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2013年3月23日 (土)

高野和明「ジェノサイド」角川書店

『人類絶滅の可能性
 アフリカに新種の生物出現』

【どんな本?】

 乱歩賞作家・高野和明による、ノンストップ・エンタテインメント長編小説。2012年「このミステリがすごい!」国内編で堂々トップに君臨し、また「このSFが読みたい!」2012年版でも6位に食い込む健闘を見せた。アフリカの奥地で発生した「新種の生物」を巡る、現代の政治・軍事・状況を反映したサスペンスとアクションに満ちた娯楽大作であり、同時に人類という種の本質に迫る壮大な傑作SF。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 初出は雑誌「野生時代」2010年4月号~2011年4月号。書籍は2011年3月30日初版発行。私が読んだのは2011年7月25日の7版。売れてます。単行本ハードカバー縦一段組みで本文約588頁。9ポイント45字×21行×588頁=約555,660字、400字詰め原稿用紙で約1390枚。普通の長編小説2冊分ちょい。

 ベストセラー作品だけあって、文章そのものはこなれていて読みやすい。幾つかの専門的な分野についてかなり突っ込んだ仕掛けを使っているか、そこは娯楽作家だけあって、かなり噛み砕いて説明している。最悪の場合、意味が分からなくても充分に楽しめる構造になっているのはさずが。具体的には大きく分けて二つ。ひとつはアフリカ中央部の政治・軍事状況。もう一つは、医学・生物学・薬学・化学。繰り返すが、小難しい事はわからなくてもお話は楽しめるので、特に構える必要はない。わかる人には「おお、結構キチンと調べてあるなあ」と感心する、そういう構成になっている。

 ただ、作品名でわかるように、かなり凄惨な場面も出てくる。残酷な場面が苦手な人は、要注意。

【どんな話?】

 時代は2004年。赤道直下、アフリカ大陸の中央、コンゴ・ルワンダ・ウガンダの国境近辺。それぞれの国軍・反乱軍・民兵が入り混じり、乱戦の様相を呈 する地域。そこに、人類の種としての存続すら危うくする新種の生物が発生した、との情報がホワイトハウスに入る。時の大統領グレゴリー・S・バーンズは秘密裏に処分を決定、チームの編成を命じた。

 ジョナサン・イエーガーは、アメリカ陸軍特殊部隊グリーンベレー所属だったが、不治の病・肺胞上皮細胞硬化症に侵された幼い息子の治療費を稼ぐため、民間軍事会社ウエスタン・シールド社に入る。イラクの警備任務を終えた彼に、高額の報酬を伴う仕事の依頼が入る。チームは四人、「あまりきれいな仕事ではないのだ」

 ウイルス学が専門の大学教授・古賀誠治が、突然亡くなった。残された息子の古賀研人は薬学部の大学院生で、専門は有機合成。忌引き明けで研究室に出た研人に、誠治を名乗るメールが来る。
 「私が帰らない場合は、アイスキャンディーで汚した本を開け。このメールの事は、母さんを含め誰にもいうな」

【感想は?】

 ベストセラーになるだけの事はある、娯楽大作。かなり込み入った設定だけに、冒頭近くは少々とっつきにくい部分もある。特に、研人の専門である有機化学・薬学に関するあたりは、ちと小難しい用語が並ぶ。でも大丈夫。分からなければテキトーに読み飛ばしても、お話の大筋には問題ない。極端な話、「何か専門的な事を言ってハッタリ効かせてるんだな」ぐらいに思っても結構。冒頭部分のヤマを越えると、後は一気に物語りに引き込まれ、本から目を離すのに苦労する。

 話は大きく分けて三つのパートで進む。第一は傭兵ジョナサン・イエーガーがアフリカの中央部でミッションに携わるパート。次にホワイトハウスで大統領バーンズを中心に「新種の生物」に対処する場面。最後が、大学院生の古賀研人が亡き父親を名乗るメールに振り回されるお話。

 第一のパートと第二のパートは、なんとなく想像がつく。つまり大統領が決めた「対処」の、現場がイエーガーなんだろう、と。そこで読者は戸惑う。「新種の生物って、何だ?未確認生物UMA対策に、たった四人って、少なくないか?つか、なんで傭兵を使う?『きれいなしごとじゃない』って、物騒だな」

 そこで第三のパート。薬学が専攻の研人に、ウイルスが専門の父親が遺したメッセージ。ここで私は想像した。「イエーガーの仕事は、ウイルス感染者を処分する事か?でもウイルスを生物って言うかなあ?」で、読み進むとエボラ出血熱の話が出てきて…

 それぞれのパートは、現実の人物や情勢をモデルにしていて、これがなかなか迫真感を増している。バーンズ大統領とその閣僚は、明らかにブッシュJrとネオコン連中だろう。イエーガーが登場するのはイラクの警備任務なんだが、アメリカがイラク侵攻を決めるプロセスなどは、相当に調べこんでいる模様。

 イラクばかりでなく、我々日本人には馴染みのないアフリカ中央部の情勢もキチンと調べてあるのはさすが。ルワンダの虐殺に象徴される部族紛争、その基盤となった植民地支配、そして周辺国に波及する・または介入してくる周辺国の思惑とプロセスなども、込み入った情勢をかなり噛み砕いて説明している。ここで作品名でもある「ジェノサイド」を連想するが…

 などとキナ臭いのはイエーガーばかりでなく、研人のパートもなかなか。何せ「誰にも言うな」だ。まあ、イロイロと事情があって周囲の人に声をかけるのだが、「誰が信用できるのか、そもそも父親の誠治も信用できるのか」という不安は付きまとう。

 この「信用できるのは誰か」というサスペンスは三つのパート全てに共通しており、そのためか緊張感はずっと途切れない。おまけに善玉・悪玉が固定しているわけではなく、それぞれの登場人物が何か因縁を抱え、一瞬一瞬の決断でどっちに転がるかわからない、そういう不安定さがさらにお話を盛り上げていく。

 などといった軍事サスペンス物語としての面白さで「このミス」トップに輝いたのはうなずけるが、同時に「このSF」でも6位に食い込んでいる点に注目。しかも、軍事・政治情勢の迫真性・緊迫感が、同時にSFとしてのテーマに貢献してるのはさすが。現実のアフリカ情勢を部隊としながら、その奥に「ヒトって生き物の正体って、何なんだろうねえ」と訴えてくるのだ。

 植民地支配のために、人工的に創りだされたフツ族とツチ族の反目。その遺産を利用し、自らの権力・財力保持に余念がない権力者たち。非武装の農民たちを食い物にして、残忍な欲望を満たす武装勢力。そういった情勢を遠くから眺め、自国の、または自分の利益に基づいて行動する先進国の政治家たち、そしてそんな政治家を選ぶ民主主義という社会制度、そして民主主義が生み出す傭兵や様々な惨劇。その原因を探る過程で、ヒトという種の獣性を抉り出すあたりは、「もうやめて!」と叫びたくなるほどの絶望が忍び寄ってくる。

 こういった権力者たちと対比されるのが、研人を代表とする研究者だちだ。暗い表情で研究生活の不平・不満を漏らす父親の誠治に、研人は尋ねる。「そんなに自分の仕事が嫌なら、辞めればいいじゃん」。

すると父は、「いや、研究だけは止められん」

 立場的には研人が成長したあたりの姿に相当するルーベンスが、彼の人生を決定した人物に出会うシーンは、凄惨な場面が続くこの物語の中で、最高に泣ける名場面。この瞬間の二人の気持ちを思うと…

 社会・軍事情勢はかなり現代の国際情勢に忠実で、舞台そのものはかなりリアル。特にイエーガーたちが教会で窮地に陥る所は、「作り話だろおい」と突っ込みたくなるが、残念ながらこれは現実をベースにしている。本当に、今現実に起きていることなのだ。悲しいことに。

 その分、人物像は漫画的というか、かなりエフォルメというかベタな感じがする。が、それでいいのだ。なぜって、これはSFなのだから。SFは人間を書けていなくてもいいのだ。そのかわり、人類が書けていれば。そう、この作品は、「人類」を描いている。人物像のベタさは、「人類を描く」視点で読んだ時、むしろ必須となってくるのだ。

 人類の存続すら危うくする新種の生物が現れた時、人類はどう対処するか。現代の人類は、どんな姿をしているのか。ヒトが作った社会には、どんな問題があるのか。それは、ヒトのどんな性質によるものなのか。現代社会が抱える問題を、ヒトという種の根源に立ち返って俯瞰する問題作であり、かつそんな大きな問題を一気呵成の勢いで読ませる上質の娯楽作品でもある。「早く続きを読みたい、でもじっくり考えたい」と板ばさみに煩悶しつつ、結局は一気に読まされてしまう、面白すぎて困る大作。

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