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2013年12月 9日 (月)

谷甲州「NOVA COLLECTION 星を創る者たち」河出書房新社

 堂嶋主任の視線が、そのうちの一本にむけられた。軽量級輸送機のために用意された三号膠着施設だった。あまり使われていないらしく、その施設だけは汚れが少なかった。だが現場から送られてきた画像には、明瞭な違いはなかったように思う。
  ――メデューサ複合体

【どんな本?】

 緻密な考証で名高いベテランSF作家・谷甲州による、太陽系を舞台とした土木SF連作短編集。人類が太陽系に進出しはじめた世界を舞台として、民間の建築会社に勤める技術者たちを主人公に、月・火星・水星・木星・金星など過酷な環境の中で、宇宙開発の先端を切り開く者達に襲い掛かる危機と試練を描く。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2013年9月30日初版発行。ソフトカバー単行本で縦一段組み、本文約351頁+あとがき2頁。9.5ポイント40字×18行×351頁=約252,720字、400字詰め原稿用紙で約506枚。標準的な長編小説の分量。

 クールでぶっきらぼうながら、簡潔で要領を得た頭に入りやすい文章が、この人の欠かせない魅力の一つ。内要はガチガチの科学・工学・土木作品なので、詳しい人ほど楽しめる。

【収録作は?】

コペルニクス隧道 / 小説奇想天外3号 1988年4月 大幅改稿
コペルニクス隧道(ずいどう)は、月の都市間をつなぐリニアモータ路線用のトンネルとして計画された、全長120キロにおよぶ長大トンネルだ。山崎主任とクリシュナは、先進導坑の一つの面倒を見る技術者として、現場に詰めている。作業の大半は自動化されているが、不断の整備が必要だし、不測の事態に備える意味もある。今日もズリの圧送システムの調子が悪く…
冒頭から谷甲州節全開の作品。いきなしズリだの切り羽だの。ズリはトンネルを掘った際に出る土砂・岩石、切り羽は掘ってるトンネルの先端。そういう土木の現場っぽい世界観に加え、地球とは違う月の条件を思わせる、トンネル内に細かい砂が落ちてくる情景もゾクゾクくる。うんうん、空気ないしねえ。ちょっと前に「トンネルものがたり」を読んだために、面白さが倍増した作品だった。古いSF者は、A・C・クラークの古典的名作を思い出すかも。
極冠コンビナート / 小説奇想天外4号 1988年6月 大幅改稿
火星の極冠で建設中の北の平原水資源総合開発プロジェクト、通称極冠コンビナートの第二期工事で、機材主任と安全管理責任者を兼務する立川は、ドーム内のわずかな二酸化炭素濃度の上昇を見つける。外気は地球の1/100の二酸化炭素。火災はもちろん、空調の不具合でも事故につながりかねない。統合防災システムは渓谷を出していないが、気になった立川は…
基本的に登場人物がたった二人の「コペルニクス隧道」と打ってかわり、この作品では多数の会社(くみ)が出入りする大規模な建築現場の活気ある様子が描かれる。多くの会社が集まり複雑な社会が形成される現場で、安全管理なんて一見非生産的・非効率的なモンを徹底させる難しさは、相応の規模の仕事を担当した人なら、否応なしに実感できるだろう。与圧服にまつわるネタも、思わずニヤニヤしてしまう。
熱極基準点 / 小説奇想天外6号 1988年10月 大幅改稿
水星で計画中の大型射出軌道(マスドライバー)。その建設予定地の多角測量を調べる常駐技術員の秋山は、誤差の奇妙な偏りに気づく。ランダムに分散しているなら無視できるが、明らかに一方向に偏っている。基地の探査課の物理探査技師バモオに相談し、現場に向かうつもりだったが…
これもタイミングよく「確率と統計のパラドックス」を読んだ直後なので、冒頭から引き込まれた。SFでもあまり取り上げられない水星が舞台なのは貴重。0.2と大きい離心率、2:3という特異な公転周期と自転周期の比率、そして近日点移動を巡る伝説など、マニアには美味しい作品。
メデューサ複合体 / 書き下ろし日本SFコレクション NOVA3 2010年12月
木星大気の上空で建設中のメデューサ複合体は、すでに全長100キロに達する巨大な浮遊物で、上空とはいえ重力は2.5Gに達する。以前から部材の寸法違いや工程管理のミスなど細かい齟齬が続いた上に、定期検査で主構造体にひずみが見つかった。現場に向かう堂嶋主任は…
高重力な上に磁気嵐が渦巻く木星の様子が堪能できる作品。やはり問題となるのは高重力で、んな所で誰がどうやって作業するのかってのもあるし、どうやって浮かすのかって問題もある。それでも上手く開発できれば水素取り放題の美味しい星なんだけど。冒頭に出てくるレーザ・ロケットも、路線が決まってるなら面白いアイデア。お話の元ネタは、工学系の人には有名なコレ(要注意、ネタバレです→Youtube)。
灼熱のヴィーナス / 書き下ろし日本SFコレクション NOVA7 2012年3月
重機械を管理する汎用級整備士の埴田は、金星の現場を視察し、工程の変更を検討する。その時、奇妙な音を聞く。たまたま現場に出ていたため第一報を聞き逃し、状況を全く把握できない埴田に、当直担当者は無茶な要求を突きつける。「応急工事に投入できる重機械の員数と性能を知らせよ」と。
やはり滅多に舞台にならない金星、それも地表を描く貴重な作品。厚い雲に覆われた金星の様子は、なかなかわからないだけに、こういう連作でもなければ、滅多にお目にかかれない。酸と灼熱に苛まされる地獄の世界ではあるものの、重力とは不釣合いに高い大気圧を活かした発想は見事。
ダマスカス第三工区 / 書き下ろし日本SFコレクション NOVA9 2013年1月
土星の衛星エンケラドゥスで、問題が起きた。保安部は厳格な情報管制をしき、実際に何が起きたのかは全く解らない。勤務者リストにかつての同僚の名を見つけた山崎部長は、自らエンケラドゥスに向かう。だが、実際に事故の状況を見た山崎部長も、なぜ事故が起きたのか、全くわからなかった。
土星の衛星エンケラドゥス(→Wikipedia)。重力は地球の1/100、表面は水の氷で覆われた、気温-100℃の極寒の地。最初の「コペルニクス隧道」で主任だった山崎が部長になって出てくるのが懐かしい。ばかりでなく、やはり読み所は水の氷が零下100℃でどうなるか。水さえあれば「コペルニクス隧道」で苦労せずに済んだ山崎が、ここでは水の氷に苦しめられるのが、なかなかの皮肉。
星を創る者たち / 書き下ろし
この連作短編集のフィナーレを飾るに相応しい、スケールの大きなエンディング。多くは述べません。奇想天外やNOVA でシリーズを読んでいた人には、驚愕の展開が待ってる。

 冒頭の「コペルニクス隧道」から、思いっきり泥臭い現場の匂いがプンプン漂うのが、この連作短編の魅力。決して予定通りにはいかない工程、必ず起こる不測の事態、普通に使ってるだけでも寿命が減ってゆく機械類。この記事の冒頭の引用のように、ちょっとした汚れの違いや、音の変化で不調を見極める、現場に通じた技術屋の目が、キッチリ描かれているのも、技術畑の人には嬉しい所だろう。

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