米陸軍省編「米陸軍サバイバル全書」並木書房 三島瑞穂監訳 鄭仁和訳
頭部は常に覆っておかなければいけない。帽子を被っていない頭部から失われる体熱は全体の40~45%で、裸の首筋や手首、足首から失われる体熱より多い。(略)なぜなら、多量の血液循環のほとんどが頭皮近くで行なわれているからで、そのため頭部を覆わなければ急速に熱を失うことになる。
――寒冷地サバイバルの基本 より
【どんな本?】
文明から離れた地域で孤立したら、どうやって生き延びればいいんだろう? 砂漠で水はどうやって手に入れる? 暑さ・寒さは、どうやって防ぐ? 何が食べられて、何が毒になる? 動物は、どうやって仕留める? 快適な寝床は、どうやって作る?
アメリカ陸軍,海軍,空軍,海兵隊,沿岸警備隊,パーク・レンジャー,運輸省,FBIを含む司法省,ボーイスカウト,ガールスカウトをはじめ友好国の軍や各省庁で参考にしている、アウトドア教本。
【いつ出たの?分量は?読みやすい?】
原書は U.S. ARMY SURVIVAL FM21-76、1992年6月版。日本語版は2002年4月15日発行。実は2011年11月に新版がでている。単行本ソフトカバー縦三段組で本文約389頁+訳者あとがき4頁。9ポイント17字×24行×3段×389頁=約476,136字、400字詰め原稿用紙で約1191枚、長編小説なら2冊分だが、イラストや写真を豊富に収録しているので、文字の量は6~7割ぐらいか。
文章そのものは比較的に読みやすい。内容も特に前提知識は要らない。一応、カテゴリは軍事/外交としたが、兵器や軍事に疎くても別に問題はない。それより、基本的にアウトドア生活の手引書なので、小学校卒業程度の理科の知識や、釣り・キャンプ・山菜取り・山歩き・潮干狩りなど野外での遊びや仕事の経験が役に立つ。
アメリカの本なので恐らく原書はヤード・ポンド法だろうが、日本語版は全てメートル法だ。たぶんこれは訳者が気を利かせたんだろう。
【構成は?】
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監訳者のことば |
第17章 渡河技術をマスターする |
各章は、ほぼ独立している。また章内も1~数頁の独立した記事からなっている。全般的な事・基本的な事を前の方で説明し、状況別や目的別の事柄を後に置いているので、全部を読み通すつもりなら、素直に最初から読もう。または、百科事典のつもりで、好みの記事だけ拾い読みしてもいい。
【感想は?】
男の子のバイブル。夏休みの宿題のネタとしても面白いだろう。
役に立つか、と言われると、実は結構疑問だ。書いてある事は軍で実際に採用している事柄なので、現在分かっている限り最も正確な知識や有効な方法なんだろうけど、想定している状況が、あまりに過酷過ぎて、普通に生きている人が、こんな状況に陥るとは、ちと考えにくい…たとえ登山などアウトドアな趣味を持っていようとも。遭難したなら話は別だが。
何度か強調しているのが、サバイバルの3要素だ。飲料水・食料・シェルター(寝床)。つまり水もない状況での生存方法を書いた本で、火の起こし方や水の浄化方法が書いてある。いくらキャンプが趣味の人でも、最近は固形燃料と鍋ぐらい持っていくだろう。竹を切って飯盒にする人はおるまい。つか勝手に竹を切ったらマズいよね。
とは言うものの、やっぱり読んでて楽しいのだ。ついつい、実際にやりたくなる。キャンプが好きな人なら分かると思うが、同じメシでも屋外で食べると一味違うし、いつもと違う寝床で寝るってだけで、なんかワクワクするのだ。文明人ぶっちゃいるけど、んなモンたかだか数千年。その前の百万年はずっと野宿だったわけで、ケダモノの血が騒ぐというか。なんでキャンプのカレーって、あんなに美味しいんだろうね。
構成の項に書いたように、各章が独立している上に、章内も短い記事が続く形だ。全般を通し連続する物語があるわけじゃないので、個々の記事を事典のように楽しむ形で読む事になる。
そんなわけで、どうでもいい知識や、普通に生きていればまず役に立たないトリビアを無駄に仕入れてしまう。例えば、パラシュートと木切れで作るシェルター(寝床)とか、「うわ面白そう、ちと試してみたい」って気になる。担架の四隅を柱で支えたようなスワンプ・ベッドとかも、一度は寝てみたい。かつて秘密基地を作って遊んでいた男の子なら、血が騒いで仕方がないだろう。
残念なのが、書いてある事の多くが、今の日本じゃ違法なこと。弓や罠の作り方も出て来て、「リスの棒柱ワナ」とかは仕掛けも簡単だし是非試してみたいんだが、きっと今の日本じゃ違法だろう。ノネズミを捕まえる底広ワナなんて、モロに「落とし穴」。穴を円錐形にして登れないようにするのがミソ。でも下手すっと蛇の巣になりますw
まあ、全く役に立たないわけでもなく、例えばこの記事の最初の引用などは、スキーをする人には意味があるだろうし、便秘に悩む人には「果物は便を緩める」とある。逆に下痢気味の人には「お茶に含まれるタンニン酸には下痢を抑制する効果がある」。あと、トウガラシは「腸内に寄生虫を寄せ付けない環境になる」。
意外なのがセイヨウタンポポで、「全部位が食べられる。葉は生か調理して食べる。根は煮て野菜として食べる。炒って粉にした根はコーヒーの代用として最適である」。んじゃ今度試してみよう…と思ったら「人家と人が住んでいたビルの近くや、道路脇に生えている植物は、殺虫剤が散布されていた可能性がある」。住宅地だと犬の小便を被ってたりもするし。
役に立つという点では、「第4章 基本的なサバイバル医療」は重要かも。例えば細かいのでは、慣れない靴や行軍で足にできる水ぶくれ。小さいなら潰さないようにしよう。大きいなら、糸を通した裁縫用の針を消毒し、水泡に通すと、糸が水を吸い取ります。ってな細かいのから、救命手順はあらゆる事故に役立つ。意識がない時の寝かせ方は知らなかった。
横向きかうつ伏せに寝かせ、嘔吐物や出血などで窒息するのを防ぐために、顔を横向きにする。
これは泥酔した人も同じだろう。確か元レッド・ツェッペリンのドラマー,ボンゾことジョン・ボーナム(→Wikipedia)も、深酒で吐き窒息で死んでる(Youtube, →Mobby Dick)。
海外旅行で役立ちそうなのが、現地の人と仲良くなる方法。なるため現地の言葉を覚えとく方がいいのは当然として、そうでなくても、「誰かの言葉を真似して話そうとする行為は、彼らの文化に敬意を払っていることを示す最上の方法の一つである」。うんうん、日本語を覚えようとするガイジンは、やっぱ感じいいよね。
など緊急時には役に立つ知識から、日常の体調管理に使えそうな小技、そして出来れば一生使いたくない生死のかかる智恵まで、雑多な豆知識の集大成として楽しめる本だった。しかしアザラシ狩りには笑った。「腕を体につけて、できるだけ自分がアザラシに見えるようにして接近する」って、おい。SEALsの訓練でも、アザラシの真似するのかなw
最後に。いかにも合理主義のアメリカだな、と思ったのが、恐怖や欝への対処。「ほとんどの兵士がさまざまな度合いの恐怖感を抱くことだろう。これは恥ずべきことではない!」としている点。こうやって現実を直視し、管理職が楽できる精神論に逃げない姿勢が、アメリカの強みだよなあ。
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