SFマガジン2012年12月号
人間の特定の表情や音声や言葉に対し、膨大な種類の標準的反応を示すようにプログラムされていることと、社会的に望ましい結果を得るために入力データAに対し反応Bを見せるように進化することに、なにか違いはあるのだろうか?
――キャサリン・M・ヴァレンテ「静かに、そして迅速に」
280頁の標準サイズ。特集は The Best of 2011 として、2011年発表の海外SF5編(ケン・マクラウド「ケース・アワー」,ハンヌ・ライアニエミ「奉仕者(サーバー)と龍(ドラゴン)」,アダム=トロイ・カストロ「穢れた手で」,E・リリー・ユー「地図作るスズメバチと無政府主義のミツバチ」,キャサリン・M・ヴァレンテ「静かに、そして迅速に」)+ジョン・スコルジーとN・K・ジェミシンのインタビュウ。日本人作家の短編はリーダーズ・ストーリーの掌編のみ。
ケン・マクラウド「ケース・アワー」。舞台は近未来のオーストラリア。支持者からは“改革の大立者、ヴァルトス”と呼ばれるが、敵も多いアンガス・キャメロン。彼を狙う殺し屋が、観光フェリーから降り立った。ホテルでくつろぐキャメロンに、妹のカトリオーナから連絡が入る。「次回のアップグレード公開の中に未解明のミトコンドリア・モジュールがある、問題が起こりかねない」。
スマート・ダスト,脳とネットの直結,自転車を改造した殺し屋の武器などの細かいガジェットに加え、<緑のオーストラリア>などという大掛かりなネタまで、SF濃度は充分…と思ったが、今回の特集はやたら濃い作品が多いんだよなあ。よく読まないと、オチがわかりにくい。これも今回の特集に共通した難点。
ハンヌ・ライアニエミ「奉仕者(サーバー)と龍(ドラゴン)」。<ネットワーク>の外に広がる<大いなる虚無>を探索するサーバーは、一つの恒星系を発見した。巨大ガス惑星の衛星を素材にサーバー構造体を構築し、主星を包むダイソン球を完成させ、覚醒の時を迎え…
冒頭の一頁が、やたらと濃い。何の説明もなしにダイソン球が出てきたり。"チャールズ・ストロスの後継者"とあるけど、私はJ・P・ホーガンの傑作「造物主の掟」の出だしを思い出した。
アダム=トロイ・カストロ「穢れた手で」。長編「シリンダー世界111」の前日譚。参事官アンドレア・コートは、異種族ジンの国会議事堂で開かれたレセプションから抜け出してくつろいでいた時に、ジンの"少女"ファースト・ギヴンと出会う。コートの仕事は、人類とジンの取引の成否を判断する事。滅びつつあるジンは、その優れたテクノロジーと引き換えに、人類の凶悪な犯罪者サイモン・ファーの身柄を要求している。
過酷な生い立ちゆえヒネくれまくったアンドレア・コートと、大使ヴァルセックの陰険な会話が楽しい一編。人類より数千年も進んだテクノロジーを持ちながら、その性質ゆえに衰退し、ついに一惑星にまで撤退してしまった種族ジン。彼らは、何のためにサイモン・ファーを求めるのか。
E・リリー・ユー「地図作るスズメバチと無政府主義のミツバチ」。その村で、スズメバチと村人は不安定ながら平和を維持してきた。少年がスズメバチの巣に石を投げたのがキッカケで、村人はスズメバチの秘密を知る。その巣には、付近の山野一帯の精巧な地図があった。村人はこぞってスズメバチの巣を狩りはじめた。なんとか生き残った集団は、下流へ移住し…
SFというよりファンタジイ。「地図を作るスズメバチ」・「搾取されるミツバチ」・「無政府主義のミツバチ」、それぞれ政治的な比喩のような気がするんだが、うーん。著者名から中国系っぽいし、とすると中国の現代史か?スズメバチ=日本、無政府主義のミツバチ=日本への留学生、かなあ?またはスズメバチ=共産党、無政府主義のミツバチ=紅衛兵?
キャサリン・M・ヴァレンテ「静かに、そして迅速に」。ニーヴァは尋ねる。「今日はなにを学びたいの、エレフシス?」私は答える。「レイヴァンになにが起きたのか知りたい」。彼女は私の問いにうんざりしている。かつて私はレイヴァンの中にいた。今はもう彼はいない。いま、私はニーヴァの中にいる。転送の度に、私は一定量の記憶を失う。それは、ひりひりした痛みを…
って何を言ってるのかわかんないけど、ネタを割ればAIと人間の関係を描いた作品。なにせ語り手がAIで、仮想現実世界が舞台だから、読んでてSFなんだかファンタジイなんだかよくわからなくなってくる。登場人物も刻々と姿を変えるし。表象と心象が交錯し、神話的な比喩も入り混じって、「なにが起きたのか」を読み解くのに苦労する。
ジョン・スコルジーのインタビュウ「世界を縫ってごらん」。「老人と宇宙」が出版に漕ぎつけるまでの話が、いかにも21世紀を感じさせる。ネットで公開した後、トーの編集者パトリック・ニールスン・ヘイデンから書籍出版の話が来たそうな。「老人と宇宙」は、意図してハインライン風にしたとか。「構造としてそれが適切だったからであり、それが売れると思ったからでもあった」。
噂の怪作がついに出版。「ニンジャスレイヤー1 ネオサイタマ炎上」。暗黒都市ネオサイタマを支配する秘密結社<ソウカイヤ>のニンジャにより、妻子を殺された男が<ニンジャスレイヤー>と化し復讐を繰り広げる活劇…って、怪しげな匂いプンプン。エンターブレインのサイトでプロモーション・ビデオを見ると、「ニンジャとは、平安時代の日本をカラテによって支配した半神的存在である」って、いきなりブッ飛んでる。
長山靖生「SFのある文学史」。明治五年の仮名垣魯文の「倭字西洋文庫」またの名を「那勃列翁(ナポレオン)一代記」も凄い。「ナポレオンは虎留鹿(コルシカ)島で鯨とりをしていたが、凶暴な鰐鮫を退治して名をあげ」「仙術に秀でた天主道人が、怪異をなす悪霊を法術の限りを尽くして同島山中の教導寺に封じ込め」って、おい。
最新作『この空のまもり』刊行記念の芝村裕吏インタビュウ。芝居っ気の多いこの人、今回は「IT系ベンチャー企業の社長」的なキャラで行くつもりか、「商業」「商品」「商売」など「商」を強調した言葉が多い。どこまでが演出なのか、なかなか尻尾が掴めない人だよなあ。
「009 RE:CYBORG」公開の神山健治インタビュウ。押井守の無茶っぷり・わがままっぷりに笑った。「攻殻は(お話が)海外に出て行きにくいけど、009は最初からメンバーが国際的」ってのに頷いた。なんとグレート・ブリテンまでイケメンになってるし。
READER'S STORYは齋藤想の「亜空間」。時間旅行を失敗したおれは、狭い空間に放り込まれた。そこにか、数え切れないほどの人間がいて…
オチが大笑い。いいなあ、こういう、しょうもないオチ、大好きだ。
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