竹内薫「火星地球化計画 火星探査とテラフォーミングの真実」実業之日本社
「(このセミナーの開催を呼びかけたのは)あちこちに散逸している広範な、テラフォーミングに関する研究が私の目に止まったからであります。これまで怪しげなアイデアにすぎなかったものが、今ようやく正当な科学へと接近しはじめたのです」
――ジェームズ・オバーグによる1979年第1回テラフォーミング・コロキウム開催のあいさつ
【どんな本?】
イロイロと話題の著者が、ロケット工学の基礎から宇宙開発の歴史と現状、火星の気候や地勢、ヒトが火星で暮らすための問題点と解決案、そして「テラフォーミング」の概念と現在考えられている様々な案の長所・短所などを、一般向けに解説した科学啓蒙書。
【いつ出たの?分量は?読みやすい?】
2004年7月28日初版第1刷発行。今は角川ソフィア文庫から文庫版が出ている。私が読んだのはハードカバーの単行本。縦一段組みで本文約239頁。9.5ポイント41字×17行×239頁=約166,583字、400字詰め原稿用紙で約417枚。ただ、イラストや図版を多数使っているので、実際の文字数はこの9割程度だろう。長編小説ならやや短め。
多作な著者らしく、文章はこなれていて読みやすい。内容も初心者向けに充分にくだいた説明がしてある。数式も出てこないので、理科や数学が苦手な人でも大丈夫。小学生でも高学年なら、充分に読みこなせる。そのわりに熱心なNASAウォッチャーらしく、意外なトピックも盛りだくさんなのが嬉しい。
【構成は?】
はじめに
第1章 赤く光る凶星「火星」 火星を知るための基本的情報
第2章 火星探査の歴史 火星開拓者たちの飽くなき戦い
第3章 火星探査テクノロジー 火星征服のために集結された人類の叡智
第4章 宇宙進出への夢 スペース・コロニーの全貌
第5章 テラフォーミングの100年史
第6章 テラフォーミングの未来 地球人から宇宙人へ
おわりに
索引
【感想は?】
火星のテラフォーミングを特集した本科と思ったが、もっと幅広い内容だった。火星探査を中心に、宇宙開発全般を扱った本だ。肝心のテラフォーミングは第5章と第6章だけで、第1章~第4章は、火星を中心とした宇宙観測・開発とロケット工学の話が占めている。
こういう構成になった理由も、だいたい想像がつく。宇宙開発の知識がない一般人むけに書いたからで、そういう読者にキチンと説明するためには、充分な前フリが必要だったのだろう。結果として、マニアには物足りないが、一般向けとしては親切な解説書となった。「人工衛星が落ちない理由」から説明してるし。
一般向けだけあって、表現も直感に訴える比喩を使っている。例えば火星が赤い理由を、「土壌に酸化鉄がたくさん含まれているから。つまり火星は錆びているといえる」。錆びているってのが、秀逸。
宇宙開発・火星探索の歴史から語っているので、年寄りには懐かしい話題もチラホラ。ヴァイキング1号が送ってきた写真の、空の色の騒動は懐かしい。赤で発表され青になって…結局は、「昼間は赤いけど夕方は青い」らしい→MSNトピックス「火星の夕日はなぜ青い」。
出版年が2004年なので、最新の情報がないのは仕方がない。この本に出ているのはマーズローバー(→Wikipedia)だが、今はキュリオシティ(→Wikipedia)が頑張っている。科学の進歩は凄い。マーズ・ローバーのメモリは256バイト、キュリオシティは4ギガ。16倍の大盤振る舞いだ。ちなみにOSはいずれもウインドリバー社のVxWorksシリーズ。
宇宙開発では、スペースシャトルに批判的なのが興味深い。松浦晋也氏曰く「目的を全然絞り込んでない」。使い捨ての部品と再利用の部品が混在して、メンテナンスの手間や費用がかかり、あまり節約になってないとか。
ロケットが高価なのは、重たい推進剤を一緒に持ち上げなきゃならんから。せめて大気圏だけでもジェットエンジンで飛べば、液体水素の5~6倍の重さの液体酸素が節約できるじゃん、てんで考えられたのがスクラムジェット(→Wikipedia)。地上からのレーザー光線を航空機の鏡で反射して一点に集め、熱した空気の衝撃波で浮かぶのがライトクラフト(→Wikipedia)、そして映画トランスフォーマーでも活躍したレールガン(→Wikipedia)。今、調べたら、レールガンって、リニアモーター(→Wikipedia)とは違うのね。同じだと思ってた。
色々とフィクションにも言及してるのも嬉しい。意外なのが、機動戦士ガンダム。あれに出てきたスペース・コロニー、ネタ元はジェラード・K・オニールの「ハイ・フロンティア」。論文発表が1974年9月「フィジックス・トゥデイ」、ガンダムの放送開始は1979年。当時最新のアイデアを映像化したわけだ。
以後、バイオスフィア2の意外な失敗原因を通し、やっとテラフォーミングの話へと向かう。パターンは4つ。生物学的な手段でゆっくりやるもの、工学的な手段で100年以内で実現するおの、その中間案、そして局所的に居住可能な場所を作っていくパラテラフォーミング。
読む限り、最も現実的なのは第4案だろうなあ。火星の赤道付近を高さ1kmぐらいの「天井」で帯状に覆っちまえ、という案。最初は団地程度の小規模で始められるし、最終的な規模も調整可能だし、途中での計画変更にも柔軟に対応できるし。今のところ地震はないみたいだけど、永久凍土が溶けたら地すべりが起きる…かな?
マニアにはちょっと物足りないけど、あまり濃くない人には、初歩からわかりやすく親切に教えてくれる上に、当時としては最新のトピックも積極的に取り上げた、読んでいて楽しい本だ。
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