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2013年9月 2日 (月)

ジェイムズ・S・A・コーリイ「巨獣めざめる 上・下」ハヤカワ文庫SF 中原尚哉訳

「人々には知る権利がある。しかしあんたは、ようするに、人々はその情報を正しく使う賢明さを持たないと言ってるわけだ」
「おまえが放送した情報で実際に人々はなにをした? もとから嫌ってるやつを殺す口実にしただけじゃないか」

【どんな本?】

 ジェイムズ・S・A・コーリイは、ダニエル・エイブラハムとタイ・フランク、二人の新鋭SF作家の合同ペンネーム。人類が小惑星帯~土星近辺にまで進出した時代。地球・火星・小惑星帯の三者のキナ臭いパワーゲームを背景に、強力な核融合エンジンを備えた宇宙船が高加速で太陽系内を暴れまわる、娯楽志向ののスペースオペラであり、六部作 The Expance の開幕編。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は Leviathan Wakes, by James. S. A. Corey, 2011。日本語版は2013年4月25日発行。文庫本上下巻で本文約425頁+408頁=833頁に加え、訳者あとがき6頁。9ポイント40字×17行×(425頁+408頁)=約566,440字。400字詰め健康容姿で約1417枚。そこらの長編小説なら3冊分ぐらい。

 娯楽物の小説としては、文章は少し硬いかも。原作が探偵物のハードボイルド小説を意識しているのか、まわりくどく気取った言い回しが多いんだろうなあ。主な舞台は小惑星や宇宙船内で、我々の馴染んだ環境とは全く違う。その違いをキッチリ書き込んであるので、スペースオペラが好きな人にはたまらない反面、SFに不慣れな人にはキツいかも。

【どんな話?】

 火星への植民が進んだ頃、エプスタイン・エンジンと言われる効率のいい核融合エンジンが開発された。150年後、人類は小惑星帯へ進出し、多くの人口を抱える地球・優れた技術力を誇る火星の二者ならなる内惑星連合と、小さな社会が乱立する小惑星帯~土星が睨みあっている。

 小惑星ケレスの警察と守備隊業務を請け負うスターヘリックス・セキュリティ社に勤めるミラーは、ボスのシャディド警部に呼び出された。追加任務だ。依頼人はマウ夫妻、家出娘のジュリエット・アンドロメダ・マウことジュリーを連れ戻せ、と。

 土星の輪から小惑星帯へ氷を運んでいた輸送船カンタベリー号は、緊急救難信号を受信した。発信源は火星船籍の小型輸送船スコピュリ号。搭載したシャトルのナイト号で救援に向かったホールデンたちだが…

【感想は?】

 「ベルター」。なんとも夢のある響き。

 私が最初にこの言葉を見たのは、ラリイ・ニーヴンのノウンスペース・シリーズ。小惑星帯出身の者を示す言葉だ。

 この作品世界では、大きく三つの勢力が角つき合わせている。最大の人口を抱える地球、高い技術を誇る火星、そして小惑星帯から土星の衛星圏までを含む外惑星系。地球は重力・空気・水など全てが自給できる。この作品じゃ火星はあまり出てこないが、とりあえず重力は天然で存在する。ところが小惑星帯から外は、重力すら人工的に作りださにゃならん。

 ってな、育成環境の違いが、身長や体重など体形から、ちょっとしたしぐさにまで、大きな違いを作り出す。身長が伸びるなどの体形の変化は、今までのSFでも良く出てきたけど、導入部から、それをしぐさにまで突き詰めて書いてるあたりで、SF者としては「うおお!」と唸ってしまう。

 そう、不器用で不恰好でダボダボな宇宙服を着ている状況では、指先などの細かいゼスチャーじゃ、全く伝わらないのだ。自然と、しぐさは四肢を駆使した大袈裟なものになる。ベルターと、それ以外の断絶は、この作品の通奏低音を成している。地球出身のホールデンと、ベルターのナオミ。ベルターの警官ミラーと、その相棒で地球出身のハブロック。二つのコンビを介して見える、ベルターの世界。

 などの身体感覚に密着したセンス・オブ・ワンダーは導入部から徹底していて、出だしの主要登場人物が抱える問題は、なんと水とシモの処理。ここでは、低重力柔術」とかもいい。柔道じゃないんだよね。柔術。低重力下じゃ、投げ技はあまし意味がない。突きや蹴りも反動がある。じゃ、どうするか、っつーと…。

 ってな生活感溢れた描写が、この作品の魅力の一つ。主要登場人物の一人ホールデンの仕事も、土星の輪から小惑星帯へ氷を運ぶなんていう、トラック野郎だし。そう、小惑星帯じゃ水が貴重なんです。地球の重力井戸から持ち上げてたら、運賃が嵩んでたまらない。安く上げようとすると、土星の輪から引っ張ってくるのが正解。

 など一節ぶちたくなるのも、この作品が、全体を通して「重力」を強く意識させる描写が多いため。なんたって、宇宙空間には重力がない。それじゃ不便だから、小惑星じゃ自転で擬似重力を作ってる。自転だから、回転の中心からの距離で、体に感じる重力は違うし、コリオリの力も働く。これが宇宙船内だと、加速で重力が生まれる。場面が変わるたびに、細かく重力の力と方向が変わる感覚が、眩暈を起こさせる。

 主な登場人物は、身も心も疲れて擦り切れたベルターで中年警官のミラーと、7年在籍した軍を退役して船乗りになり5年目の地球人ホールデンを中心に進む。タフですれっからしの警官を気取るミラー、その日暮らしのトラック野郎から理想主義へと変わってゆくホールデン。二人の対比が、このお話のもう一つの味。誰も信用できない孤高の警官と、チームを信用しなきゃやってられない宇宙船乗りの違いなのか、単純に歳の差なのか。両者の違いを象徴する台詞を引用しよう。

ミラー「おれに友人はいない。仕事をした相手が何人もいるだけだ」

ホールデン「勝ちたいんだ、ナオミ。自分の行動でなにかを変えたい。運命だか業だか神だかしらないが、この泥沼の状況のなかで、自分の行動でなにかを変えたい」

 などの要素と共に、長い物語を導くのが、地球・火星・外惑星の一触即発の政治・軍事状況と、肝心の事件の真相。地球+火星を内惑星連合と言っちゃう「この世界」の感覚もいいが、それ以上に、強力な政治・軍事・経済力を持つ惑星上の社会と、危険な世界を切り開くパイオニアでありながら植民地支配に甘んじるベルターたち、こういう対比は、西部開拓の歴史を持つアメリカ人にウケるんだろうなあ。

 …じゃなくて。ジュリーちゃんが登場する冒頭から示唆される、グロテスクで大掛かりな事件の真相。これを追ってミラーとホールデンが小惑星帯を駆け巡る話なんだけど、その過程で明かされる事実の断片、そしてその断片がもたらす世界の激変が、これまたなかなかの読みどころ。800頁を越える長編でありながら、次から次へと目まぐるしく事態は変転し、ホールデンとミラーは天国と地獄を行き来する。

 アクション場面も豊富で、銃撃戦も沢山あるが、やっぱり興奮するのは軍艦同士の砲撃戦。現在の海軍はイージス艦を中心に緊密なデータ・ネットワークを構築し、艦隊として真価を発揮する思想だけど、宇宙空間じゃそうはいかない。なんたって、距離が違う。リアルタイムの通信は無茶なのだ。ってんで、この作品じゃ単艦同士の戦闘が中心となる。

 今は航空機ばかりでなく軍艦だってステルスの時代、位置を把握できるかどうかが戦闘に重要な影響をもたらす。どうやって敵艦を見つけるか、民間船と軍艦をどう見分けるか、そしてどうやって隠れるか。攻撃方法もいろいろで、距離と相対速度と敵の加速能力で適切な攻撃方法も変わってくる。

 距離と通信に話を戻すと、ミラーが捜査でデータを問い合わせる場面は、この時代の通信事情をしみじみ感じる所。なんたって、通信は光速を超えられない。太陽から小惑星帯まで、光でも20分ぐらいかかる。軌道によっては太陽を挟んで反対側にあったりするんで、片道だけで40分かかったりする。気楽に「おはよう」メールを打てる環境じゃないわけです。そこで、通信ネットワークはどうなるか、というと…

 身体感覚に溢れた宇宙の描写、圧倒的な距離を感じさせる通信事情と宇宙船のチェイス、距離を超えて作用する人間社会の権力機構、ひとつ解けるたびに大掛かりになってゆく謎。新世代のスペースオペラに相応しい描写と、長編ならではの大掛かりなエンディング。気持ちいいストレートで王道の宇宙SFが登場した。

 なお、この世界を支える重要な要素である、強力な推進力を持つエプスタイン・エンジンにまつわる物語「エンジン」は、SFマガジン2013年5月号に掲載されてます。

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