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2013年6月25日 (火)

早瀬耕「グリフォンズ・ガーデン」早川書房

「…知識なんて、そんなに簡単に蓄積できるものじゃないわ。雪崩みたいなものよ。ある日とつぜん、蓄積した知識が、音をあげるの。それまでは、なんのために降りつもっているのかも、どれぐらい積もったのかもわからない」

【どんな本?】

 一橋大学商学部経営学科のコンピュータのゼミの卒論の一部、という異色の成立過程を経て出版された長編SF小説。東京で修士課程を終え札幌のコンピュータ・サイエンス研究機関に招かれた「ぼく」と恋人の由美子、東京で大学生活を送る「ぼく」と佳奈。二組の恋人たちの会話を通し、人間の認識と世界の関係を問いかけてゆく。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 1992年4月30日発行。今は新刊じゃまず手に入らないんで、読むには古本を買うか図書館で借りるか。単行本ハードカバーで縦一段組み、本文約269頁。9ポイント46字×21行×269頁=約259,854字、400字詰め原稿用紙で約650枚。長編小説としては少しだけ長めかな?

 デビュー作(にして今のところ最後の作品)にしては、意外と文章はこなれている。ただ、中で交わされる会話は、認知科学っぽかったり哲学的だったりで、ソコが本書の味であると共に、苦手な人には辛いところかも。

【どんな話?】

 修士課程を終えたぼくは、札幌のコンピュータ・サイエンスの研究所に研究員として招かれた。通称、グリフォンズ・ガーデン。招きに応じたぼくは、恋人の由美子と共に札幌に向かう。札幌へ飛ぶ飛行機の中で寝込んだぼくは、夢の中で知らない女性・佳奈に出遭った。

 22歳になった「ぼく」が部屋にもどると、佳奈からの手紙が届いていた。リサイタルの招待状だ。彼女とは、毎日のように会っている。

 …そして、二組の恋人たちの物語が始まる。

【感想は?】

 どうも田中康夫の「なんとなく、クリスタル」を連想させるなあ、と思ったら、同じ大学だった。生活感がないというより、知的にも経済的にもあまり不自由を感じたことのない階層の生活感、なんだろうなあ。

 90年代初期を舞台にしていて、当事の商品や流行りモノが頻繁に出てくる。携帯型の音楽プレーヤーがカセットで、流れる曲は Tears For Fears の Everybody Wants To Rule The World(→Youtube)だったり Queen の Radio GA GA(→Youtube)だったり。

 同時に時代を感じさせるのが、コンピュータ関係のガジェット。さすがに今になって読むと、「ディスケット」「MT」とかは、ちと苦しいかも。ディスケットはハードディスクで、MTは磁気テープ。当時はオープンリールのテープを使ってたんだよなあ。あとTSS端末とか。TSSは Time Sharing System の略で、要は大型コンピュータの端末。

 そういった細かい部分は古びても、肝心の中央コンピュータ IDA-10 のアイデアは、さすがにまだ実現していない。現在のコンピュータの基幹となる素子そのものが、全く違う。このネタと「二組の恋人たち」ってあたりで、スレたSF者は「ははん、読めたぞ」と思うだろう。

 などの大ネタ以上に、この作品の魅力となっているのは、二組の恋人たちを中心に交わされる会話。なかなか気の利いた命題が、各章で次々と出てくる。普通の小説なら、「んな小難しいネタ話すカップルがいるかい!」と怒るかもしれないが、そこはSF小説ってことで。例えば…

「あわせ鏡の鏡像は無限か?っていう命題に、無限って答えるひとは、理学部系統で、有限ってこたえるひとは工学部系統なんだって。そのわけを知っている?」

「英語と日本語のクロスワードでは、どちらがむずかしいか知っている」

「どうして、神様は、かおりだけは情報としてのたしかな言葉をあたえてくれなかったのかしら」

 …などなど。なにせ、「ぼく」の勤め先は、第五世代コンピュータ開発機関の知能工学研究部門だ。ヒトに似た能力をコンピュータに実装しようとする際に問題になりそうな事柄が、フレーム問題を初めとして次々とネタに上がってくる。カクテル・パーティー効果とヒトの聴覚システム、チューリング・テスト、かな入力を好む人とローマ字変換を好む人の違いとか。関係ないけど、昔のワープロ選手権とかじゃかな入力、それも親指シフトの人が速さ・正確さ共に上位を独占していたような気が。

 チューリング・テストに合格できるコンピュータ(またはプログラム)は、本当に「考えている」と言えるのか。意識があるんだろうか。そもそも、意識はどうやって生まれるのか。そのためには、何が必要なのか。終盤ではこの問題に正面から取り組み、やがて世界そのものを巻き込んだ壮大な解へと発展してゆく。

 が、やはり最大の魅力は、物語中に散りばめられた、ヒトの認知や科学の歴史に関する様々なトリビアだろう。スティヴン・ジェイ・グールドやアイザック・アシモフのエッセイが好きな人にお薦め。

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