ライク・E・スプアー「グランド・セントラル・アリーナ 上・下」ハヤカワ文庫SF 金子浩訳
敵のほうが力が上なら、戦いを超えて倒さねばならぬ
【どんな本?】
E・E・スミスのレンズマンやスカイラーク、日本のアニメやゲームのネタをギッシリ詰め込み、遠未来を舞台にしてバラエティ豊かなエイリアンが続々登場し、群雄割拠して様々なバトルを繰り広げる、やりたい放題でサービス満点のスペース・オペラ。
【いつ出たの?分量は?読みやすい?】
原書は Grand Central Arena, by Ryk E. Spoor, 2011。日本語訳は2011年7月15日初版発行。文庫本で縦一段組み、本文上巻389頁+下巻381頁に加え、訳者あとがき7頁。9ポイント41字×18行×(389頁+381頁)=568,260字、400字詰め原稿用紙で約1421枚。単発物の長編なら3冊分。
正直言って、上巻の2/3ぐらいまでは結構難渋する。舞台が遠未来の宇宙空間なんで、馴染みのない風景な上に、出てくるエイリアンもケッタイな連中が多い。情景を思い浮かべるのに苦労するのだ。おまけに欧米物の常で、同じ人物の名称が「サイモン」だったり「サンドリスン」だったり。地の文でもサイモンはファースト・ネームで出てくるのに、デュケーンはファミリー・ネームで出てくるから、ややこしい。エイエイアンも党派名フェイスだったり個人名ニャントスだったり。まあ、表紙の返しに登場人物一覧があるから、その辺はだいぶ緩和されてるけど。
【どんな話?】
2375年。AI(人工知能)が発達・普及している。新鋭の女性宇宙障害レーサー、アリアン・オースティンに、天才物理学者サイモン・サンドリスンから奇妙な依頼が入った。サイモンが開発した超高速航行の有人飛行試験に、パイロットとして参加して欲しい、というのだ。
無人機による飛行実験では、奇妙な結果となった。光速に達しなかった数機は問題ない。三機は光速を超えたが行方不明。だが、光速を超えてから戻った機体には、データが記録されていなかった。モルモットとラットを乗せた実験機は無事戻り、実験動物も無事だが、やはりデータが残っていない。
サイモンやアリアン他数人のクルーを乗せたホーリー・グレイルが光速を超えた途端、問題が起きた。AIが全て停止、ホーリー・グレイルは奇妙な空間に放り出された。
【感想は?】
まずは訳者あとがきを読もう。作者が思いっきり遊んでいるのが判る。ネタバレはしてないのでご安心を。
お話は、尻上がりに面白くなる。私が暫くSFを読んでいなかったせいもあるが、上巻の前半は少々苦労した。情景描写が重要な作品だが、主な舞台となるスフィアは、冒頭にイラストがあるので助かった。
冒頭じゃ「モノシリック炭素ケイ素接合回路」だの「サンドリスン・コイル」だのと小難しい言葉が出てくるけど、「ナニやらハッタリかましてるんだな」程度に読み飛ばしておけば充分。後半じゃもっとご都合主義的なガジェットが出てくるんで、あまし真面目に考えないように。
つまりは、一時期の週間少年ジャンプのバトル物だ、と思っていればいい。実際、そんな感じの展開になる。というのも。
名前が示すように、本作の舞台はグランド・セントラル・アリーナ。超高速航行を獲得した種族が、強制的に連れてこられる場所。AIと核融合は機能しない。数多の種族が集まり、様々な党派を結成し、駆け引きを繰り広げている。その中でも、最も華やかなのが、<挑戦>。双方が同意したルールで戦われ、勝者は敗者に妥当な要求ができる。ついでに、当然、挑戦に勝った種族や党派はアリーナ内での地位が上がり、負ければ下がる。
ってんで、実際に人類が挑戦に関わり出すあたりからが、この作品の真骨頂。ところがこの挑戦ばかりか、アリーナ内のルールが新参者の人類にはよくわからない。ってんで、実際の戦いのほかにも、ルールを巡る駆け引きも、この作品の面白さのひとつ。この辺は、初期の「HUNTER×HUNTER」に似てるかも。
アリーナのルールについて色々と教えてくれる奴もいるのだが、それぞれに利害がある。ってんで、複数の種族・党派に関わりつつ話を聞くが、人類は注目を集めているらしく、友好的な連中でも「俺の党派に入れよ、そしたらもっと教えてやるからさ」みたいな態度。情報はタダじゃない。
ばかりでなく、やたらと好戦的な奴もいて。新参者の人類は「いいカモ」と見られているのか、わざと因縁をつけてくる奴もいれば、敵だか味方だかわからない、でも圧倒的な力を持ってることだけは否応なしに伝わってくる、H×Hならヒソカみたいな奴もいる。
この記事の冒頭の引用で判るように、作者が遊びまくってるのが、この作品のもう一つの特徴。アリーナ自体が天下一武闘会だよなあ…などと思ってたら、モロに悟空は出てくるわ如意棒が飛び出すわで大笑い。冒頭で出てくる「カンザキ」の元ネタがエスカフローネの「神埼ひとみ」って、エスカフローネって、意外とアメリカじゃ人気あるのね。おまけに主要人物のサイモンが日本と北欧のハーフで、時折日本語が飛び出してくる。
ゲームに入れあげてる作者らしく、バトル・シーンでもゲームの影響がたっぷり。武闘派じゃリーダーのデュケーンは勿論、あんまし慣れてない筈のカールも、ゲームで鍛えた腕でデュケーンをサポートしたりする。かと思えばアリーナのルールが、これまたヲタク志向をよくわかってて…
「…レプリケーターによって複製されたまったくおなじ品物よりも、手作業でつくりあげた彫刻や自然な世界で育成した食物のほうが重要ななにかを含んでいると考えるんだ」
これを「オリジナルに霊性を認めるというのはコレクターの思考回路だ」などと一発で理解しちゃうサイモン君も、相当にわかってらっしゃる。
お話も後半に入ってくると、各登場人物の性格もだいぶ掴めてきた上に、相手の本来の動機も見えてきて、それこそ週間少年ジャンプばりに熱い展開が出てくるからゾクゾクする。
「…自由でなければ生き残ったことにならないんだ。わたしは自分が望むことをやる。なぜなら、それがわたしの望みだからだ」
当然ながら、クライマックスもアリーナで強敵相手のバトル・シーンとなる。絶望的なまでの実力差、たったひとつの突破点のために用意した全ての武器・防具を無効化され、追い詰められ蹂躙される人類。
アリーナの設定は相当に恣意的というかご都合主義だし、異星人の性質の秘密もアレだけど、その辺を「面白けりゃいいじゃん」と頭を空にして割り切れれば、濃ゆい人ほど楽しめる困った設計。深く考えず、熱い展開に乗って楽しもう。
【関連記事】
| 固定リンク
「書評:SF:海外」カテゴリの記事
- エイドリアン・チャイコフスキー「時の子供たち 上・下」竹書房文庫 内田昌之訳(2022.04.25)
- ピーター・ワッツ「6600万年の革命」創元SF文庫 嶋田洋一訳(2022.04.13)
- アフマド・サアダーウィー「バグダードのフランケンシュタイン」集英社 柳谷あゆみ訳(2022.02.16)
- 陳楸帆「荒潮」新☆ハヤカワSFシリーズ 中原尚哉他訳(2021.10.21)
- ザック・ジョーダン「最終人類 上・下」ハヤカワ文庫SF 中原尚哉訳(2021.09.27)
コメント