北中正和「ギターは日本の歌をどう変えたか ギターのポピュラー音楽史」平凡社新書144
そのころに録音された「ダーク・ウォズ・ザ・ナイト(→Youtube)」(28年)のまるで生き物のような彼(ブラインド・ウィリー・ジョンスン)のスライド・ギターの響きは、一般的なギターのイメージから遠くかけ離れている。
――ヴォイジャーに乗って宇宙をゆくブルースのレコードもある
【どんな本?】
現代のポップ・ミュージックには欠かせない楽器となったギター。そのギターの先祖は、どこで生まれたどんな楽器なのか。なぜ他の楽器より人気が出たのか。どんな音楽を演奏するどんな人に使われ、どんな演奏法だったのか。エレクトリック・ギターがどのように生まれ、どんな演奏がされてきたのか。
そして、日本にはいつ、どんな音楽と共に入ってきたのか。代表的な演奏者は誰で、どのように使われたのか。古賀政男や田端義夫は、どこが画期的だったのか。歌謡曲とギターは、どんな関係だったのか。
現代の代表的な大衆楽器であるギターを、その由来と歴史を辿りつつ、ロックやジャズなどポップ・ミュージックのルーツも探る、ギター・ファンやルーツ・ミュージックに興味のある人にはたまらない一冊。
【いつ出たの?分量は?読みやすい?】
2002年6月19日初版第1刷。新書版縦一段組みで本文約181頁。9ポイント40字×16行×181頁=約115,840字、400字詰め原稿用紙で約290枚。小説なら短めの長編か、長めの中編の分量。写真を豊富に収録しているので、文字量は8~9割ぐらいだろう。
文章は読みやすい。前提知識もほとんど要らない。敢えて言えば、Ⅰ部に出てくる言葉「コース」(→Wikipedia)ぐらいか。ギターやマンドリンなどを弾いた経験があれば、まず問題なく読みこなせる。Ⅱ部以降は、日本の古い流行歌を知っていると、更にエキサイティングに読める。じゃ、スグに読み終えられるか、というと…
【構成は?】
| はじめに | ||
|
Ⅰ ギターの歴史/基礎知識編 |
Ⅱ 日本のポピュラー音楽とギター/1945年まで |
Ⅲ 日本のポピュラー音楽とギター/戦後から現代まで |
| 主要参考文献/関連略年表/あとがき |
基本的に時系列順なので、素直に頭から読もう。
【感想は?】
文字数は少ないのだが、実は読み終えるまで結構時間がかかった。
やっぱりね、楽器やミュージシャンの名前が出てくると、どうしても聞いてみたくなる。そして今は Youtube なんて便利なモンがあるから、思わず検索してしまう。すると、出るわ出るわ凄いシロモノが。
冒頭に引用したブラインド・ウィリー・ジョンスンも鬼気迫るモンがあるし、ロバート・ジョンソンのクロスロード(→Youtube)もいい。この本によると、リュート/ギターの先祖はイランの ud(ウード)まで辿れるらしく、これを調べたら Yaln?zl?k の 3Dem Ud Trio(→Youtube)が見つかって、これもなかなか気持ちいい。
7~8世紀にアラブのミズハール Mizhar の進化形らしい。面白いのは、フレットがない事。「アラビア音楽で好まれる微分音に対応した結果だと思われる」。音階そのものが違うんですね。
それが西洋に渡りリュートになり、15世紀に大流行する。「15世紀にイベリア半島最後のイスラム王国が崩壊した事に因果関係があったのはまちがいない」。が、リュートも18世紀にギターラに座を明け渡す。「その理由は音量の限界や演奏の難しさにあったと言われる」。チューニングの難しさを揶揄したジョークが二つ。
「いつも調弦に追われて、まだ演奏したことがないリュート奏者」
「人生の四分の三を調弦に費やしたリュート奏者」
当時はナイロン弦がなくガット弦だし、コースで音を合わせるのも大変だったんだろうなあ。そのギターラ、イマイチ正体は不明らしい。ポルトガルのギターラがソレっぽいらしく、これも Youtube を漁ったら見つかった(→、Lui's Guerreiro Jose' Manuel Neto A^ngelo Freire - guitarra portuguesa)。はいいが、あまりに美しい演奏に聞きほれちゃって…
これが二つのルートでアメリカに渡る。一つはイギリス移民が東部に、もう一つはスペイン・フランス系が南西部に。面白いのは、ブルースの本場と言われるシカゴとギターの因縁。
19世紀末から20世紀初頭にかけてアメリカの安価なギター生産拠点のひとつはシカゴだった。北米大陸の中央にあるシカゴは、各地と鉄道網で結ばれ、通信販売の拠点として有利だったのだ。
バンジョーの誕生も意外で、ハワイアンやスライド・ギター誕生秘話も意外性に満ちている…とかやってるとキリなくて、いつまでも日本にたどり着けない。
日本のギターじゃハワイアン、特にアーネスト・カアイ Ernest Ka'ai の影響が大きかった模様。ここも意外なのが、アンドレス・セゴビア Andres Segovia(→Wikipedia、→Youtube)より前にハワイアンが入ってる事。しかも…
それまで日本のクラシック系のギターは、イタリアから輸入された金属弦のギターが標準とされていた。ところがセゴビアはガット弦を使っていた。(略)
湿度の高い日本では、ガット弦は伸び縮みしやすいから、安定した音を出すことが難しい。
なんとガット弦より先にスチール弦が入っていたとは。まあいい。
セゴビアに衝撃を受けたのが古賀政男、名曲「影を慕いて」(→Youtube)を生み出す。これの何が新しかったかというと、極論すれば三味線のフレーズを西洋楽器のギターで弾いたこと。「そんな発想はなかった」のだ、当時は。
これをコミックバンド「あきれたぼういず」がエスカレートさせ(→Youtubeの「四人の突撃兵」)、バタやんこと田端義夫に繋がってゆく。四国に渡る連絡船の中で聞いた闇屋の歌に惚れたバタやん、オリジナルの春歌を少し変える。当時はオーケストラを揃えて収録するのが普通だったが…
いい曲だったので、他の人が出す前に一刻も早く録音するため、ギターだけでレコーディングした
のが、町の伊達男ズンドコ節(→Youtube)。当時はライブ感覚やシンプルな気持ちよさってのが、レコード会社には理解されてなかったのだ。
などと意外性に満ちたギターや、その奏法の歴史も面白いが、出てくるミュージシャンや楽器の音を Youtube で聞き始めるとキリがない。単に読むだけならアッサリ読み終えられるが、ちゃんと味わおうとしたら時間がいくらあっても足りない。ギター・マニアにとってはアリジゴクのようにズルズルと引き込まれる、困った本だ。
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