森岡浩之「星界の戦旗Ⅴ宿命の調べ」ハヤカワ文庫JA
「機械相手に神経を使うと、人間相手にはどうでもよくなるんだ」
【どんな本?】
1996年、SF冬の時代と呼ばれた頃に発表された、遠未来の宇宙空間を駆け巡る本格スペース・オペラ・シリーズが、長い中断の末にやっと再開され、ついに第一部完結。突然運命の激流に投げ込まれた地上人の少年ジントと、<アーヴによる人類帝国>の皇族の少女ラフィールを中心に、独特の社会を築くアーヴという種族や、彼らが独占を企む平面宇宙を舞台とした熾烈な宇宙での戦闘を描く。
【いつ出たの?分量は?読みやすい?】
2013年3月25日発行。文庫本縦一段組みで本文約278頁。9ポイント39字×17行×278頁=約184,314字、400字詰め原稿用紙で約461枚。長編小説としては標準的な分量。文章そのものは読みやすいのだが、このシリーズの醍醐味はルビ。著者が創りあげたアーヴ語(→Wikipedia)のルビが煩くもあり、この作品の味でもあり。
【どんな話?】
人類が数多の恒星系に植民した遠未来。個々の植民星は孤立しながらも、それぞれは独自に発展していた。平面宇宙を利用する超光速航法を実現した アーヴは、その優位性によって恒星間の通商を支配する反面、惑星上の統治には興味を示さない方針で、<アーヴによる人類帝国>を確立していたが、<三カ国連合>をはじめとする、それに抗う勢力もあった。
<ハニア連邦>の併合を目的としてアーヴが敢行した雪晶作戦だが、<ハニア連邦>はアーヴへの帝都ラクファカールへの進撃を始める。<陥ちざるもの>の異名を持つ帝都の危機を前に、帝国の反撃はなるのか?
【感想は?】
前の「星界の断章Ⅱ」が2007年3月だから、なんと6年ぶり。この巻はいきなりアーヴの大ピンチで始まり、そのままずっと宇宙空間?での戦闘場面がギッシリ。肝心のヒロインであるラフィールは片隅においやられ、その分、皇帝ラマージュをはじめとするアーヴの高位の者が描写の大半を占める、キナ臭い巻となった。
トップの者からの視点が多いためか、アーヴという種族の社会や文化が俯瞰できるのも、この巻の特徴。今までは地上人のジントがラフィールを通した視点で描かれてきたアーヴの文化・価値観が、この巻では皇帝の俯瞰した視点から語られる。基本的に戦闘民族であるアーヴが、皇帝を頂点に抱く貴族制社会を築けばどうなるか。まあ、今までもラフィールが従軍しているわけで、だいたい想像通りではあるけれど。
ここで面白いのが、アーヴの長命という特質を生かした部隊編成。まあ本土防衛ともなればありがちなパターンではあるけれど、やはりこういう場面は燃える。
「傲慢にして無謀」と呼ばれるだけあって、帝都に攻め込まれる絶体絶命の危機に陥りながらも、その姿勢はあくまでも優雅で合理的で好戦的。絶望的な状況なだけに、艦から総員退去の場面が何度も出てくるのだが、あわただしくはあっても悲壮さは少なく、消沈しているわけでもない。敗退シーンの描写としては、かなり独特の色がある。
さて、今までジントの目を通して見たアーヴの世界が描かれてきた。ラフィールと共に従軍し、それなりに馴染んできたジントだが、所詮は地上人。感覚の根本的な部分までアーヴになりきったわけじゃない。ジントが<忘れじの広場>に赴く場面では、異人に混じって生活するジント君の苦労がしのばれる。
そういえばジント君、軍艦以外の場所でアーヴに接する機会はあまりなかったよなあ。しかも相手は大抵がラフィールだし。軍という特殊で明確な目的を持つ組織内じゃコミュニケーションの文脈も限定されるから、あまし齟齬が出にくいけど、こいういうプライベートな感情が支配する場じゃ、まだ読みきれないかあ。
そのジントとラフィールのコンビ、この巻ではほとんど出番がなく、ジントはむしろサムソンとの絡みが多い。この二人を見るラフィールの目が、いかにもラフィールらしくて微笑ましい。まあ、確かにジントは妙に頼りなさげではあるけど、あまし追いつめると無理しちゃうぞ。
やはり感覚の違いを思い知らされるのが、ラフィールの弟ドゥヒールが訓練を具申する場面。さすがに王位継承者ともなれば、あましみっともない格好もさせられないだろうけど。やっぱり王族といえど、姉ちゃんは怖いのね。
「え?」と思ったのが、冒頭の登場人物一覧。戦闘場面がギッシリともなれば、喜んで大暴れしそうなお方の名前がない。「ま、まさか…」と思ったが…。「もっとも楽な関係は無関係でいることだ」って、酷い言われようだなあw まあ、相手に逆ねじ食わすためには手段を選ばない人ではあるけど。
長編スペースオペラのクライマックスだけあって、ほぼ一巻まるごと宇宙空間?での戦闘で埋まった最終巻。果たして第二部はあるのか。SFマガジンに番外編も載ったことだし、次は短編集かな?
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