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2013年12月12日 (木)

鵜飼保雄・大澤良編「品種改良の日本史 作物と日本人の歴史物語」悠書館

 江戸時代末期から明治時代にかけて、欧米からリンゴが導入されるまで、日本の秋の代表的果物はナシとカキであった。とくにナシは「果物の女王」とされてきた。
  ――梶浦一郎

【どんな本?】

 イネ・コムギなど主食となる穀物、味噌や豆腐など食卓で大活躍するダイズ、鍋物には欠かせないハクサイ、秋を感じさせるナシとカキ。我々の食卓を彩り、生活に潤いをもたらす作物は、いつ、誰が、どのように持ち込み、どう栽培され、どう改良されてきたのか。それぞれの作物には、どんな品種と特徴があり、栽培にはどんな苦労と工夫があり、どんな目的に向かって、どんな方法で改良されてきたのか。そして、現代の日本の産地と市場では、どんな変化が起きているのか。

 多くの日本人が身近に馴染んでいる作物を取り上げ、それぞれの作物の由来や品種改良の歴史と手法を通し、日本の農業の過去と現在を伝える、真面目で美味しい品種改良の啓蒙書。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2013年5月1日第1刷。単行本ソフトカバー縦一段組みで本文約468頁。9.5ポイント48字×19行×468頁=約426,816字、400字詰め原稿用紙で約1067枚。長編小説なら約2冊分。

 著者の多くは農学者だが、意外と文章はこなれている。内容でつまずきそうなのは、生殖に関する生物学の知識。「倍数体」や「自家不和合成」などの言葉が出てくるが、ちゃんと本書中で説明がある。まあ、わからなくても楽しめる部分は多いが、分かると先人たちの苦労が実感できる。中学卒業程度の理科の素養があれば、理解できるだろう。

 むしろ、必要なのは、八百屋やスーパーで野菜や果物を買い、自分で調理した経験かもしれない。日頃からよく見かける品種の味やクセ・市場の移り変わりを体感していると、内容が身近に感じられ、より楽しく美味しく切実に読める。

 ただし。体重が気になる人には、深夜、お腹が空く時間に読むのは、お薦めできない。

【構成は?】

 はじめに
第1章 イネ 横尾政雄
第2章 コムギ 藤田雅也
第3章 トウモロコシ 濃沼圭一
第4章 ダイズ 高橋信夫
第5章 サツマイモ 吉永優
第6章 トマト 加屋隆士
第7章 イチゴ 望月龍也
第8章 ハクサイ 生井兵治
第9章 タマネギとネギ 小島昭夫
第10章 ダイコン 金子幸雄
第11章 ブドウ 佐藤明彦
第12章 カンキツ 國賀武
第13章 リンゴ 安倍和幸
第14章 ナシ 梶浦一郎
第15章 カキ 山田昌彦
 参考(引用)文献/索引/著者略歴

 各章は独立しているので、気になった章だけを拾い読みしてもいい。章の合間に1頁のコラムがあり、ちょっとした気分転換になる。

【感想は?】

 昔から不思議に思っていた。梨の事だ。

 西洋の昔話には、リンゴがよく出てくる。だが、梨は出てこない。確かにリンゴは美味しい。それは認める。しかし、私は果物じゃ梨が一番好きなのだ。残暑厳しい時期にかじる冷やした梨は、最高に贅沢なスイーツだろう。なんであんなに美味しい果物が、物語に出てこないのか。おかしいではないか。検閲でもされているのか。

 この本を読んで、疑問が氷解した。ないのだ、西洋には。諸説あるが、今は日本固有とする説が主流らしい。岩手や青森には野生の群落があるとかで、なんと羨ましい。日本に生まれてよかった。でも「米国西部、ニュージーランド、オーストラリアなどで小規模に栽培され」、韓国・中国・台湾でも馴染まれているらしい。最近じゃ英語でも Nashi で通じるとか。

 これはマズい。特にアラブじゃ果物は贅沢品と見なされる。ジューシーでサッパリした梨の美味が、水の貴重な砂漠の民であるオイル・マネーに知れたら、買い占められて大変な事になる。和食を売り込むのはいいが、梨の秘密は守って頂きたい。確実に価格が暴騰し、貧しい私の口に入らなくなってしまう。

 ってな冗談はさておき、梨の品種改良は難しいようで、「ヘテロ接合性が高い」上に「自分の花粉じゃ受粉しない」ために、種を植えても、まず同じにはならない。幸い「接ぎ木で増殖する」ので、「接ぎ木の技術は江戸時代からあり、接ぎ木職人と苗木屋が出現している」。昔から農家は品種改良に熱心だったんだなあ。

 品種改良では、松戸覚之助と二十世紀の話がドラマチック。なんと親戚の家のゴミ箱にあった苗を譲り受けて育てたら、前世紀を代表する傑作が出来てしまった。

 なんて幸運もあるが、現代の品種改良は大変で、「育種担当者は(略)多いときで一日あたり約2キログラムに達する量を試食しなければならない」「血糖値が上がって糖尿病を発症する担当者が珍しくない」。梨の特徴は、独特のザラザラ感。だから、食べないとイカンのだ。食べ物の美味しさってのは、食感も重要なんだなあ、とつくづく思い知る。

しかも「選抜に成功してから消費者の口に入るまでに、最短で15年、長ければ25年は過ぎてしまう」ってんで、えらく辛抱が必要な作物なのだ。そんなに手間がかかる品種開発なのに、品種の移り変わりは速い。1970年代は代表的だった長十郎、1997年には幸水と豊水にシェアを完全に食われている。

 なお、今は梨狩りも多いんで、専用の品種もあるとか。営業期間を長くするために、「収穫期をずらして多くの果実品種が良い品種を揃えるようになった」と、農家も色々と工夫している。なお、梨は「南に面した部分の糖度が高くなる」そうです。

 などと梨が美味しい故に梨ばっかし取り上げちゃったが、やはり書名どおり品種改良の歴史と現代がわかるのも、この本の面白い所。例えばコムギの項では、「伊勢神宮の神田(しんでん)には全国から稲穂の種子が集まり、農民たちはそこで優れた新種の種子をもち帰った」とある。お伊勢参りってのは、単なる行楽だけじゃなかったのだ。

 現代の品種改良の手続きが見えるのは、ダイズの章。まず「どんな品種を育成するのか」と目標を決め、相応しい両親を求め、計画的に交配・選抜してゆく。品種になるまで、例えばイネじゃ7年~15年かかる。育種担当者・栽培管理者・育成/品質を調査する人などのチームで進め、「最初から品種になるまで一貫して携わる人は多くない」。

 目標を立てる際にも、考慮するのは味だけじゃない。やはりイネだと耐冷性は勿論、倒れにくいように丈が短いものがいい。市場も考慮し、ネギは核家族化にあわせ丈の短い「ふゆわらべ」を生み出す。そして、全ての種に共通しているのが、病気や害虫への耐性。

 などと苦労して品種を育てても、市場は無情に変化してゆく。イネは1970年代日本晴が最強だったが、ほんの10年でコシヒカリに首位を奪われる。栽培面積の変化は更に目まぐるしく、1970年ごろにトップのレイホウは5年ほどでキヨニシキに首位を明け渡し、四年後にはアキヒカリに奪われる。

 とすっと、日本の農家は、毎年同じ事をやってるわけじゃなく、常に品種と市場を見ながら生産計画を立ててるって事になる。しかも、品種によって特性があり、適切な育成方法が違ったりする。かなりダイナミックに変化していく仕事なのだ。すんません、農家ナメてました。

 それぞれの章の著者が、担当する品種に抱く深い愛情を感じるのも、この本の楽しいところ。トマトを担当する加屋隆士氏なんか、いきなり「トマトは世界一の野菜である」とカマしてくる。子煩悩なお父さんみたいで、実に微笑ましい。

 まあ、そんなわけで、まずは自分が好きな作物の章を味見してみよう。

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