ロバート・B・チャルディーニ他「影響力の武器 実践編」誠信書房 安藤清志監訳 高橋紹子訳
あなたが誰かの態度や行動に影響を与え、お互いが有益な結果が得られるほうへ導く場合、その方法の根底では心理作用が働いています。その部分について理解を深めることこそ、本書の主なねらいと言えるでしょう。また、あなたの意思決定を左右しかねない、巧妙な、あるいはあからさまな影響力を防ぐ方法も取り上げていきます。
【どんな本?】
人に郵便でアンケートをお願いする時、最も効果的な方法は何か。より売り上げを伸ばすキャッチフレーズの秘訣は? 苦手と思っている相手に、何かを頼むにはどうすればいいか。チームを率いる者が、適切な判断を下すために気をつけるべき事は? 商品ラインナップを決定する際に、何を考えるべきか。多くのケーススタディから、人を動かす秘訣と、その原理を説き明かし、同時にトラブルを避ける方法を伝授する。
【いつ出たの?分量は?読みやすい?】
原書は YES! 50 SECRETS FROM THE SCIENCE OF PERSUASION, by Noah J. Goldsein PhD, Steve J. Martin and Robert B. Cialdini PhD, 2007。日本語版の書名は「影響力の武器 実践編 『イエス!』を引き出す50の秘訣」。2009年6月8日第一刷発行。ハードカバー縦一段組みで本文約250頁。9ポイント45字×17行×250頁=191,250字、400字詰め原稿用紙で約479枚。
文章はこなれていて読みやすい。また、本文も、50編の独立した短いコラムが続く形なので、気になった所だけを拾い読みできる。実際に読み始めると、面白くて結局は全部読み通しちゃうんだけど。基本的に前著「影響力の武器」の続編なので、できれば前著を先に読んでおこう。
【構成は?】
はじめに
(50編のコラム)
21世紀における影響力
倫理的な影響力
影響力の実例
謝辞/監訳者あとがき/インフルエンス・アット・ワーク/参考文献・覚え書き
「21世紀における影響力」は、電子メールやwebサイトなどインターネットが絡む人間関係の話題。短い章だが、示唆に富んでいる。「影響力の実例」は、いわゆる「読者からのお便り」。
【感想は?】
「影響力の武器」に続く、ビジネス書の名著。落ち着いて考えてみると、実は「ちょっとした事」しか書いていない。お願いする時に一言付け加える、キャッチコピーを少し工夫する、人と話をする際の動作など。これは同時に、今すぐにでも始められる事ばかりで、とても実用的な本だ。「実践編」という日本語タイトルは、この本に相応しい巧みな超訳で、訳者が充分にこの本の精神を理解している証だろう。
本書の主題は、「人にお願いする時、どうすればお願いを聞き入れてもらえるか」。セールスマンが物を売りたい時、政敵を寝返らせたい時、業務成績が思わしくない際に株主を納得させる報告書、トラブル発生時に顧客を宥めるアナウンス、子供に決まりを守らせる上手な方法、アンケートの回収率を上げる一言…。
こういったこまごまとした事柄を、単に事例を紹介するだけでなく、その奥にある原理を明らかにする、といった形式は、多くのビジネス書に共通したフォーマットだろう…あんましビジネス書って読んだ事ないけど。ただ、凡百のビジネス書と本書との違いは、三つある。
ひとつは、原理が六つの普遍的原理(返報性/権威/コミットメントと一貫性/希少性/好意/社会的証明)に整理されている点。これは、前著「影響力の武器」で綺麗に整理・分析している。理論的・原理的な部分に興味がある人は、前著の方が楽しめるだろう。
二つ目は、個々の例について、他の形で実験や統計を集め、数値的な裏づけを取っている点。単に実例を挙げるだけなら、オカルト本がよく使う手口なので、感情的に訴えはするが、理性的に考えると説得力に欠ける。統計的な裏づけが、この本の迫力を増している。
最後は、末尾に近い「21世紀における影響力」。ここでは、電子メールで話し合いをする際の注意点・何かを頼む際の工夫・顧客に好印象を与えるwebサイト、そして米国・ドイツ・スペイン・中国のお国柄の違いを紹介している。これが結構想像通りなのが楽しい。
各コラムの見出しも気が利いてる。例えば、「選択肢が多すぎると買う気が失せる」。まさしく、その通りの事が書いてある。高級スーパーでジャムの試食コーナーを設けた際、片方には6種類、もう一方には24種類のジャムを展示したら、24種類の方は客の3%が買い、6個の方は30%が買った。なぜか。客は、選ぶのが面倒くさくなったのだ、と分析している。あなた、心あたりありませんか?私はあります。
今風で興味をひくのが、eBay(日本ならYahoo!オークション)の開始価格と落札価格の関係。なんと、開始価格が低い方が落札価格が高くなる傾向があるとか。この原因は三つ。入札者が多くなる、入札者が多いと人気商品だと思われ更に人が集まる、最後に一度入札した人が意地になる。最後の点は耳が痛い。
先に読んだ「ベスト&ブライテスト」では、ケネディとジョンソンの会議の違いが書かれていた。ケネディは闊達な議論を促し自分は意見を述べず、最後に自分の決定を伝える。ジョンソンは最初から自分の案に賛成するよう根回しし、全員賛同に持っていく。優れているのはケネディ方式だ、と著者は主張している。チーム内では意見交換を活発にし、決定はリーダーが下せ、と。どういえば戦国時代の武将も、そんなスタイルが多かったような。
「おー、あるある」が多いのも、この本の特徴。コンピュータ等のトラブルでサービスが停止する際、「それに輪をかけて腹が立つのは、遅れの原因に関する情報を教えてもらえないときです」。電車が遅れた時は、いつも感じるよねえ。次のコラムでは、「アンケートをお願いする際は受取人と似た名前の差出人を使え」とアドバイスしてる。誕生日が同じだったり、名前が同じだったりすると、親近感を感じるでしょ。
ちょっと慨視感をあじわったのが、SARS騒ぎに絡めて、「感情が高まると人は物事の数が多いか少ないかは無頓着になる一方、単純にそれがあるかないかに注意を向けるようになる」という話。「選挙の経済学」にも同じような話が出てきた。
他にも、セミナーの出席率を上げる方法、高齢者に売り込む際の工夫など、ビジネスに役立つアイデアの他、日常でも使えるヒントがいっぱい。例えば、商品名のつけ方などは、ブログのタイトルを考える際にも応用できそう。とはいっても、このブログのタイトルは今更変えるわけにはいかないんだけど。
【関連記事】
| 固定リンク
「書評:ノンフィクション」カテゴリの記事
- アダム・オルター「僕らはそれに抵抗できない 『依存症ビジネス』のつくられかた」ダイヤモンド社 上原裕美子訳(2025.09.26)
- ジョシュア・グリーン「モラル・トライブス 共存の道徳哲学へ 上・下」岩波書店 竹田円訳(2025.08.05)
- クロード・スティール「ステレオタイプの科学 『社会の刷り込み』は成果にどう影響し、わたしたちは何ができるのか」英治出版 藤原朝子訳(2025.07.27)
- キャス・サンスティーン「同調圧力 デモクラシーの社会心理学」白水社 永井大輔・高山裕二訳(2025.06.27)
- 石川浩司「『たま』という船に乗っていた」ぴあ(2025.05.28)


コメント