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2013年9月 3日 (火)

「歴史群像アーカイブ3 ミリタリー基礎講座Ⅱ 現代戦術への道」学習研究社

 ちなみに独断専行の裏面でもある戦闘時の命令違反に対するイスラエル軍の考えは独特で、多くの場合、命令違反それ自体を罪に問うことはなく、結果において責任が問われるのみである。
  ――イスラエル軍 逆説の戦車運用理論 オール・タンク・ドクトリン 樋口隆晴

【どんな本?】

 雑誌「歴史群像」に掲載した記事を、テーマごとに集めて再編集したムックであり、戦術入門WWⅡの続編。前巻では第二次世界大戦時をモデルに、現代の陸軍の戦闘組織と、基本的な戦術を解説した。

 今作では、前回のファイヤー・アンド・ムーブメントの帰結である塹壕戦と機関銃から、それを覆す突撃歩兵,戦車,電撃戦,パックフロント、更に機動力を追求したオール・タンク・ドクトリン,機械化歩兵,ヘリボーン,エアランド・バトル,そして現代では最もよく見られる形態であるゲリラ戦など、第二次世界大戦以降の陸戦の主な思想・戦術を解説する。

 なお、この記事の小さいフォントの部分は私が勝手に付け足した所なので、間違ってたらそれは私の責任です。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2008年6月20日第1刷発行。B5版ソフトカバー縦4段組128頁。8ポイント19字×32行×4段×128頁=約311,296字、400字詰め原稿用紙で約779枚だが、写真やイラストを多数掲載しているので、実質的な文章量は半分ぐらい。

 軍事物だけあって表現は少々堅いが、その分、直接的な表現も多く、意外と頭に入りやすい。なにより、豊富なイラストや略図が読者の理解を大きく助けている。また、写真も文章の迫力を増している。

【構成は?】

西部戦線を支配した死の迷宮 塹壕戦 松代守弘
連合軍を畏怖させた欧州最強の弾幕射撃 図解特集 ドイツ軍機関銃戦術 樋口隆晴
ドイツ装甲部隊が迷い込んだクルクスの煉獄 パックフロント 樋口隆晴
掘って篭るは歩兵の本領 塹壕入門 松代守弘
電撃戦、血と泥の塹壕戦からの誕生 ドイツ突撃歩兵 田村尚也
陸戦の死命を制した新兵器 戦車誕生 瀬戸利春
参謀本部が模索した戦車運用構想 ドイツ装甲部隊「電撃戦」への道 田村尚也
アメリカ軍を勝利に導いた兵站ネットワーク 怒涛の米軍大物量戦 有坂純
イスラエル軍 逆説の戦車運用理論 オール・タンク・ドクトリン 樋口隆晴
電撃戦の脇役から現代陸戦の主役へ 機械化歩兵の時代 田村尚也
近代が生み落としたもう一つの戦争 ゲリラ戦 樋口隆晴
陸戦に革命をもたらした空飛ぶ「騎兵隊」 ヘリボーン戦術大研究 田村尚也
冷戦下に編み出された新・機動戦理論 エアランド・バトル 田村尚也
 フォトギャラリー WWⅠ軽機関銃 編集部
 コラム 歩兵大隊を支えた重装備中隊 樋口隆晴
 コラム フランス軍の編み出した「戦闘群戦法」 田村尚也
 コラム 電撃戦の「鍵」 樋口隆晴
 コラム 今日のゲリラ戦 樋口隆晴
 コラム RMAとは何か 樋口隆晴
 巻末付録 第二次世界大戦後の各国師団編成 編集部

 8~10頁程度の独立した記事と、1頁のコラムが連続する構成なので、気になった所だけを拾い読みしてもいい。ただ、全体的に時代の順になっているので、できれば頭から読むといいだろう。あと、できれば著者略歴をつけて欲しかった。

【感想は?】

 前作のテーマは「ファイヤー・アンド・ムーブメント」だった。つまりは、「いかに敵の横または後ろを取るか」だ。隊を二つに分け、片方が撃って牽制する間に、もう一つの隊が回りこむ。回り込みと、それを防ぐ運動の結果が、塹壕戦となる。

 今回も、全部を読むと、結局は「いかに敵の後ろを取るか、または取らせないか」がテーマになってる感がある。

 攻め手は横に回りこむ。守る側は、回りこまれちゃ困るから、横に陣地を伸ばす。互いに機関銃でキルゾーンを作り、歩兵の突撃は自殺と同じ意味になる。これの始まりが日露戦争だとか。第一次世界大戦は、互いが陣地を横に伸ばした結果、スイス国境から大西洋まで陣地が伸びてしまい、膠着状態になった。これが塹壕戦。

 これを突き破る策がドイツの突撃歩兵とイギリスの戦車。戦車はわかりやすい。鋼鉄のボディで銃撃を防ぎ、無限軌道で塹壕を乗り越え、敵の前線に穴をあける。あいた穴から歩兵が雪崩れ込み、敵の傷を更に広げる。とまれ、当事の戦車は時速6~7kmというから、あくまで「歩兵の支援」的な役割だった。

 突撃歩兵は、むしろ組織力の発送。軽い準備砲撃の後、煙幕やガスで敵の目をくらまし、そのスキに分隊ごとに敵陣内に潜りこむ。通信線を切って前線を司令部から切り離す。後は状況により司令部を叩いたり、後ろから前線に穴をあけたり。これが出来たのは、ドイツ陸軍が下士官(軍曹や伍長)に指揮権を与えたから。それまで指揮は将校の仕事だったわけ。

 戦車なら塹壕の陣地、つまり線を突破できる。でも面は確保できない。それは歩兵の仕事。第一次大戦以降、戦車は速くなったけど、歩兵は歩き。これじゃ歩兵は戦車についていけない。ってんで、「じゃ歩兵も自動車に乗せて戦車についていかせよう」とした。これがグデーリアンの電撃戦。兵器だけじゃなく、組織運営も違う。訓令式命令法・委任戦術だ。

上級指揮官が下級指揮官に命令を下達する際、目的を明示するのみで、その実施の方法は下級指揮官に委任する指揮の方法である。
  ――電撃戦の「鍵」 樋口隆晴

 「何をやるか」は指示するけど、「どうやるか」は任せる、そういう事。機動の多い電撃戦じゃ、前線の状況は把握できないし、何が起こるかわからない。細かい所まで司令部にお伺いしてたら間に合わないんで、現場で裁量しましょう、と。その分、意思決定が早くなり、柔軟な作戦行動ができる。

ただし、兵が脱走したり将が寝返る危険もあって。教育レベルが高く下級指揮官でも作戦立案・指揮ができ、かつ軍組織が腐敗せず上下の信頼関係があるからこそ可能な戦術。一般に独裁的な国家の軍が弱い原因の一つがコレで、叛乱を恐れる高級将校が下級将校や下士官に指揮権を渡さない。だから前線で柔軟な対応ができず、不意を突かれると何もできずお手上げになる。サダム・フセインのイラクがそうだし、シリア政府軍が圧倒的な兵力と装備を持ちながら反政府軍に苦戦してる理由のひとつがコレ。

 そのドイツに対抗してソ連が編み出したのがパックフロント。それまで線で構成してた前線を、独立して戦える島にした。電撃戦は「面倒な敵の後ろに回り込めば、補給や指令を切られた敵は諸手を上げて降参する」って発想。ところがパックフロントは、回り込まれても気にせず戦い続ける。発想の転換が凄い。

 そのドイツ軍の電撃戦思想を受け継いだのが、なんとイスラエル。もともとゲリラ戦で鍛えたイスラエル軍、小部隊の独断専行はお手の物(つか第一次中東戦争当事のイスラエル軍はハガナやイルグンの寄り合い所帯なんで、独断専行させるしかなかった気もする)。ってんで、オール・タンク・ドクトリンが生まれる。

 トロい歩兵や砲兵なんか待ってられっかい、速くて堅くて強い戦車だけで敵を潰してやる、そうイキまいて第三次中東戦争は大戦果を挙げる…が、第四時中東戦争ではエジプト軍の対戦車ミサイル・サガーこと9M14マリュートカにボコられちゃう。でもゴラン高原じゃ大戦果を挙げてるんだよなあ。しかも、今でもメルカバMk4(→Wikipedia)に迫撃砲がついてたり、相変わらず戦車こそが戦場の華って発想っぽい。

 など、今までは横から回りこむ発想だったのが、「上を飛び越えりゃいいじゃん」と発想を変えたのがヘリボーンとNATOのエアランド・バトル。最もエアランド・バトルの原型もナチス・ドイツの電撃戦で、スツーカなど軽爆撃機を自走砲代わりに使ってた。ナチスすげえ。

 敵は第一・第二・第三と櫛団子状にきて波状攻撃をかけてくる。兵力じゃソ連に劣ると考えたNATO、第一は戦車と自走砲とMLRS(多連装ロケットシステム、→Wikipedia)と戦闘ヘリAH-64アパッチ(→Wikipedia)で叩き、同時に第二は攻撃機A-10サンダーボルトⅡ(→Wikipedia)で、第三は戦闘爆撃機F-111アートバーク(→Wikipedia)で叩く、そういう発想です。幸いソ連が潰れて欧州じゃ出番がなかったけど、イラクで実証できましたとさ。

 と、まあ、これまでの戦争は「いかに後ろに回りこむか」がキモだったわけです。最近はアフガニスタンなど非対称戦が多いんで影がうすくなってるけど、今後も暫くは正規軍が相手の戦いじゃ変わらない原則。RMAとかもあるけど、結局は「どうやって敵の弱みにつけこむか」なんだよなあ。

 ってな感じに、現代の軍事を真面目に語るなら、前の戦術入門WWⅡと併せ、是非読んでおこう。

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