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2013年10月 2日 (水)

国際銀行史研究会編「金融の世界史 貨幣・信用・証券の系譜」悠書館

 州法銀行のなかには、株主が当該銀行から借り入れた銀行券で資本金を払い込むところも多く、正貨による十分な資本金や準備金を有しないものも多かった。兌換を避けるために山中に店舗をおき、「山猫銀行」とよばれるところもあった。
  ――第5章 アメリカ合衆国 州法銀行期 1.州法銀行の発展

【どんな本?】

 かつては高利貸しとして蔑まれながら、現代では経済の基盤であり、時として経済政策で大きな役割を果たし、またサプライム・ローンやリーマン・ブラザースなどで世界経済に重大な影響を及ぼす金融。それはいつ、どこで、どのように発達し、どのような役割を果たし、どうやって認められてきたのか。また、国や地域ごとに、どのような違いがあるのか。

 イギリス・フランス・帝政ロシア・ドイツなどの欧州諸国、アメリカ合衆国・アルゼンチンなどの新興国、植民地だったインド、極東の中国と日本での金融の歴史を辿り、第一次世界大戦以降は世界的視点で金融の足跡をたどり、またサプライム・ローン以後の現代の情勢を解説する。最後に、発展途上国において自立を促す優れた手法として注目を集めているマイクロ・ファイナンスを代表するグラミンバンク(→Wikipedia)を紹介し、欧米とは全く異なったモデルでの新しい金融のあり方を提示する。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2012年10月11日第1刷。私が読んだのは2012年12月28日の第2刷。これだけ短期間で増刷してるんだから、評判よかったんだろうなあ。単行本ソフトカバー縦一段組みで本文約460頁+鈴木俊夫によるあとがき2頁。9.5ポイント48字×19行×460頁=約419,520字、400字詰め原稿用紙で約1049枚。長編小説なら二冊分ぐらい。

 専門家向けの本のわりに、文章は比較的にこなれている方だろう。だた、内要はかなり専門的かつ包括的で、大学で金融を学んだか、または銀行や証券など金融関係に従事している人でないと、読みこなせないと思う。一般企業で経理や会計に携わる人なら、株式・社債や手形の仕組みは知ってるだろうけど、例えば信用需要なんて言葉はピンとこないんじゃなかろか。いや私が読みこなせなかったので、負け惜しみで言ってるんだけど。

 なお、著者に「国際銀行史研究会編」とある。企画物の本だと、具体的な著者名を誤魔化すためにテキトーに団体名をデッチあげる場合があるが、この本は違う。ちゃんとあとがきで会員名を明示しているし、各章の担当者の名前も出ている。

【構成は?】

 まえがき
序論 中世から近世へ――国際金融の始まり 鈴木俊夫
第1章 イギリス 小林襄治
第2章 フランス 矢後和彦
第3章 ドイツ 赤川元章
第4章 帝政ロシア ソフィア・ソロマティーナ 矢後和彦訳
第5章 アメリカ合衆国 菅原歩
第6章 アルゼンチン 北原雅志
第7章 インド 西村雄志
第8章 中国 蕭文嫻
第9章 日本 粕谷誠
第10章 世界大恐慌と国際通貨制度 平岡賢司
第11章 現代国際金融の諸相 入江恭平
補論 開発経済とグラミンバンク モハマド・マイン・ウディン 伊藤大輔訳
 あとがき/参考文献/索引/著者略歴

 巻末の参考文献に加え、各章末に「さらに詳しく知りたい人のための読書案内」として、数冊の本を紹介している。原則として各章は独立しているので、興味がある所だけを拾い読みしてもいい。

 金融の専門家でない人は、冒頭の「まえがき」を読んだら、次に「第9章 日本」を読もう。ここでは江戸時代以降の日本の金融の歴史を語ると共に、「株式会社とは何か」「手形とは」「手形割引とは」など、金融の基礎知識をわかりやすく解説している。というか、日本を第1章にして欲しかった。

【感想は?】

 先にも書いたが、内要はかなり高度で専門的。特に第1章のイギリス~第6章のアルゼンチンまでは、相当に基礎が出来ていないと理解できない。私は少し簿記を齧った程度なので正確な判断はできないけど、四年制大学で金融系を専攻した程度の知識が必要だろう。

 ところが第8章の中国と第9章の日本は、歴史的に欧米と全く異なるためもあって、比較的にわかりやすい。特に親切なのが第9章の日本で、「江戸時代の金融システム」から、懇切丁寧に金融の基礎を教えてくれる。

 幸いな事に、日本は大阪を中心に商業と流通が発達していて、先物取引から両替や手形まで、現代の金融の雛形となる仕組みが出来上がっていた模様。ということなので、金融に疎い人は、第9章から読み始めるといいだろう。誰だって外国の歴史より自国の歴史の方が知識も興味もあるから、楽しく読めると思う。

 例えば振手形(→コトバンク)。「今日の小切手とほぼ同じ機能を果たしており、現実に銀貨がやり取りされることなく取引が決済されている」。どうするのか、というと。

商人Aが商人Bから商品を購入した時、代金相当額の振手形を自分の預金先の両替商人Xにあてて振り出し、商人Bに手渡すと、商人Bはその振手形を自分の取引先の両替商Yにもっていって取引を依頼し、自らの預金口座に入金してもらうのである。

 両替商というと、単に貨幣の両替だけみたいな印象があるが、現代の当座預金の管理もやってたわけ。イスラム系の送金制度として有名なハワラみたいな事もやってて、これには大阪と江戸の事情も絡んでる。

 江戸は大消費地で各地から物資を買う。物資の多くは大阪に集まり江戸に送られる。つまりモノは大阪→江戸、カネは江戸→大阪。ところで西日本の天領の米は大阪に集まり、各地に売られる。天領は幕府のモンだから、カネは大阪→江戸って流れ。おまけに江戸は金本位で大阪は銀本位だから、その両替もあって、面倒だから両替も兼ねカネの流れは相殺しましょ、みたいな仕組みが出来てた。江戸時代の経済すげえ。

 ここでもう一つ、面白いのが「悪代官に山吹色のお菓子」を渡す場面の解説。あれ、お菓子を紙で包んでるけど、あの紙にもちゃんと意味があるとか。

両替商などが金貨・銀貨の真贋を鑑定し、枚数や重さを数えて一定の単位にして包み、表面に署名・封印をした包金・包銀が広く用いられていた。

 「本物でございますよ」というお墨付きなのですね。この章は他にも開国の際の金銀レートの問題や、株式会社のしくみ、大手銀行と小規模銀行の性格の違いなど、現代の金融の基礎を講義してくれるんで、素人にはなかなか嬉しい章だった。

 全般を通して気がつくのは、現代的な株式会社や銀行の成立が、鉄道と大きく関わっていること。例えばプロイセンでは1838年に株式会社法が鉄道会社に対し公布され、多くの国で初期の銀行が主に扱うのが鉄道債だったり。アルゼンチンでは、鉄道ブームが、そのまま資金の流入・流出に反映してる。

 国として特徴が分かりやすいのが、フランス。自由と成長を最重視するアメリカに対し、フランスはまず安定を求める。「ヨーロッパ諸国のなかで19世紀に大規模な移民を送出しなかった唯一の国」で、1881年に国営貯蓄金庫が全国の郵便局を窓口に創設とか、モロに郵貯。著者曰く。

農村人口が欧州先進国のなかでは例外的に大きな比率を占め、「地域」の利害が国の進路を大きく左右してきたフランス社会の独自性をも物語っている。

 そのフランスのライバルであるドイツは、「ドイツ金融システムは(略)東欧諸国の金融システムにも挿入され、今日のヨーロッパ金融システムを先導する役割を果たしてきた」。ソ連崩壊はドイツ金融圏の拡大を意味したのか、などと感心してしまう。そのドイツ、歴史的には小国家が乱立し、通貨も統一されてなかったんで…

 植民地インドも、独特の構造をしてる。欧州資本の銀行がカルカッタ・ボンベイ・マドラスに集中してるのに対し、地元のインド人を相手にする在来型のシュロフや金貸し業が並立してた。この本では「情報の非対称性」と言ってるが、つまりは欧州資本の金融は地元の事情に疎くてインド商人相手の商売ができず、そっちの市場は在来型のインド人業者が活躍してたわけ。おまけに、19世紀以降は状況が変わって…

財産権を主張できるようになったことで、それまでは共同体の慣習法の権威の前に躊躇せざるを得なかったシュロフや金貸し業者たちは、財産権侵害を裁判所に訴え、国家権力の発動によって自らの権利を行使できるようになった。その結果、農村部における在来金融業が著しい発展をとげ…

 これが中国だと、上海など都市部の銭荘が外国の銀行と取引してたりする。中国商人とインド商人、いずれも逞しいけど商売の方法は大きく違う。

 最後の補論は、ノーベル平和賞を受賞したグラミンバンクの紹介。これが、今までの章とはまったく毛色が違ってるのに驚き。頁数は少ないながら、実に衝撃的な内容で、創立者モハマド・ユヌス(→Wikipedia)の着実ながら柔軟な発想に衝撃の連続。これについては、近く彼の著作を読むつもりなので、ここでは詳細を省く。

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