ポール・ポースト「戦争の経済学」バジリコ株式会社 山形浩生訳
「戦争は兵器の問題というよりは支出の問題なのであり、その支出を通じてこそ兵器は使い物になるのだ」
――古代ギリシャの戦史家ツキジウス
「お金こそが戦争の筋肉である」 ――ローマの歴史家タキトゥス
「最後の1ギニーが常に勝利を収める」 ――ルイ14世「どうしてわれわれ(アメリカ)が中国と戦争なんかしたがるんですか?そんなことをしたらウォールマートが全部閉店しちゃうじゃないですか」
「アメリカ経済のためにも、ここらでがつんと戦争を!」
【どんな本?】
戦争すれば景気がよくなる?戦争は儲かる?軍産複合体が戦争を望んでいる?徴兵制と志願兵制、どっちがいい?傭兵は信用できない?平和維持活動は何が嬉しいの?マクドナルドが進出した国どうしは戦争しない?911でアメリカ経済は打撃を受けた?民族・宗教対立が内戦を招く?
経済学者である著者が、戦争を公共事業に見立て、世間でよく言われる「戦争の効果」などを検証しながら、その利害・発生しやすい状態・防衛産業の実態を解説し、経済学の視点や手法を初心者向けに紹介する、ちょっと変わった経済学の啓蒙書。
【いつ出たの?分量は?読みやすい?】
原書は THE ECONOMICS OF WAR by PAUL POAST, 2006。日本語版は2007年11月11日初版第1刷発行。単行本ハードカバー縦一段組みで本文約381頁に加え、訳者による付録「事業・プロジェクトとしての戦争」18頁を収録。9ポイント43字×18行×381頁=約294,894字、400字詰め原稿用紙で約738枚、長めの長編小説との分量…だが、表やグラフを多数掲載しているので、実際の文字数は6~7割程度。
翻訳物にしては、日本語は読みやすい。真面目な経済学の本であり、数式もたまに出てくるが、加減乗除ぐらいなのであまり気にする事はない。だた、例えば数式で「国の所得」を変数Yで表現し、以後はYで説明を続けるのは、ちと不親切な気がする。素直に「国の所得」と表現すればいいのに。経済学者って、そういう表現が好きなんだろうなあ。
とまれ、各章の末尾には要約とキーワードと復習問題をつけるなど、「わかりやすさ」には配慮している模様。
【構成は?】
謝辞/序文
第1部 戦争の経済効果
第1章 戦争経済の理論
第2章 実際の戦争経済:アメリカの戦争 ケーススタディ
第2部 軍隊の経済学
第3章 防衛支出と経済
第4章 軍の労働
第5章 兵器の調達
第3部 安全保障の経済面
第6章 発展途上国の内戦
第7章 テロリズム
第8章 大量破壊兵器の拡散
付録 事業・プロジェクトとしての戦争
訳者解説/参考文献/索引
付録の「事業・プロジェクトとしての戦争」は、日清戦争と自衛隊のイラク派兵を例に、戦争を投資と見立てて訳者が利害を検討している。
【感想は?】
損得勘定で戦争を論じているわけで、不謹慎な本ではある。途中では戦死者の命を金額に換算しているし。だが、それだけに、冷静かつ冷徹に戦争の実態を語った本でもある。「戦争は絶対悪だ」と考える人や、「愛国心こそ最も崇高」と考える人には虫唾が走る内容だが、「防衛予算はどの程度が妥当か」と計算する類の人なら、じっくり読む価値がある。
計算の元データとしては、主にアメリカの20世紀のデータを使っている。幸か不幸か20世紀後半のアメリカは世界中でドンパチやってたのでデータが豊富な上に、徴兵制から志願兵制への移行・兵器体系の現代化といった変化に加え、総力戦の二次大戦/冷戦/イラクやアフガニスタンなどへの派兵と、様々な戦争の形態を経験しているので、バラエティも豊富だ。おまけに兵器体系や経済・産業構造が日本と近いので、参考とするには最高のサンプルだろう。敢えて言えば国境紛争がないぐらい。
などと戦争への「もう一つの視点」を与えてくれる上に、なんと言っても経済学の入門書である。ちょっとその辺が通じにくいけど。例えば、いきなりマクロ経済の式が出てきたりする。
Y=C+I+G+(X=M)
なんか難しそうだが、私が勝手に書き換えよう。
国の所得=消費+民間投資+政府支出+(輸出-輸入)
「戦争で景気がよくなる」という説は、この式の政府支出が増えて国の所得が多くなる上に、若者が徴兵され失業率が下がるからだ…戦場が自国でなければ。ところが、人には兵隊に向く人もいれば、プログラマに向く人もいる。Larry Wall(プログラム言語 perl の作者)にバクダッドのパトロールをさせるのは国の損失だろう。薬莢工場がフル稼働してもアメリカには何の財も残らないが、ハイウェイを整備すれば多くの企業と消費者が恩恵を受ける。おまけに戦争が終われば薬莢工場は従業員を解雇し、失業者が増える。
てんで、「戦争は景気を良くする効果もあるけど、副作用もあるよ」ってのが、第二次世界大戦までの検証。これが朝鮮やベトナム以降は話が違ってくる。兵員数が少ないので失業者は減らない上に、ダラダラと続くので支出も無駄に多くなる。やるならサッサと決めろ、と、まあ、当たり前の話。
国としての強さを決める要素の一つが、「1人あたりのGDP」というのも、言われてみれば当然だけど、ちょっと目から鱗。第二次世界大戦でイギリスが健闘したのも、冷戦でソ連が倒れたのも、これが原因。合衆国市民は「更に1$」の増税に堪えられたけど、ソ連国民は耐えられなかった、だから崩壊した、ということ。別の見方をすれば、「平時には国民の所得を増やせ、それが国を強くする」とも言えるわけ。贅沢は素敵だ。
さて、国はどうやって戦費を調達するか。色々あるけど、その一つは国債。これを巡る議論が、多額の国債を抱えた今の日本と重ね合わせると、少しホット。国債を大量に発行すると、どうなるか。民間の貸付金利が上がるのだ。国債を買う人は、国債がなければ、そのお金をどうするか。他の人に貸すか、銀行に預ける。貸したい人が増えれば、金利は下がる、そういう理屈。
じゃ、多額の国債を発行しながらも銀行の預金金利が上がらない日本の現状は、どう理解すべきなんだろうか。しかも、日本の国債の金利、すげえ低いし。
やはり近年の話題としてホットなのが、アラブの春に代表される内戦。怖いのが、これが続く期間。「通常の内戦は、平均すると7年続く。1980年代以前には、内戦の平均期間は4年だった。今日では、内戦の平均期間は8年だ」。シリア、どうなるんだろ。幾つかの点で、シリア内戦はこの本の内容を裏切っているが、ナイジェリアの政情不安定には当てはまる。
- 1人あたりGDPが250ドルの国は、今後5年間で戦争が起きる確率が15%だ。(略)600ドルになると、その確率は半減する。
- 紛争リスクとして最も強力なものは、その国のGDPの相当部分が原材料(鉱物、宝石、石油などの天然資源)の輸出からきているという条件だ。
- 水平格差―民族、政治、宗教集団間にある格差―は紛争の危険性を増す。
地下資源に頼る国が危ない理由の一つは、政府がマトモな政治をする意欲を持ちにくいこと。鉱山さえ押さえておけば権力を維持できるなら、学校を作るより軍に鉱山を警備させた方がいい。逆に叛乱側から見れば、鉱山さえ奪えば権力をダ奪える。シエラレオネが、モロにこれ。
面白いのが、極端に民族や宗教が多様化してると、かえって内戦が起きにくい、という指摘。一つの民族が立ち上がっただけじゃ、国軍に各個撃破されてしまう。中国とチベットがコレだね。
他にもテロの項では原子力・化学・生物兵器の費用対効果を計算してたり、イスラム独特の送金システムのハワラを紹介してたり、アルカイダの意外な資金源を暴いていたり、世界最大の闇兵器市場がタイだったり、意外な事実やエピソードが満載。低強度紛争に興味があるなら、ぜひ読んでおきたい一冊。
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