ティム・ワイナー「CIA秘録 その誕生から今日まで 上・下」文藝春秋 藤田博司・山田侑平・佐藤信行訳 1
ハリー・トルーマンが欲しがったのは、実は新聞だった。
【どんな本?】
第二次世界大戦中にルーズベルトが設立した戦略情報局OSSの後を継いで誕生した諜報機関CIA。だが秘密のベールに守られたCIAは豊富な資金を得て暴走、世界各国で無謀な工作を繰り返しては失敗し、それを議会にさえも押し隠す。
ビッグス湾事件・トンキン湾事件・ウォーターゲート事件など世界的に有名な事件に加え、戦後日本の自民党との秘密献金・日米自動車交渉など日本人が深い感心を抱く題材を中心に、ニューヨーク・タイムス記者がCIAの実態を暴きだす。
特筆すべきは、ソースの多くを明記している事。公開資料とインタビューが中心で、ソースノートが全頁数の約1/4を占めている。実際、ソースを明示されなければ信じがたい内容が多く、作品の信頼性を確保するため最大限の努力をしている事がうかがわれる。
【いつ出たの?分量は?読みやすい?】
原書は Legacy of Ashes : The History of the CIA, by Tim Weiner, 2008。日本語版は2008年11月15日第一刷。今は文春文庫から文庫版が出ている。単行本縦一段組みで上下巻、464頁+476頁。ただし本文や解説はそれぞれ344頁・393頁で、残りはソースノート。著者がソースの明示に力を入れている事がよくわかる。9ポイント45字×19行×(344頁+393頁)=630,135字、400字詰め原稿用紙で約1574枚。長編小説なら3冊分ぐらい。
文章は翻訳物として読みやすい部類。ただし内容が諜報物なので多くの人物が絡み、各員の関係がややこしいので理解するのに少々骨が折れる。また、扱う事件について大枠の説明はない。新聞などで報道された概要を読者が知っているという前提で書かれている。若い読者は、Wikipedia などで事件の背景や顛末を調べておこう。
【構成は?】
上巻
第一部 トルーマン時代 1945年~1953年
第1章 「諜報はグローバルでなくては」 誕生前
第2章 「力の論理」 創設期
第3章 「火を持って火を制す」 マーシャル・プラン
第4章 「最高の機密」 秘密工作の始まり
第5章 「盲目のお金持ち」 鉄のカーテン
第6章 「あれは自殺作戦だ」 朝鮮戦争
第7章 「広大な幻想の荒野」 尋問実験「ウルトラ」
第二部 アイゼンハワー時代 1953年~1961年
第8章 「わが方に計画なし」 スターリン死す
第9章 「CIAの唯一、最大の勝利」 イラン・モサデク政権転覆
第10章 「爆撃につぐ爆撃」 グアテマラ・クーデター工作
第11章 「そして嵐に見舞われる」 ベルリン・トンネル作戦
第12章 「別のやり方でやった」 自民党への秘密献金
第13章 「盲目を求める」 ハンガリー動乱
第14章 「不器用な作戦」 イラク・バース党
第15章 「非常に不思議な戦争」 スカルノ政権打倒
第16章 「下にも上にもうそをついた」 カストロ暗殺計画
第三部 ケネディ、ジョンソン時代 1961年~1968年
第17章 「どうしていいか、だれにも分からなかった」 ビッグス湾侵攻作戦
第18章 「われわれは自らも騙した」 キューバ・ミサイル危機 1
第19章 「喜んでミサイルを交換しよう」 キューバ・ミサイル危機 2
第20章 「親分、仕事はうまくやったでしょう」 ゴ・ディン・ディエム暗殺
第21章 「陰謀だと思った」 ケネディ暗殺
第22章 「不吉な漂流」 トンキン湾事件
著者によるソースノート・上巻
下巻
第三部<承前> ケネディ、ジョンソン時代 1961年~1968年
第23章 「知恵よりも勇気」 マコーンの辞任
第24章 「長い下り坂の始まり」 新長官、ラオス、タイ、インドネシア
第25章 「その時、戦争に勝てないことを知った」 ベトナムからの報告
第26章 「政治的な水爆」 チェ・ゲバラ捕獲
第27章 「外国の共産主義者を追い詰める」 ベトナム反戦運動
第四部 ニクソン、フォード時代 1968年~1977年
第28章 「あの間抜けどもは何をしているのだ」 ニクソンとキッシンジャー
第29章 「米政府は軍事的な解決を望む」 チリ、アジェンデ政権の転覆
第30章 「ひどいことになるだろう」 ウォーターゲート事件
第31章 「秘密機関の概念を変える」 シュレジンジャーの挫折
第32章 「古典的なファシストの典型」 キプロス紛争
第33章 「CIAは崩壊するだろう」 議会による調査
第34章 「サイゴン放棄」 サイゴン陥落
第35章 「無能で怯えている」 ブッシュ新長官
第五部 カーター、レーガン、ブッシュ・シニア時代 1977年~1993年
第36章 「カーターは体制の転覆を図っている」 カーター人権外交
第37章 「ただぐっすり寝込んでいたのだった」 イラン革命
第38章 「野放図な山師」 ソ連のアフガニスタン侵攻
第39章 「危険なやり方で」 レバノン危機
第40章 「ケーシーは大きな危険を冒していた」 イラン・コントラ事件1
第41章 「詐欺師のなかの詐欺師」 イラン・コントラ事件2
第42章 「考えられないことを考える」 ソ連の後退
第43章 「壁が崩れるときどうするか」 湾岸戦争とソ連崩壊
第六部 クリントン、ブッシュ時代 1993年~2007年
第44章 「われわれにはまったく事実がなかった」 ソマリア暴動
第45章 「一体全体どうして分からなかったのか」 エームズ事件
第46章 「経済的な安全保障のためのスパイ」 日米自動車交渉
第47章 「厄介な事態に陥っている」 ウサマ・ビンラディンの登場
第48章 「これほど現実的な脅威はあり得ないだろう」 9.11への序曲
第49章 「暗黒の中へ」 ビンラディン捕獲作戦
第50章 「重大な間違い」 イラク大量破壊兵器
第51章 「葬儀」 灰の遺産
あとがき/謝辞/編集部による解説/著者によるリリースノート・下巻
【感想は?】
野望と行動力に溢れた男たちが豊富な資金を得て、世界中で大暴れする話。ただし、オツムが少々足りなくて、その自覚はもっと足りない。自分がドコにいて何をしていて結果がどうなるか、周囲の人々はどんな文化でどんな社会で誰が有力者でどんな力関係かは何も知らないし、結果がどうなろうと責任を取るつもりは毛頭ない。
9.11からイラク侵攻の流れを思い出そう。アメリカは事件を防げなかった。大量破壊兵器はウソだった。サダム・フセインは倒したが、その後の統治は散々だった。アメリカはイラクの社会構造・習慣を何も知らず、地元の誰に何をさせればよいか、何も知らなかった。山師とテロリストが跳梁跋扈し、注入した多額の資金はいつのまにか蒸発した。
つまり、CIAはその程度の能力しか持っていなかった。アメリカはイラクについて何も知らず、ひたすら武力に訴えることしかできなかった。ファルージャの建物の半分を破壊しても、テロリストは根絶できなかった。
こういった、無知で粗野で傲慢なアメリカは今に始まったわけではない事を、この本は豊富な事例で教えてくれる。
著者は、スパイの仕事を大きく二つに分ける。ひとつは諜報、つまり情報の収集・評価・分析・報告。もうひとつが秘密工作で、暗殺・サボタージュ・破壊・政権の転覆・反政府組織の支援などの実力行使。CIAは前者が貧弱で、後者ばかりに力を注いだ。その結果、地元の状況を何も知らない者が闇雲に金をバラ撒き銃を乱射する羽目になる。いい例がイラク占領だ。
若い読者は、冷戦時代の世界背景が感覚的に分からないかもしれない。今は中国もロシアも観光旅行で気軽に入れるし、他国資本の企業も進出しているが、当事の中国やソ連の内情を知るのは、今の北朝鮮の内情を知るのと同じぐらい難しい状況だったのだ。当然、インターネットなんて便利なものはない。
内容は衝撃的だ。表向きは「フェア」を気取るアメリカが、世界で積み重ねた愚行の記録と言える。扱う事例は目次を見ればわかる。詳細は、次の記事で。
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