ロードリ・ジェフリーズ=ジョーンズ「FBIの歴史」東洋書林 越智道雄訳
今日、連邦規模の犯罪と戦う連邦規模の警察力が必要だという考え方は、当たり前になっている。ところが、連邦犯罪と戦う連邦警察組織という考え方は、割りと近年のものなのだ。1870年代以前、合衆国には連邦犯罪の摘発部局は、ほとんど存在していなかった。
【どんな本?】
映画「アンタッチャブル」などでは犯罪組織と戦うヒーロー役であり、一般にも犯罪摘発組織の印象が強いFBI=連邦捜査局。それはいつ、どのように成立し、どんな職務をこなし、どのように変化してきたのか。どんな問題点を抱え、どのように変革してきたのか。
南北戦争以後の再統合の時期に発端を求め、有名な禁酒法時代のギャング対策から「赤狩り」のヒステリー、そして9.11の大ポカから現在の姿まで、合衆国の歴史にあわせ変化してきたFBIを、その位置づけ・組織の性質・主な職務内容などを、公開の資料から洗い出し、加えて有名な事件の経緯などを多数の挿話で綴る。
【いつ出たの?分量は?読みやすい?】
原書は THE FBI a history, by Rhpdri Jeffreys-Jones, 2007。日本語版は2009年5月31日第1刷発行。単行本ハードカバー縦一段組みで本文約388頁+訳者の追補11頁。9ポイント46字×19行×388頁=約339,112字、400字詰め原稿用紙で約848枚。長編小説なら長め。
文章はやや硬め。特に前提知識は要らないが、州の独立性が比較的に強く連邦政府の権限強化に慎重な合衆国の文化や、南北戦争以後の合衆国の歴史や有名な事件などに詳しいと、より楽しめる。
【構成は?】
序文
第1章 人種、およびFBIの特質
第2章 秘密裏の再統合 (1871~1905)
第3章 誇り高き創世記 (1905~1909)
第4章 使命感の喪失 (1909~1924)
第5章 最初の改革時代 (1924~1939)
第6章 防諜活動と統制 (1938~1945)
第7章 リベラルなアメリカの疎外 (1924~1943)
第8章 ゲシュタポの恐怖と諜報機関の分裂(1940~1975)
第9章 神話と現実としての時代錯誤(1945~1972)
第10章 アメリカンデモクラシーの危機(1972~1975)
第11章 改革とその批判者たち(1975~1980)
第12章 回復された使命(1981~1993)
第13章 葛藤と逆行(1993~2001)
第14章 「9.11」、そして国家的統一を求めて
追補 「訳者あとがき」に代えて 「レス・シキュア、レス・フリー(安全減れば自由減る)」のディレンマ
参考文献/元註/索引
第1章は概要、2章以降は原則として時系列だが、ご覧のとおりテーマによって多少前後する。各章は冒頭と末尾に章のまとめが入るので、面倒くさがりな人は第1章だけを読むか、各章の末尾だけを読めば手っ取り早い。
本文のレイアウトが工夫されていて、各頁の下に訳注がある。頁をめくらずに済むので、なかなか便利。編集は大変だろうけど。
【感想は?】
かなりお堅い、政治的な本。話題の中心は組織としての性質や職務内容、その背景となった当事の世論の動向と連邦政府・州政府との位置づけに重点が置かれ、末端の捜査員の名前や捜査のテクニックなど細かい話はあまり出てこない。人物としてよく出てくるのは合衆国大統領・司法長官、そしてディレクター(俗にFBI長官といわれる立場だが、本書ではディレクターと記す)。
FBIというとギャングの天敵というイメージがあるが、この本を読むとかなり手広くやっているのがわかる。出てくる事件で見ると、こんな感じ。
- マフィアなど広域の組織犯罪
- エンロンなど合衆国内の経済犯罪
- KKK・極右・極左など国内のテロ組織
- ナチス・ドイツなど他国の諜報機関の合衆国内での活動
- アルカーイダなど他国のテロ組織の合衆国内での活動
- ウォーターゲートなど政治がらみの事件
この本を読んでわかるのは、大統領と司法長官によってFBIが注力する職務内容が大きく変わること。この本では、1870年の司法省設立と、それに伴う司法省が指揮するシークレット・サービス部隊をFBIの前身としている。当事の主な職務はKKKの摘発。南部諸州の州政府とそれに属する警察は、人種犯罪対策に不熱心だったので、連邦の捜査機関が必要だったわけ。
「FBIは創立日を1908年7月26日としている」。当事の名前はBI=捜査局。議会の腐敗を一掃するためセオドア・ローズヴェルト大統領と司法長官チャールズ・J・ボナバートが、それまで財務省からの出向だったシークレット・サービスを司法省直属とし、専門の組織に編成する。
ところが1912年11月7日、ジョン・アーサー・ジョンスン(→Wikipedia)の逮捕でBIの印象派大きく変わる。黒人の元ヘビー級王者の彼は言動が挑発的で、白人の怒りを買っていた。特に、白人女性と堂々とイチャつくのがマズかった。彼の容疑は売春。当事のBIは州境を越える組織売春も扱っていた。が、ジョンスンの事件は明らかに個人と個人の関係。要はBIが世間に迎合したわけ。同じ時期、財界人の求めに応じてIWW(世界産業労働者)などの左派組織も摘発してる。
こういう「赤への恐怖」を煽る風潮は捜査組織にとって予算獲得のよき機会らしく、以降もちょくちょく時流に乗ってちゃっかり増額予算を獲得している。60年代にも公民権運動が盛り上がり、多くの黒人や学生が活発な政治活動を繰り広げる。政府は、その裏に共産主義者の暗躍があると睨んで盛んに捜査したが、ほとんど証拠は出てこなかったそうな。
改めて考えると、ソ連など当事の共産主義勢力がなぜ黒人組織に接近しなかったのか、謎だ。コナかけたけどフラれたのか、最初から眼中になかったのか、どっちだろ?スペイン内戦では国際旅団を送っていたから、合衆国内で活動してたのは確かなんだが。
…などと、当事の大統領と司法長官の意向によって捜査の重点が変わっていくのが、合衆国の政府組織の大きな特徴。それが大衆迎合に陥る欠点もあるが、逆に風通しが良くなる効果もある。本書の中で、FBIは何回か改革を経験する。
人物として際立ってるのは、やっぱりJ・エドガー・フーヴァー。ショウマンシップ溢れる人らしく、ギャングとの対決では「逮捕現場に立ち会うことは、丹念に打ち合わせずみだった」。自分をスターに仕立て上げ、FBIの評判も良くしようという虫のいい演出は、見事に当たる。政治的にも抜け目のない人で、時の大統領の意向に応じてKKKも熱心に摘発する。意外なことに、第二次世界大戦時の日系人の強制収用にもフィーヴァーは反対してる。「FBIの捜査ではスパイ活動や反米活動の証拠は上がっていない」。
ところが、第二次世界大戦後に大きなショックがフーヴァーを襲う。CIAの設立に伴い、縄張りだった中南米をCIAに奪われてしまう。以後、FBIとCIAは犬猿の仲となり、これが911のポカの原因の一つとなる。これは根が深くて…
2003年12月、司法省の検閲総監が指摘したところでは、FBIにはEメールを安全にCIAに送信する機能すらなかったのである。まことに原始的な話だが、特別捜査官はEメールを刷りだして、、その現物をCIAの相方に届けていたのだ。
もう一つの業病は、人種的多様性の欠如。
2007年初頭までには、アラビア語が話せるFBI捜査官は、(略)流暢だったのはわずか33名、捜査局が雇用していたイスラム教徒に至ってはなんと12名にすぎなかったのである。
なんかFBIの悪口ばかりになっちゃったけど、少なくとも人種的な多様性に関しては対応を取ってる模様。それより、機密性が高い一国の捜査機関の情報が、これだけ公開され、かつ一般向けに書籍として刊行されてるのが羨ましい。警察庁や公安調査庁の本なんて、出る日がくるのかしらん。
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