ニコラス・ディフィンツォ「うわさとデマ 口コミの科学」講談社 江口康子訳
噂のほうが速く旅をする。だが真実ほど長くとどまらない。
――ウィル・ロジャース(カウボーイ、コメディアン、コメンテーター)
【どんな本?】
口さけ女などの都市伝説、芸能人のゴシップ、そして「○○社の××には□□が使われている」など、噂話は多くの人にとって重要な情報交換手段であり、娯楽でもある。人はどんな目的で噂話をするのか、どんな状況で噂が流行るのか、どんなパターンで流布していくのか、流布しやすい噂としにくい噂の違いは何か、それはどんな効果をもたらすのか、そしてデマを打ち消す効果的な手段は。
ロチェスター工科大学心理学部教授が、古典的な論文や多くのエピソードを交えながら語る、一般向けの親しみやすい「噂」の解説書。
【いつ出たの?分量は?読みやすい?】
原書は The Watercooler Effect ; A Psychologist Explores The Extraordinary Power of Rumors, by Nicholas DiFonzo, Ph.D. , 2008。日本語版は2011年6月22日第1刷発行。単行本縦一段組みで本文約296頁、9.5ポイント43字×17行×296頁=216,376字、400字詰め原稿用紙で約541枚。標準的な長編小説の分量。
文章は親しみやすく読みやすい。副題に「科学」とあるが、数式や化学式はほとんど出てこないのでご安心を。分量も適切なので、簡単に読み通せる。ただ、米国人の読者向けに書かれているため、都市伝説やゴシップの項で日本人にはあまり馴染みのない例が出てくる程度。
【構成は?】
訳者まえがき――震災時に飛び交った噂は私たちに何をもたらしたか?
第1章 噂をするのは人の常
第2章 噂の海で泳ぐ
第3章 不明瞭であることは明瞭だ 不確実な世界を噂で理解する
第4章 噂、ゴシップ、都市伝説 似たものどうしを考察する
第5章 井戸のまわりの小さな世界 どんな噂がどこで、なぜ、広まるのか
第6章 信じる噂、信じない噂 なぜ信じたり、信じなかったりするのか?
第7章 事実は曲げられないもの 街の噂を検証する
第8章 噂の製造工場を管理する
エピローグ――より良く噂話をする
注
【感想は?】
全般的に意外性のある内容は少なくて、「なんとなくそうじゃないか」と思っていた法則や傾向が文章化され裏打ちされた、そんな内容が多い。割合にして順当7:意外3ぐらいか。だからといって意味がないわけではなく、モヤモヤした思い込みが明瞭に理論化される快感のようなモノがある。
案外とこういう事は大事で、「そんなの当たり前じゃん」を実験で検証したり明文化することで、慣性の法則や作用反作用の法則など物理学の基本原則の発見につながったりするわけです、たぶん。
冒頭で、噂を「願望の噂」「恐怖の噂」「くさびを打ち込む噂」の三種類に分類している。「願望の噂」は、「こうなるといいなあ」という願いを文章化したもので、「明日は大雪で休校らしい」とか。「恐怖の噂」は「○○工場の火災で毒ガスが流れる」みたいなの。「くさびを打ち込む噂」は意図的に政敵が流すテマで、「○○党の××には隠し子がいる」とか。
ってな感じに定義づけして分類してくと、「噂」というモヤモヤしたシロモノに太刀打ちできそうな気になってくる。
中でも流布しやすいのが、「恐怖の噂」と「くさびを打ち込む噂」。ネガティブな噂ほど、人に好まれる。その理由は幾つかあって、ひとつは親切心。職場の新人に、気難しい同僚を教えておけば、不要な摩擦は避けられる。でも、多いのは、上品とは言いがたい動機。
例えば、「事態を理解/コントロールしたい」という、人間の根源的な欲求。嘘でもいいから理論があれば、一応の行動指針ができる。ワケのわからん状況下で、噂を流す側に回れば、状況に流される側ではなく、状況をコントロールする側に回れる。
または、仲間意識の快感。大抵、悪い噂は本人の聞こえない所で交わす。秘密を共有することで、お互いの仲間意識を高める事ができる。チーム内でライバル・チームの悪い噂話をすれば、チームの結束が高まる。これを悪用すれば、人種差別や宗教差別を正当化できる。
極悪なのが、「くさびを打ち込む噂」。これの動機は明確で、要はライバルに不利益を与え、自分を有利にしたいから。または、妬ましい奴の悪い噂を流す事で、自分の立場を相対的によくすることができる。
面白いのが、集団の違いによる噂の真偽の違い。社内で流れる、社内人事などの噂は案外と確度が高くて、9割以上が事実だそうな。また、集団の性質も重要で…
「多様な考えが存在し、意見の一致を強要しない集団は、その集団のひとりよりも効果的な解決を導く。そのような状況下にあるとき、集団は、その集団でいちばん優秀な個人よりも賢い」 ――ジェームズ・スロウィッキー「『みんな』の意見は案外正しい」
逆に言うと、「異なる意見を罰する集団」は、正解を導きにくい…当事者に確かめるなどの、確認行動がとりにくいからだ(*)。
意外なエピソードでは、ニュースの価値がある。株取引をする人は業界のニュースに敏感だ。学生に株取引のシミュレーション・ゲームをやらせ、最新ニュースを与えるグループとニュースを与えないグループを比べると、ニュースを知らないグループの方が利益が多かったそうな。
などという真面目な話もいいが、下世話な興味で面白いのが、都市伝説や「恐怖の噂」のサンプル。例えば、都市伝説の一つは…
ある女性が駐車場で自分の車に乗り込み発進すると、見知らぬ男も彼の車に乗り込み彼女の後を追いかけてきた。男を巻こうとスピードを出したり脇道に入ったりしたが、しぶとく食らいついてくる。彼女の義理の弟は警官なので、義弟の家の前でホーンを鳴らし助けを呼ぶ。事情を聞いた義弟は後ろの車の男に話しかけると、男は曰く
「僕はただ、彼女の車の後部座席に不審な男が潜んでいると伝えたかったんです」
その時、彼女の車の中では…
ホラーというよりジョークだね。次のネタはお子様向けだけど、インパクトは充分。
ハイキングに行った少年が、川の水で喉を潤す。なんか固いものも一緒に飲み込んじゃったと思って川底を見ると、蛇の卵が重なっている。気にせず家に帰ったが、一年後、少年はいくら食べても痩せていく一方。病院に言って診察を受けた後、医者が彼の腹を強く押すと…
3mほどの蛇が少年の口から這い出てきた。
日本にも、膝にフジツボってパターンがあるね。もっと古典的なのは頭山という…
順当7:意外3の割合もスラスラ読める気持ちよさに貢献していて、「うわさ」という身近で誰もが興味を持つテーマもあり、「××を○○する7つの方法」みたいな記事が書きたいブロガーには、格好のネタ本だろう。
*:私の個人的見解だけど、これには例外がある。ソフトウェアや工業製品のデザインなどエンジニアリングの場合は、「多数の意見を聞いて最優秀な個人が決定する」方法がいい。社内の会議で決定する場合、大抵は最も政治力の大きい者の意見が通る。そして、政治力と設計/デザイン能力は比例しない。
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