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2013年10月24日 (木)

アーサー・C・クラーク&スティーヴン・バクスター「タイム・オデッセイ 太陽の盾」早川書房 中村融訳

「あれはほぼ未加工の尿で育てられています。そっちのエンドウ豆は、濃縮した糞便のなかに浮かんでいます。われわれの仕事は、もっぱら臭い消しなんですよ。もちろん、大部分はGMOです」遺伝的改良品種(ジェネティカリー・モディファイド・オーガニズム)のことだ。

【どんな本?】

 英国の誇るSF作家の長老アーサー・C・クラークが、最新の科学を大量にブチ込んだSFを得意とするスティーヴン・バクスターと組んで送るシリーズ<タイム・オデッセイ>第2弾。前回の「時の眼」とは打って変わり、今回は近未来の2037年を舞台に、迫り来る地球の危機と、それに立ち向かう壮大なプロジェクトを、最新の宇宙科学・工学およびセルフ・パロディをたっぷり詰め込んで描く、壮大で爽快なサイエンス・フィクション。

 SFマガジン編集部編「SFが読みたい!2009年版」でも、ベストSF2008海外編12位にランクインした。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は Sunstorm : A Time Odyssey : 2 by Arthur C. Clarke and Stephen Baxter, 2005。日本語版は2008年4月25日初版発行。単行本ハードカバー縦2段組で本文約313頁。8.5ポイント25字×21行×2段×313頁=約328,650字、400字詰め原稿用紙で約822枚。長編小説としては長い方。

 翻訳物の小説としては、文章は比較的にこなれている方だろう。ただ、著者が両名ともイギリス人のためか、台詞は少々ヒネくれた言い回しが多い。内容は、コテコテの近未来宇宙開発サイエンス&エンジニアリング・フィクション。スイング・バイや軌道エレベーターと聞いて目を輝かせる人向け。

 一応シリーズ三部作の二作目だけど、登場人物のごく一部が重なっているだけで、この巻から読み始めても、ほとんど問題ない。いやストーリー的には繋がっているんだけど、この巻「太陽の盾」と前の「時の眼」に限れば、どちらを先に読んでも、あまし問題ないです。

【どんな話?】

 2037年6月7日。ロンドンには異変が起きた。空にはオーロラが輝き、交通信号はでたらめに点滅して道路は渋滞、幾つかの地区は急激に電圧が低下し、通信ネットワークは途切れがちで、そこかしこで煙が吹き上がっている。

 王立天文台長シヴォーン・マッゴランは、ロンドン市長広報担当のフィリッパ・ダフロッドから、突然の連絡を受けた。戸惑うイヴォーンに、フィリッパは告げる。「地磁気誘導電流です」。太陽から放たれた高エネルギー粒子が地球の磁場を変化させ、それが伝導性の物質、例えば送電線などに誘導電流を発生させたのだ。

 その頃、ミールから帰還したビセサ・ダットは、ロンドンの自宅にいた。そして、街の上には<眼>があった。

【感想は?】

 これぞ由緒正しい黄金時代のサイエンス・フィクション。

 迫り来る地球の危機。次々と起こる謎の現象。ひとつクリアする度に、更に困難になる技術的な問題。必死に立ち向かう科学者とエンジニア。危機に乗じて陰謀を企む謎の組織。オカルトじみた狂気に走る集団。紙一重のプランを出す異形の天才。そして…

 そう、私はこういうサイエンス・フィクションが好きなんだ。大きな謎や困難に対し、一見突拍子もない発想を基にした科学や技術で人類が立ち向かう、そういうお話が。

 しかも、書いてるのはクラークとバクスター。いずれも最新の科学・工学に誠実な作風が持ち味の作家だ。そりゃもう、宇宙開発オタクがニタニタするアイデアが次から次へと機関銃のように出てくる。なんたって、最初から月の南極のクレーターにある水の話。「うんうん、そうだよねえ」や「え、そうだったの?」の連続。

 もうね、ここで描かれる月開発の描写からして、好き者にはたまらないネタばっかり。月の開発には、どんな技術的な問題があるのか。月の極は何が嬉しいのか。エアロックを通過する際の生活感が滲むネタにも、「ほほう」と頷いてしまう。古株のファンなら、きっと「渇きの海」を連想するだろう。

 ロンドンの危機も、パニック物のお約束。書名をヒントに、オーロラと電気機器の故障とくれば、ソッチの人はピンとくる。しかも、これが、普通に連想する範囲を大きく超えた事態に持っていくから嬉しい。いや登場人物たちはてんやわんやの大騒ぎなんだけど。で、これがまた、傑作短編「太陽からの風」だったり。

 など科学の先端にいる人の話のほかに、普通の人の生活を担うのが、先の「時の眼」でも活躍したビセサ・ダット。「時の眼」じゃ未来を感じさせるガジェットは「フォン」だけだった。ここでは、ちょい未来にありそうなテクノロジーが幾つか出てくる。今でもOLPC(→Wikipedia)を途上国の児童に配ろうって計画があるけど、苦戦してるなあ。

 宇宙開発関係でも、マニアックなネタがポンポン。ちょっとした台詞にも、味覚など無重力空間に長期滞在できるようになってわかってきた事を反映させてるし、ツィオルコフスキー(→Wikipedia)から脈々と続く歴史(→Wikipedia)にも配慮してるあたりは、さすがクラーク。

 冒頭の引用は、月のクラヴィウス基地での話。食べ物をどうやって調達するか、という問題の解決法。そして、ここでは、SF者が大好きな、月面ならではのガジェットが登場する。このガジェットがまた、盟友の代表作を連想させて…

 などと、アチコチにパロディっぽいネタが詰まってるのも、この作品の魅力の一つ。しかも、大抵がクラーク御大本人のネタだったりするから楽しい。「彼らは宇宙をかき乱す方法をたくさん夢見て…」とか、ニーヴン&パーネルの某作品を思わせるネタも、大笑いしてしまう。

 クラークもバクスターもイギリスの作家だけに、アメリカを意識したネタがチラホラあるもの楽しい。スペース・プレーンのブーディッカの機長さんの台詞なんかは、もう対抗意識バリバリ。あの計画が失敗した原因の一つが、アメリカの邪魔だったりするって事情を知ってると、更に楽しめたりする(→半ばネタバレ)。

 もちろん、肝心の本ネタは壮大でエキサイティング。「何を作るか」も楽しいが、それ以上に「どんなモノで、どうやって作るか」などの細かい所こそ、この本の最も美味しい所。黄金時代のSFのワクワク感を、現代先端科学・工学の新鮮なトピックで蘇らせた、サイエンス・フィクションの王道まっしぐらの力作。

 しかし、改めて考えると、これ、一種の破滅モノなのに、読んでてやたら楽しい気分になるのは…まあ、しょうがないかw

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