大田眞也「スズメ百態面白帳」葦書房
育雛期における日本でのある観察では、六羽の雛に親鳥が虫を運ぶ回数は一時間当たり約40回だったそうである。一日の活動時間を12時間、巣立ちまでを2週間、巣立ち後の給餌日数を10日間として、一回に一匹の虫を運んできたとして、一回の繁殖で雛に与える虫の数を単純計算すると11520匹となる。
【どんな本?】
最も身近な野鳥であるスズメ。民家の軒下などヒトに近い場所に巣を作り、ヒトの住まない孤島などでは見かけない。ヒトの近くに住むにも関わらず、ハトとは異なりヒトへの警戒心は強く、飼いならした話もあまり聞かない。
スズメはどこに住み、何を食べ、いつ繁殖するのか。スズメは害鳥なのか、益鳥なのか。どのように番い、雛がそだつまでどれぐらいかかり、寿命はどれぐらいなのか。繁殖の季節はいつごろで、どれぐらい卵を生むのか。ヒトはスズメとどう付き合い、どう見てきたのか。
生活の中でスズメを見守り観察してきた著者による、身近な野鳥スズメの生態と観察の案内書。
【いつ出たの?分量は?読みやすい?】
2000年12月25日発行。単行本ソフトカバー縦一段組みで本文約214頁。9.5ポイント41字×16行×214頁=約140,384字、400字詰め原稿用紙で約351枚。長編小説なら短めの分量だが、写真を豊富に掲載しているので、文字の分量は7割ほどだろう。文章はこなれている。内容も一般向けで、特に前提知識は要らない。中学生でも充分に読みこなせるだろう。
【構成は?】
- はじめに/スズメの一年間の主な生活行動
- 食う
- 食害/食性と功罪/カキとスズメ/<温故知新―スズメの有益性><スズメの保護―穀霊神として>
- 天敵
- 渡る世間は鬼ばかり/最も怖いカラス/雀鷹/困ったネコ/<スズメの寿命>
- 育てる
- 声変わり/雄の争い/鏡に敵対する/好条件下では集団的に営巣/<萱葺き屋根の巣>/<瓦>/<青葉入れ>/<巣の害>/交尾/産卵し抱卵する/育雛/平等な給餌/卵割り・雛殺し/<子殺し>/巣立ち/雀の学校/分散による活力
- 巣のこと
- 巣のルーツをたどる/<十島菅原神社>/<「スズメとツバメ」の昔話考>/巣の未来を予測する
- 群れる
- 群れる智恵/雀のお宿は繁華街/<家紋「竹に飛雀」>/色変わりスズメ/綿帽子/雪に消えた白スズメ/雪原に黒スズメ/<羽毛の色>/親スズメの独寝/水浴びと砂浴び/台風禍/地獄網
- 分布・進化
- スズメ類は人類の居住地が好き/イエスズメ日本に侵入か/スズメとイエスズメの興亡/小鳥の出現/スズメ類の進化/農耕地は第二の故郷/<日本の稲作>/稲作以前のスズメたち
- 民俗
- ススと鳴き群れる小鳥(スズメの語源)/頬に黒斑がない稲の害鳥(ニュウナイスズメの語源)/スズメの地名/スズメを飼う/<スズメの子飼は現行法違反>/白スズメは瑞鳥/注連縄飾りとスズメ/雀守り神さん
- おわりに
1~5頁の短い記事が並ぶ構成で、それぞれの記事もほぼ独立しているため、気になった部分だけを拾い読みしてもいい。巻頭にカラー写真がある他、本文中にも多数のモノクロ写真があり、それを見ているだけでも楽しめる。頭だけ白い「綿帽子」が可愛い。
【感想は?】
この本は先週に読みたかった。先の週末に雪が積もったからだ。
やっぱり、身近な理科は興奮する。日本に住んでいれば、どうしたってスズメは馴染みになる。だが、近づいてじっくり見るのは難しい。ハトと違って警戒心が強く、すぐ飛び立ってしまうからだ。
冒頭から意外な事が書かれている。「人里離れた原生林や孤島でスズメを見かけることはまずない」「過疎などで人が住まなくなると、空家はあってもスズメもまたいつの間にかどこへともなく姿を消してゆく」。なぜか人の近くに住むのだ、スズメは。だったら少しは慣れてくれてもよさそうなもんだが。いけず。
田や畑を食い荒らすと思われているスズメだが、同時に虫を食べる性質もある。食い荒らすのは田の周辺部で、近くに生垣や竹薮など隠れ場がある所だけ。人家に近く目に付きやすい所で食い荒らすので、実際より害が大きく思われてるんじゃないか、と著者は疑問を呈している。なかなか目の付け所は鋭い。
特に5~6月は「食物量の40%前後を(昆虫が)占めている」「ゾウムシ・ハムシ・コガネムシなどの甲虫」「ヨコバイ・アワフキ・イナゴ・ガの幼虫など、いわゆる農作物の害虫といわれているものが大半」なので、功罪は難しいところ。
冒頭の引用は、この季節の子育ての様子で、一時間に40回も餌を運んでいる。働き者だなあ。あの小さな体のどこに、そんなスタミナがあるんだろう。面白いのは、「孵化後間もなくは雛の消化能力も不十分で、糞にはまだ栄養分が残っているので親鳥が食べてしまう」なんて習性もある。よく調べたなあ。
それだけ頑張って育てても、「生後一年以内に75%が死んでいる」。天敵のカラスやネコに狙われたり、台風で体温が維持できず衰弱死したり、雪で飢え死にしたり。体が小さいので、食いだめできないのだ。だから、雪の日なら餌付けしやすかろうと思って、こんな書き出しになった。
平均寿命は野生で三年ほど。蝉より短命だ。飼育したら最長記録は雌の13年10ヶ月、雄で5年3ヶ月。ジャンガリアン・ハムスターと同じぐらいかな? でも、スズメの子飼いは禁止されてます。残念。
民家の軒下に巣を作るなど、人が住む所に巣を作る習性のあるスズメ。困った問題を引き起こすこともあって、風呂の煙突に巣を作っちゃった場合、排煙が逆流して一酸化炭素中毒の事故を引き起こす場合があった。最近は煙突に防鳥網の設置が義務付けられ、そんな事故も減ったけど。
他の鳥の巣を拝借する事もあって。火山灰によるシラスの崖に、カワセミが掘って造った巣穴をちゃっかり利用してたりする。アオサギやトビの巣に間借りする事もあって、食われないのかしらん。変わった所じゃ、なんとスズメバチの巣を再利用してたり。特に可愛らしいのが、民家の柱時計の上に巣を作った話。餌を運んできても、人が見てると巣に近寄らない。
家の人の話だと、いつもこうで、人が見ていると分かるといつまでも時計の上にじっと止まって、ちょっとでも目を離すと、そのすきに餌を与えているとのことだった。
ヒトに慣れてるんだか、警戒してるんだか。スズメも可愛いが、それを鷹揚に見守る家の人も懐が広い。他にも狛犬の口や鬼瓦に作った巣の写真も載っていて、実に工夫に富んでいるというか柔軟性が高いというか。
身近な野鳥の、逞しく意外な生態も楽しいが、それを温かく見守る著者の目線も心地良いし、そんな著者に協力する人々の気持ちも暖かい。小さい体で頑張って生きているスズメを、少しだけ今までとは違う目で見られるようになる、そんな本だ。しかし、先の雪をどうやってスズメたちはしのいだんだろう?
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