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2012年7月17日 (火)

パオロ・バチガルピ「第六ポンプ」新☆ハヤカワSFシリーズ 中原尚哉・金子浩訳

 少年は笑みを漏らした。ふたりは荷物をまとめ、成都に少年を残して外国へ帰るだろう。乞食はいつだってとどまるのだ。  ――ポケットの中の法

【どんな本?】

 「ねじまき少女」が星雲賞に輝き、今最も注目を浴びているアメリカの新鋭SF作家パオロ・バチガルピの第一短編集。「ねじまき少女」と同じ世界を舞台にした「カロリーマン」「イエローカードマン」、水が枯渇した未来のアメリカを描く「タマリスク・ハンター」、カタストロフ後の世界で生きる砂漠の村の新旧対立がテーマの「パショ」など、環境問題への関心の深さをうかがえる作品が多い。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は Pump Six and Other Stories, by Paolo Bacigalupi, 2008。日本語版は2012年2月15日発行。新書版の縦二段組で本文約376頁+中原尚哉による訳者あとがき6頁。9ポイント24字×17行×2段×376頁=306,816字、400字詰め原稿用紙で約768枚。長編小説なら長め。

 翻訳物のSFとしては、比較的読みやすい部類だろう。ただ、最近のSFの流儀で、ガジェットの類はあまり詳しく説明しないので、漫画やゲームなどで、ある程度SF的なガジェットや奇妙な世界設定に慣れていないと辛いかも。別の言い方をすれば、ゲームやアニメなどの現実離れした世界設定をすんなり受け入れられる人は、あまり抵抗を感じず作品世界に入っていける。

【収録作は?】

 パオロ・バチガルピというと、化石燃料の枯渇や水資源の奪い合いなど、現代の環境問題をエスカレートさせた陰鬱な世界の中、大国や多国籍企業のエゴに支配された社会の底辺で、踏みつけにされながらもしぶとくたくましく生きる人を描く作家、という印象がある。実際そうなんだけど、私がこの作品集で一番気に入ったのは、「フルーテッド・ガールズ」。

 これ、どう考えてもポルノでしょ。しかも、美少女の百合、それも屈折しまくった想像を絶する変態プレイが展開される。実に素晴らしい。ただ、映像化したら、かえってつまんなくなるだろうなあ。

ポケットの中の法(ダルマ) / Pocketful of Dharma / 金子浩訳
 成長を続ける巨大な生物都市・成都にのみこまれつつある旧市街で、孤児ワン・ジュンは二人組みのチベット人からデータキューブを預かる。「指定の場所で指定の相手に渡せば報酬が手に入るだろう」、と。しかし相手は現れず、ワン・ジュンは黒社会の顔であるガオに話を持ちかけ…

 いきなり巨大な生物都市のヴィジョンに圧倒された。活建築、とあるが、たぶん生物工学で改造した樹木っぽい。高さ1キロ幅5キロ、河水の汚染物質まで吸収して成長を続けていく。そんな超科学的な都市と、追いはぎや恐喝も食うための手段と割り切り、しぶとく生きるワン・ジュンを対比させる。彼のねぐらが、また泣かせる。
フルーテッド・ガールズ / The FLuted Girl / 中原尚哉訳
 成り上がった領主ペラリ夫人の野心によりフルート化した少女、リディア。幼い頃、妹のニアと共にペラリ夫人にスカウトされ、スターになるべく身体を改造された。今日はデビューとなるパーティーの日。だが、リディアは束の間の孤独を味わうため、かくれんぼを楽しんでいた。

 文章から透けて見えるのは、階級社会の退廃っぷり。現代アメリカの貧富の差を皮肉ったのか、資力の差が人権にまで及んだ擬似貴族制の社会。それでも資本主義っぽい所もあって、成り上がる手段も用意されてる模様。などという真面目は話はおいて、やっぱり衝撃的なのはリディアとニアがデビューする場面。変態さん大喜び(もちろん私も)間違いなしの素敵なプレイが展開する。
砂と灰の人々 / The People of Sand and Slog / 中原尚哉訳
 セスコ社の警備を務める俺とジャークとリサ。その日、出動した彼らは、奇妙なモノを見つけた。ボロボロの、だが本物の犬だ。俺たちなら砂や泥を食って、いくらでも生きていけるし、手足が切断されたところで、暫くすれば生えて来る。ロクに食うものもないこの地で、どうやって生き延びて来たのか。ところがジャークが、とんでもない事を言い出した。「犬を飼う」、と。

 鉱山の廃石や廃水を食べ、泥をすすって、それを旨いと感じ、骨を折ってもすぐ直る体。昔の日本のアニメなら戦隊物のヒーローになるんだが、ここに出てくるのは普通の労働者である警備員。バチガルピ独特の皮肉な視点が、じわじわくる作品。
パショ / The Pasho / 金子浩訳
 砂漠の村ジャイから都市ケリに留学し、パショの資格を得て故郷に戻った青年ラフェル。母親のビアは謙遜しながらも、優秀な息子を誇らしく感じている。しかし、祖父は違った。かつて、仲間を率いケリを襲撃して英雄となった祖父ガワルは、ケリの知識がジャイの伝統を侵す事を警戒していた。

 カタストロフ後の未来が舞台だが、ジャイの村は微妙にアラブ系の雰囲気が漂う。「唾を吐く」「酒(メズ)を地面いこぼす」「魚を食べない」習慣などは、創作だろうけど、うまく雰囲気を作り上げている。舞台こそ未来だが、似たような対立は今でもあるんだろうなあ。マイク・レズニックの「空に触れた少女」(キリンヤガ収録)を思い出した。
カロリーマン / The Calorie Man / 中原尚哉訳
 「ねじまき少女」と同じ世界。ニューオリンズで古美術商を営むラルジは、動力屋のシュリーラムからヤバい仕事を請け負った。ミシシッピ河を遡り、カロリー会社のおたずね者「カロリーマン」を運ぶ仕事だ。目立たぬように小型のニードルボートを使い、小容量のゼンマイをこまめに替えながら上流に向かう。

 化石燃料が枯渇し、一度は経済が縮小した未来。新規の病気や害虫が作物を襲い、それに耐性を持つ種子は一部の企業が独占している。内燃機関に替わる主な動力はゼンマイとはずみ車で、これを巻くのはゾウを改造したメゴドント。種子会社のキッチリした管理体制と、全時代的な物理動力のミスマッチが奇妙な味わいを出す。
タマリスク・ハンター / The Tamarisk Hunter / 中原尚哉訳
 渇水に喘ぐアメリカ西部。いや水はあるんだ。ただ、カリフォルニア州が独占しているだけで。タマリスクは成長すると年間約28万リットルの水を吸い上げる。これを刈れば日当と報奨配水にありつける。ロロは巧くやってきた。こっそりタマリスクを移植し、育て、それを刈って褒賞を手に入れる。

 古くて新しい問題、水利権を扱った作品。褒賞配水というアメリカ的な制度も面白いが、それの裏をかくロロの才覚も笑える。季節が冬で、ロロが歩く山や谷に雪が残っているのが苦い。現実にも、中西部じゃ地下水の汲み上げによる地下水位の低下が問題になってるそうで。
ポップ隊 / Pop Squad / 中原尚哉訳
 俺はポップ隊で働いている。子供を産んだ女を捜し出し、子供を始末する仕事だ。なんで子供なんかを欲しがるのか。普通に生きればずっと若くいられるし、習得に時間がかかる能力も得られるのに。アリスがいい見本だ。ビオラに15年間打ち込み、テロゴを弾きこなして喝采を浴びている。なのに奴等は、ちらかし放題の不潔な部屋に住み、ぶざまに太って老いて行く…

 子供を作るか、永遠の若さと命を手に入れるか。若く子供がいない男性なら、不老不死を選ぶ人も多いかも。兄弟が多い環境で育った人は、子供を選ぶ率が高い…のかなあ。
イエローカードマン / Yellow Card Man / 金子浩訳
 これも「ねじまき少女」と同じ世界。かつてマラッカで大人と言われたチャンだが、今は財産も家族も失い、バンコクのイエローカード難民としてホームレス生活の日々の老人だ。今日は急がなきゃいけない。事務員の職が三人分、空いたというのだ。なのに、マー・ピンなんかに合っちまった。昔、羽振りが良かった頃、首にした男だ。今は着飾って…

 落ちぶれて難民となった、かつての大商人チャンが、以前冷たくあしらった部下のマーに会うという、なかなか意地の悪い出だし。それでもしたたかに生きるチャンのしぶとさを描く作品。終盤、意外なゲストが登場して、「ねじまき少女」との関連性を示唆してる。
やわらかく / Softer / 中原尚哉訳
 ジョナサン・リリーは妻と一緒に浴槽に浸かっている。問題は、妻が死んでるってことだ。いや、最初は殺すつもりはなかった、ちょっとしたはずみだったんだ。皿を洗ってないって、肘でつつくから…

 非SF。はずみとはいえ、とんでもないことをやっちまった男の、戸惑いと虚脱を描いた作品。お隣のギャビーとの会話がありがちで笑える。いるよね、こういう人。
第六ポンプ / Pump Six / 中原尚哉訳
 トラビス・アルバレスは、ニューヨークの下水施設の管理をしている。同僚も上司もトンマばかりだ。ゆうべ夜10時に第六ポンプが故障したってのに、チーは何の手当てもしてない。アッパー・ウエストサイドの下水が止まってるってのに。

 みんながおバカになっちゃってる未来のニューヨーク。街には野生の半猿半人で両性具有のトログがうろつき、あたりかまわず交尾してる。設定は未来だけど、少し前の情報系のエンジニアは、トラビス君みたいな立場でもがいた人も多いはず。

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