と転がる、猛毒のギャグ短編だった。登場する全ての人物が、これまた実に強烈なキャラクターばかり。最初の災厄の原因と結果だけでも充分に笑えるのに…。
コヨーテは月に落ちる / オール讀物1997年新年号、文春文庫「レクイエム」
 木造アパートの六畳二間を引き払い、引っ越したマンション。だが、来週には転勤で青森に引っ越さなければならない。寺岡美佐子は道に迷っていた。自分が買った部屋のあるマンションで。ことの始まりは、銀座。こんな所にいるはずのない、一匹のコヨーテを見かけ、後を追いかけ…
 長年、役所にノンキャリアとして働いてきた女性を主人公にした、幻想的な作品。改めて考えると、セキュリティの厳しいマンションって、閉じ込められる環境としちゃ最悪だなあ。
緋の襦袢 / 週間小説1994年10月28日号、文春文庫「死神」
 ベテランのケースワーカー大場元子のカウンターに現れたのは、札付きの厄介者の老女・大牟田マサだった。若い頃は結婚詐欺で荒稼ぎ、60を過ぎてからも詐欺を繰り返し、服役しても全く反省せず、今も生活保護を受けながら暮らす木造アパートでトラブルを起こしまくり、叩き出されて泣きついてきたのだ。
 煮ても焼いても食えない婆さん・大牟田マサの強烈なキャラクターが光る作品。ある意味、器用な人で羨ましい。タイトルも仕掛けもホラーなんだが、むしろユーモアが漂う作品。それでもやっぱり、最後までマサ婆さんの憎まれ口は冴えてる。
怨み祓い師 / 小説すばる2002年7月号、集英社文庫「コミュニティ」
 母の島村トメと娘の多美代、いずれも見分けがつかぬほど老いた二人は、六畳と四畳半に風呂付の借家に住み着き、針仕事で質素に暮している。口を開けば恨み言ばかりの母トメ、黙って聞いている娘の多美代。世間とは距離を置きながらも、クリーニング屋から入る繕い物の仕事などで、堅実に生活していたのだが…
 年寄りの年齢ってのは、ホントに分からないもんで。まして普通に働いて暮してるなら、傍からじゃますます見当もつかない。とかの主題もさることながら、トメと多美代の稼ぎ方が、昔ながらの仕事でありながら、それなりに世相を反映してて面白い。手に職があれば、現代でもそれなりに生きられるのかも。
ソリスト / オール讀物2004年2月号、文春文庫「秋の花火」
 高名なピアニスト、アンナ・チェーキナ。名前が出れば、コンサートのチケットは常に完売。だが、アンナいは悪い癖がある。遅刻は当たり前で、土壇場のキャンセルも珍しくない。彼女を呼んだ神林修子はヤキモキしながらも、開園時間を繰り下げる。
 テクニックとアンサンブルと解釈の、繊細なバランスの妙を感じさせる音楽小説。ステージ上で繰り広げられる、各プレイヤー同士の張り合いが生み出す緊張感が伝わってくる。
沼うつぼ / 小説すばる1993年12月号
 万葉後光鰻、沼うつぼ。半島先端の漁村の朱沼にしか住まぬ魚。その正体は不明ながら、明治の初期に食通に名が知れ渡り、珍味として持てはやされ、高値で取引されるようになる。人気は乱獲を呼び、減った個体数は更なる高値につながり、高値が更に人気を呼び…
 食い物に拘る人間の性が引き起こす悲喜劇と、それを煽る者たちを描いた作品。知られればレッドリスト入り間違いなしの生物を主題にしつつ、学者さんが一切出てこない潔さがいい。
まれびとの季節 / メフィスト(小説現代)1999年5月増刊号
 その日から、司祭マフムドは忙しくなる。この二年間で出た十二人の死者を、まとめて弔わねばならない。亡くなった者たちが楽園に入れるように、神に賄賂を贈るのだ。一人につき豚一頭、十二頭の豚を捕らえ屠って料理し、島内の七つの村から客を呼んでもてなすのだ。
 司祭の名がアラブっぽいマフムド、でも神に捧げるのは豚。「あれ?」と思わせた時点で、これは作者の勝ち。場所は明示されていないが、マレーシア・インドネシア・フィリピンあたりかな? マレー人はムスリムが多いけど、女性は生活力のある逞しい人が多いとかで、そういうイメージで読んだ。途中で出てくる老バエンと息子の論争が、なまじ真面目ながけに笑いが止まらない。
人格再編 / 小説新潮2008年1月号
 ストレッチャーに乗せられた患者・木暮義美は、悪態が止まらない。年を重ねた女は、丸くなるどころか、やたら意地汚く猜疑心に凝り固まった鬼婆へと変わった。疲れ果てた家族は、最後の望みにすがる。人格再編処置だ。担当する医師の堀純子は、丁寧に説明した。そして処置は行なわれ…
 これまた現代日本が抱える問題をネタにして、ちょっとしたヒネリを加え、痛烈な社会批評にした作品。落ち着いて考えると、こんな状況を一般の庶民までが抱えた社会なんてのは、恐らく人類が最近になって初めて直面する事態なわけで。どうケリがつくのか、それともつかないままズルズルいくのか。なんかズルズルいきそうで怖いなあ。
ルーティ-ン / 書き下ろし
 府中から武蔵野線に乗り、武蔵浦和で埼京線に乗り換えるか、南浦和で京浜東北で乗り換えるか。ぼんやりと考えていたら、乗り越してしまった。仕方なくタクシーを捕まえ、大宮に向かおうと思った途端に、大きな揺れ。タクシーだけじゃない、全てが揺れている。
 長年、地味ながら真面目に勤め、妻と子どもに囲まれた幸福な家庭を築いていた男。「ルーティ-ン」のタイトルが示すように、急激な世界の変化に対し、狭い視野でしかモノを考えない男の思考は、笑いたくなるけど、実は多くの勤め人に共通する性質だったりする。贅沢さえ言わなけりゃ、現代の日本はなんとなく暮していけるのかも。
短編小説倒錯愛 / 波1998年8月号、講談社文庫「寄り道ビアホール」
いきなり志賀直哉とO/ヘンリーをコキおろす所から始まる、豪快なエッセイ。短編だからこそ出来ることについて、篠田節子ならではの鋭い視点で見事な分析をsてみせる。こんな事を言われると、つい「じゃ俺も」といい気になって一遍書きたくなるじゃないか。
「篠田節子インタビュウ――SFは、拡大して、加速がついて、止まらない」 / SFオンライン1999年5月24日号
聞き手・構成は山岸真に、ゲストで大森望が参加。これまた出だしから爆笑もの。純文学とエンタテイメント小説の違い、SF者とミステリ・ファンの性向の違いなど、鋭い視点での楽しいネタが盛りだくさん。
Setsuko in Wonderland ジャンル横断実力作家はSFでも凄玉!(牧眞司)
豪華22頁を費やした解説。作家・篠田節子論から始まり、収録した作品の解説ばかりか、他の代表的な長編の紹介まで、解説者の思い入れがたっぷり詰まっていて、「SFファンよ、篠田節子は美味しいんだぞ」と煽りまくる。

 解説で「ゴサインタン」を「幻想小説」と紹介しているのに少し違和感を覚えたんだが、確かに幻想小説でもあるなあ、あれ。なんで違和感を覚えたかというと、この作家、描写から匂う生活臭が半端ないのだ。この作品集だと、「怨み祓い師」「まれびとの季節」「ルーティーン」で、その手腕を存分に発揮してる。

 皮膚感覚、特に舌にリアリティが伝わってきて、「幻想」って言葉がピンとこないのだ。ジョージ・R・R・マーティンの美食趣味とは違い、我々が日頃咀嚼している、慣れた食卓の味と匂いが、生々しく蘇ってくるのが、この人の作品の特徴。

 かと思えば筒井康隆ばりの毒舌ギャグもあり、小松左京ばりの骨太SFもあり、この人ならではの家庭・ご近所視点の物語もあり。大技を使いつつ親しみやすさは抜群で、初心者にもスレたSF者にも自信を持って勧められる、読みやすくて骨太な作品集。

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