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2013年4月16日 (火)

ジャンク・ヴァンス「ノパルガース」ハヤカワ文庫SF 伊藤典夫訳

「ここイグザックスには二種類の人間が存在する。トープチュとチチュミーだ。両者のちがいはノパルにある」

【どんな本?】

 職人ジャック・ヴァンスによる、SF黄金期の香りが濃く漂う娯楽中編。異星人ザックス人に誘拐され、熾烈な戦争に巻き込まれたARPA(国防総省高等研究企画庁)のポール・パークが、戦乱の現況となった存在ノパルを巡り奇妙な探求を繰り広げる。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は NOPALGARTH, by Jack Vance, 1966。文庫本縦一段組みで本文約214頁。9ポイント39字×16行×214頁=約133,536字、400字詰め原稿用紙で約334枚。分量的には長めの中編~短めの長編ぐらい。

 訳者はベテランだけあって文章はこなれていて読みやすい。SFとはいえ、この作品はあまり小難しい理屈は出てこない。いや実は量子力学っぽい屁理屈は出てくるんだけど、「なんかハッタリかまして煙に巻こうとしてるな」ぐらいに思って頂いて結構。基本的に娯楽読み物なので、科学用語も演出用の小道具と心得、深く考え込まずに仕掛けとストーリーをお楽しみください。

【どんな話?】

 惑星イグザックスの硬鱗両生類から進化したザックス人は、技術文明を発達させ宇宙へと乗り出した。しかし、折り悪くノパルを発見した彼らは、長い戦乱に巻き込まれてしまった。トープチュとチチュミーは互いに激しい憎しみをぶつけ合い、ついにトープチュはチチュミーを追いつめた。だが、トープチュの戦いはこれからが本番だった。

【感想は?】

 SFが夢多き少年のモノだった時代の、ある意味王道の作品。

 基本のアイデアはシンプルながら、今でも充分に通用するし、発展させようとすればいくらでも伸ばせるもの。今の作家なら人間関係や過去の因縁などを絡ませて500頁以上の大長編にしちゃうところを、200頁足らずにまとめてしまうのも、この時代ならではの味だろう。

 物語は書名どおり、「ノパル」の謎を巡って展開する。ザックス人は、なぜ戦っているのか。トープチュはチチュミーを追いつめたのに、なぜ「取るに足らんことだ」などと言うのか。ノパルとは、そしてノパルガースとは何か。

 やはり最近のSFの流儀で見ると、ちとご都合主義に感じる部分もある。ザックス人がどういう航法で地球まで来たのか、など。けどまあ、その辺は、あまし突っ込んじゃいけない。お話の都合上、どうしてもザックス人と地球人が接触しないと、話が始まらんのである。

 その辺を大目に見ちゃうと、お話そのものは、充分に面白いのだ。ザックス人に誘拐されたポールが帰還して、地球に降りたち、安食堂に入った際に孤立を感じるシーンとかは、実によくできていて、まんまフィルムが変色しかけて色調が偏った50年代のテレビドラマを見ているような気分になる。というか、とっても映像化に向いてるお話なんだよなあ。

 お金がかかりそうなのは、異星イグザックスが舞台となる場面とザックス人が登場する場面ぐらいで、後はCGを大活躍させれば。あまし予算をかけちゃうと、かえって雰囲気が壊れちゃうんで、適度にチープさが漂うセットで謎解き主体に作ってもよし、または暗い色調の映像でホラー風味に作ってもよし。肝心のノパルの設定も、いろいろと弄れば応用が利きそうなんだけど、どこかやってくれないかしらん。

 訳者解説によれば「書かれたのは50年代のなかばだろう」とのこと。とすると、マッカーシズム(→Wikipedia)の嵐が吹き荒れた時代。そういった事を深読みしてもいいけど、あんまし考え込まずに素直に楽しんだ方がいいと思う。

 キレの鋭いアイデアを、堅実な手腕で適度な長さの中編に収めた、職人SF作家の娯楽SF小説。「SFは小難しくて頭が痛くなりそう」と敬遠してるけど、ホラーやファンタジーなら大丈夫、そんな人には丁度いい作品かもしれない。あまり構えず、リラックスして楽しもう。

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