榊涼介「ガンパレード・マーチ 逆襲の刻 欧亜作戦」電撃文庫
「ぬほほー、求めよ、さらば与えられん……! 俺らはこれで行くっぞ。男子の本懐を見事遂げてくるがよかっ!」
【どんな本?】
2000年9月発売の SONY PlayStation 用ゲーム「高機動幻想ガンパレード・マーチ」を、榊涼介が小説化するシリーズ。2001年12月発行の短編集「5121小隊の日常」から始まり、ドッグイヤーのライトノベル界においてゲーム本体同様の根強い人気を維持し、この巻で通産25巻目(ガンパレード・オーケストラとファンブックは除く)。
ゲームの内容に準じたストーリーは「5121小隊の日常Ⅱ」で完了したが、エンディングの後を描く「山口防衛戦」でシリーズは再開し、続く九州奪還編の後、大判の「ガンパレードマーチ ファンブック ビジュアル&ノベルズ」を挟み、逆襲の刻編へと続いている。
この巻も最後に特別短編「ソックスダンクの栄光と悲惨」を収録。
【いつ出たの?分量は?読みやすい?】
2010年5月10日初版発行。文庫本縦一段組みで本文約296頁。8ポイント42字×17行×296頁=211,344字、400字詰め原稿用紙で約529枚。標準的な長編小説の分量。
文章そのものは読みやすいが、世界設定が複雑で独特である上に、登場人物も膨大なので、この巻から読み始めるのはさすがに無茶。お急ぎなら、逆襲の刻編はじめの「東京動乱」が、冒頭に前史として「いままでのあらすじ」が載っているので便利かも。余裕があれば、シリーズ最初の「5121小隊の日常」か、時系列的に最初期を描いた「episode ONE」から入るのが最善。いずれも短編集なので、味見にも向く。
または、九州奪還編までの内容が、「ファンブック」にまとまっているので、そこから入ってもいい。主要登場人物や兵器などのイラストもあるので、イメージしやすいだろう…ただ、5121小隊の面々のイラストがアレなので、ちとイメージが狂っちゃうけど。
【どんな話?】
青函トンネルの開通を目指す「天の岩戸」作戦は成功したが、疲労の極に達した5121小隊を含む芝村支隊は、大鰐温泉で一時の安らぎを得るが、幻獣は突如青森に上陸を始める。コンテナ内に潜んだデーモンの奇襲もあり、自衛軍は荒波自らローテンンシュトルムで出撃する危機となり、芝村支隊は前線へと復帰した。
東京では善行大佐の発案による欧亜作戦が大原首相の承認を得て、即刻実行に移され、善行&原・カーミラ&ハンス、そして緑子がシベリアへと飛ぶ。そこでは、シベリアの幻獣王ミハイルの庇護の下、ロシア人・イヌイート・日本人などが共存し、主に採掘した地下資源を日本に輸出しながら、凍土の大地で逞しく生きていた。そして、日本もまた、シベリアの豊富な資源に依存していたのである。
欧亜作戦は、以下四つの骨子からなる。
- 黒:青森戦線の維持および青函連絡船の回復
- 白:隠蔽されていた戦争の実態の暴露および戦争継続を目論む軍産共同体の解体
- 紫:シベリアの人類居住区を保護するミハイルとの和平締結
- 紅:軍事オプション、詳細は不明
カーミラ配下の青スキュラや海軍の艦砲射撃の支援を得た自衛軍に対し、幻獣は知性体を動員した組織的な攻撃を見せ、圧倒的な兵力で押し寄せる。そして、東京では、樺山一派がなりふり構わぬ実力行使に出始める中、会津閥の雄である山川中将は、かつての盟友である秋月との公開の論戦を承諾するのだった。
【感想は?】
ゲームのノベライズから青春群像劇、そして架空戦記から政治劇まで取り込んできたこの作品、今回は政治劇がクライマックス。となれば、スポットを浴びるのは加齢臭プンプンのオッサン・オバハン。中でも最高に盛り上がるのが、山川・秋月対談。頁数こそ少ないものの、ある意味芝村ガンパレの世界観に真っ向から挑戦状を突きつけた内容になっている。
現実の政治の世界だと、立場と主張が異なる者の対談は、大抵が揚げ足の取り合いか非難合戦になるのがオチなんで、こーゆー場面を観られるのはフィクションの世界だけってのが哀しい。いやほんと、たまには互いに誠意と敬意を保ちながらの論争ってのを見てみたい。
などと思いつつ読んでたら、ここでも大原首相の狐っぷりが凄い。元女優だけあって、マスコミの使い方を存分に心得てる。まあ民意なんて論理より感情で動いちゃうもんだよね、と山川・秋月対談をひっくり返す展開に。にしても「後は自分で考えたまえ」ってのは、試験のつもりかな。立場に相応しい意地の悪さを備えつつあるようで。
九州奪還でおぼろげに見えてきた幻獣内の勢力事情が、この巻では大きなスケールで骨格が見えてくる。ややこしいアルファ・システム・サーガを適度に取り込みつつ(などと言う私も詳しくは知らないけど)、鉄と硝煙の匂いが渦巻く榊ガンパレに馴染ませるのは難しいだろうなあ。
シベリアの幻獣の王ミハイルとの交渉には善行が赴く…のはいいが、私が理解できなかったのは原さんの意義。確かに口は達者だけど、外交交渉に出席する立場じゃないよね、なんで?と思ってたけど、この巻で疑問氷解。大原さんは、これを見抜いていたのかしらん。
前線では、シリーズ開始当初の純情な少年が見違えるようなハーレム状態を満喫している滝川。軽装甲や島さんに加え、ここでは知性体の代表ライザちゃんや青スキュラに囲まれキャッキャウフフの青春を繰り広げ、舞にまで妬まれる始末。今まで削り役でパッとしなかったけど、青スキュラを率いて戦えるのは滝川だけ。多数の空中要塞を率いて偵察から狙撃までこなす機動力と器用っぷりは、第三戦車師団に匹敵する戦力かも。
東京動乱でしぶとく生き残ったアリウス、前巻ではデーモンの奇襲や青森上陸などで静かに動き始めたのが、この巻ではついに本領を発揮する。東京動乱での暴走を伏線としつつ、これは怖い。どうでもいいけど、映画「バトルシップ」は爽快だったなあ。こんな時でさえ、己の本分を違えぬ岩田に漢を見た。やっぱり、未央ちゃんは「不潔ですっ!」が出ないとね。
特別短編「ソックスダンクの栄光と悲惨」は、タイトルでわかるようにソックスダンクこと山川道久が主役。炊き出し・生活環境の整備・物品調達など雑務をこなしつつ、一ノ瀬小隊や士官学校候補生部隊のスケジュール管理まで気を配る山川。各集団の接点となる彼には、自然に人と情報と要望が集まり、大忙し。5121小隊整備班に鍛えられ、気持ちに幅が出て、一ノ瀬の奇襲もあしらえるようになってきたが、整備班の本領はこれからだった…
なんか一ノ瀬さんのキャラが変わってきたような、それともこれが地なのか。
激戦が続く津軽、政界の大変動の地響きが聞こえる東京、大転回を予感させるシベリア、そしてついに牙をむき出すアリウス。激変の予兆を孕みつつ、物語は次巻へと続く。
【関連記事】
| 固定リンク
「書評:ライトノベル」カテゴリの記事
- 小野不由美「白銀の墟 玄の月 1~4」新潮文庫(2019.11.12)
- 森岡浩之「星界の戦旗Ⅵ 帝国の雷鳴」ハヤカワ文庫JA(2018.10.14)
- オキシタケヒコ「おそれミミズク あるいは彼岸の渡し綱」講談社タイガ(2018.08.05)
- エドワード・ケアリー「アイアマンガー三部作3 肺都」東京創元社 古屋美登里訳(2018.06.25)
- エドワード・ケアリー「アイアマンガー三部作2 穢れの町」東京創元社 古屋美登里訳(2018.06.24)
コメント