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2014年2月23日 (日)

サイモン・ウィンチェスター「クラカトアの大噴火 世界の歴史を動かした火山」早川書房 柴田裕之訳

残っていた記録によれば、気温の低下は平均0.55度、クラカトアの噴火とほぼ同時に起こっている。しかし、いまだに明快にできず、科学界を悩ませているのは、どちらのほうが先立ったかという問題だ。噴火が世界の気温を下げたのだろうか。それとももしかしたら、何か違う原因で世界中の気温が低下し、(とてもありそうにない気がするが)その影響でどういうわけか地殻が圧力を受け、ひずんで断裂し、火山の噴火が続いたのだろうか。

【どんな本?】

 1883年8月27日月曜日、インドネシアのジャワ島とスマトラ島の間にある火山島、クラカトアが噴火、島そのものを吹き飛ばし、火山弾や大津波で3万6千人が亡くなった。衝撃波は地球を7周し、噴火の轟音は4700km以上も話された所でも聞こえ、吹き上げた噴煙は3万6600mも上昇、北半球の空を赤く染め上げる。

 時は大英帝国が七つの海を制覇し、電信技術が世界を覆う科学の時代。噴火のニュースはたちまち世界を駆け巡り、各地で熱心な観測がなされる。従来の火山噴火と大きく異なる点がそれで、この噴火は多くの記録が残っている。

 噴火の舞台となったシャワ・スマトラ両島の歴史と同時の社会動向、帝国主義がぶつかり合う国際情勢、大きな曲がり角を向かえる地質学、火山ができるしくみ、噴火が及ぼす様々な被害、噴火後の生態系の変化など多彩な視点で描く、科学と歴史のドキュメンタリー。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は KRAKATOA - The Day the World Exploded : August 27, 1883, by Simon Winchester, 2003。日本語版は2004年1月31日初版発行。単行本ハードカバー縦一段組みで本文約419頁+訳者あとがき4頁。9ポイント48字×20行×419頁=約402,240字、400字詰め原稿用紙で約1006枚。長編小説なら2冊分ぐらいの大容量。

 文章は比較的にこなれている。科学と歴史に関わる本だが、読みこなすのに専門的な知識は要らない。中学卒業程度の理科と歴史の知識があれば充分だろう。特に日本はプレート・テクニクスの知識が一般に敷衍してるので、読みこなせる人が多いと思う。地理と歴史が関わる本なので、地図帳または Google Map と、歴史年表があると更に便利。

【構成は?】

 序
第1章 尖った山のある島
第2章 運河に潜むワニ
第3章 ウォーレス線上の接近遭遇
第4章 過去の火山活動
第5章 地獄の門が開かれる
第6章 日の光も届かぬ海底で
第7章 おびえたゾウの奇妙な行動
第8章 大爆発、洪水、最後の審判の日
第9章 打ちのめされた民の叛乱
第10章 子供の誕生
エピローグ この世が爆発した場所
さらに詳しく知りたい人のための推薦(一作だけは禁止)図書・映像
 謝辞/訳者あとがき/索引

 基本的に時系列順で話が進むので、素直に頭から読もう。

【感想は?】

 昨年(2013年)に西之島新島が話題になったばかりなので、タイミングがよかった。単に日本の国土が増えただけでなく、色々と重要な意味があるのがわかる。

 前半のクライマックスは、「第3章 ウォーレス線上の接近遭遇」。ここでまず主役になるは、アルフレッド・ラッセル・ウォーレス(→Wikipedia)。イギリスの博物学者で、「ダーウィンの月」の二つ名で知られる。ダーウィンとは独立・同時期に進化論に達し、論文の仲介をダーウィンに頼む。世間の反感を恐れ慎重にしてたダーウィンはケツを蹴っ飛ばされ…

 と大きな功績のあった人だが、「ダーウィニズム」なんて言葉を造るぐらい「すべての名誉を気前よくダーウィンに譲った」。が、この本で重要なのは別の話。同じインドネシアでも、ボルネオ島やジャワ島など西側と、スラウェシ島や小スンダ列島など東側じゃ、全く生態系が違う。東側は有袋類ふがいたり、オーストラリアに近い。この二つの生態系を分けるのが、ウォーレス線。

 もう一人の主役が、大陸移動説で有名なアルフレート・ロタール・ウェゲナー(→Wikipedia)。早すぎたアイデアと悲劇っぽい印象があるが、本人は好きなグリーンランドで、「上空で起きている気象現象の研究に心から満足して携わっていて亡くなった」。

 やがて、先のウォーレス線など生態学の話と、磁鉄鋼の磁気の向きや海底探査・重力の異常など地質学の話が、地殻プレートよろしくぶつかり合い、プレート・テクニクスが生まれるあたりは、話の大きさも手伝ってゾクゾクしてくる。

 話はゆっくりと噴火当日へと進む。イギリスとオランダによる植民地化が進んでいた地域でもあり、両国は観測用に船舶を派遣するなど、多くの観測記録が残っている。火山はかなり前から蠢動を始めており、5月には商売熱心なオランダ領東インド汽船会社が、噴火を見る観光船を企画、即座に満員御礼となっている。

 そして運命の1883年8月27日月曜日、午前5時30分から4回の噴火が起き、最後の10時2分の大噴火はクラカトア島そのものを吹き飛ばす。轟音は4776kmも離れたロドリゲス島まで鳴り響くが…

バタヴィアやバイテンゾルフ、ジャワ島西部ではじつに多くの人間が何も聞いていない。おかしなことに耳が聞こえなくなったと感じた者、耳の中で妙なブンブンうなる音を聞いた者、あるいは周りで急激な圧力の変化があったのを感じたものもいた。

 ここで被害を拡大したのが、津波。少なくとも…

165ヵ村が破壊され、3万6417人が命を奪われ、無数の負傷者が出た。犠牲になった村やその住民の大半は、クラカトアの大噴火そのものではなく、それにともなって翌朝に発生した巨大な高波(津波)の被害にあったのだった。

 吹き上がった粒子は3万6600m上空まで届き、何ヶ月も漂う。「低いところでは、いつまでもぐずぐずと漂っていたがる小さな塵を洗い流してしまう雨も、この高さでは存在しない」。この塵は世界中の夕焼けを赤く染め上げ、合衆国では何回か火事と勘違いされ消防隊が出動している。

 「第9章 打ちのめされた民の叛乱」は、最近の物騒な中東・アフガニスタン情勢に興味がある人には、なかなか示唆に富む内容。この先も長く続くインドネシア独立の先駆けである、バンテンの叛乱(→コトバンク)を題にとり、現地住民とオランダ植民地政府との戦いの構造を描く。ここで重要な役割を果たすイスラム教スンニ派のしくみは、サウド王家の庇護を受け現代も着実に活動している。

 そして「第10章 子供の誕生」では、再び科学にテーマが戻る。ここでは、噴火で壊滅したかに見える近隣の島や、新しく成長してきた「アナック・クラカトア」の生態の変化が描かれる。最初に見つかったのはクモ。どうやら風に乗ってきたらしい。1906年には、アリやミミズまで見つかっている。ミミズは、どうやってきたんだろう?

 西欧の植民地化の歴史、それを支え共に発展した保険会社ロイズやロイター通信社の成り立ち、冷戦が地質学に与えた意外な影響、火山が生まれるしくみ、大陸移動説が生まれるダイナミックな物語、ヒトにはどうしようもできない火山噴火の凄まじい影響と、なんとかソレを解き明かそうと努力する地質学者たちの連なり。地理・歴史・科学にまたがる、大著に相応しいボリューム満タンの本だ。

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