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2012年5月21日 (月)

デイビッド・ハルバースタム「ベスト&ブライテスト 3 アメリカが目覚めた日」サイマル出版会 浅野輔訳

「ところで、あなた方アメリカ人は、いつまで戦うつもりですか?あと一年ですか。二年ですか。三年? 五年? 10年? あるいは20年ですか?いつまでも、われわれは喜んでお相手しますよ」

【どんな本?】

 アメリカ最高の人材を集め叡智に満ちたはずのケネディ政権は、しかしいつまでもベトナムに足を取られる、どころか深みにはまりつつあった。カタをつける方法が見つけられないまま、現地政府はクーデターで転覆。その直後、リーダーシップ溢れるケネディがダラスで暗殺される。事実上の無職から一転、大統領に就任したリンドン・ジョンソンだが、やはり打開策は見つからない。

 現地の米軍は北爆を熱望するが、それはアメリカを更なる深みへと引きずり込み、選択の余地を奪う。効果の薄い北爆は地上軍増援の要求を呼び、米軍の被害はより強力な報復を求める。窮地に立つジョンソンは凶報に耳を閉ざし、ハト派は中枢から締め出される。

 アメリカはなぜベトナムの泥沼にはまってしまったのか。50年代には賢明にも避けえた問題を、なぜ60年代には避けられなかったのか。ベトナム戦争に記者として随行した著者による、アメリカ政界の問題点をえぐる、ピュリッツアー賞受賞の政治ドキュメンタリー。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は The Best and the Brightest, by David Halberstam, 1969。今は朝日文庫から出ている三分冊の文庫本と、二玄社から出ている三分冊の単行本がある。私が読んだのはサイマル出版会のソフトカバーで1983年6月の新版。縦一段組みで約320頁+著者ノート9頁+参考文献6頁。9ポイント45字×19行×320頁=273,600字、400字詰め原稿用紙で約684枚。長編小説ならやや長め。

 正直、今の翻訳物の基準で評価すると、あまり読みやすい文章じゃない。また、アメリカ人を読者に想定して1969年に出版された本であるため、アメリカの大きな事件や、肝心のベトナム戦争の大きな節目、例えばテト攻勢などは、「これぐらいみんな知ってるよね」という前提で書かれているので、あっさり流されているため、当時を知らない若い読者は誤解しかねない。出来れば Wikipedia などで多少の予習をしておいた方が吉。→ベトナム戦争、→テト攻勢

【構成は?】

20 偉大さに憑かれた大統領
21 ペンタゴンの戦争ゲーム
22 ジョンソンの内なる戦い
23 泥沼に築かれる記念碑
24 汚い戦争と将軍たち
25 真実を知らされない国民
26 クレディビリティ・ギャップ
27 戦争とインフレと健全な社会
28 歴史の流れに逆らった人たち
29 出口のないトンネル
 著者ノート/参考文献

 基本的に時系列。前巻までで歴史的経緯や人物紹介はほぼ済んでいるので、あまり時系列の混乱はない。この巻で扱うのは1964年から1969年のニクソン大統領誕生まで。しかしベトナム戦争はまだまだ続く。

【感想は?】

 冒頭はリンドン・ジョンソンの人物紹介。これが酷い。洗練された東部エスタブリッシュメントに囲まれた南部の田舎者、という劣等感がぬぐいきれず、敢えて粗野な言動を繰り返す。腰抜けと思われるのが嫌いで、実はマザコンな上に対決は好まず、合意形成を重要視する。報道担当官のジョージ・リーディ曰く「議院内閣制なら優れた首相になっただろう」。

 軍が求める北爆は様々な形で無効である由が明らかとなる。ひとつは「戦争ゲーム」(たぶん机上演習)、もうひとつは二大戦中のドイツ爆撃。工業国ドイツでさえ「戦闘意欲を高揚させ、工業生産を増大させたに過ぎない」のに、農業国のベトナムにどんな効果があるのか。おまけに、フランスのドゴールまで「やめとけ」と釘を刺す始末。

 にも関わらず、北ベトナム軍の挑発に乗って北爆決定。当初は空海軍だけの派遣だと思ってたのが、「空軍基地の安全を維持するため」として海兵隊二個大隊の派遣が決まり、以後次第に規模が大きくなっていく。

 ところが肝心の米軍は「ベトコンと友好的なベトナム人農夫」の区別すらできない。「クリスマスには帰れる」はずが、ズルズルと大規模化・長期化し、面子にかけても引き返せなくなる。それも当然で。

人口二億の巨大国家が千七百万のアジアの小国を相手に限定戦争を行ったといわれているが、これは誤りである。問題の本質は、アメリカと違い、相手は全面戦争を戦っていたというところにあった。

 追い詰められたジョンソンは凶報を締め出し、イエスマンだけで周囲を固める。議会とマスコミには虚偽を流し、事実は中枢だけにとどめる。これは元々サイゴンの軍もそうだったのが、次第にワシントンも同じ病に冒されていく。北爆のエスカレートはソ連の支援を呼び、北ベトナムは被害どころか黒字決算。

 そして転換点のテト攻勢。今まで農村に出没していた北ベトナム軍が都市部に進出、ついにアメリカ市民の前に姿を現す。北ベトナムから見ると軍事的には失敗だが、アメリカ国内に厭戦気分が広がり、政略的には大きな成功をもたらし、ジョンソンの再選は阻まれる。

 アメリカの傲慢の物語とも言えるが、それ以前に。そもそも、アメリカは何を実現したかったんだろうか。掛け声は「共産主義者の浸透を許すな」だろうけど、じゃあ、具体的にはどういう解決が希望だったのか。どんなベトナムになって欲しかったのか。

 北爆の是非が議題になるんだから、北ベトナムを潰す気はなかったんだろう。では、南ベトナムを軍事的に防衛する事だけが目的、つまりはベトナムの傭兵で、ベトナムの社会はいじる気がなかったんだろうか。それとも、米軍が来ればベトナム人は諸手を挙げて歓迎し、何の問題もなく占領できると思っていたんだろうか…二次大戦後の日本のように。

 戦争ってのは、まず政策目的があって、それを実現するためにするはず。ところが、本書を読む限り、政策面での目的は「共産主義を防げ」だけで、具体的な目標が全く出てこない。「奴らにガツンと一発食らわせてやる」ってだけで、どんなベトナムを実現したいのか、当時のケネディ政権・ジョンソン政権は何も考えてなかったんじゃなかろか。

 だとすると、ブッシュJrのイラクよりタチが悪い。少なくともブッシュJrは、戦争後のイラクについて、一応は考えていた。イラク人は米軍を喜んで迎え、素直に米軍指導の下で復興の道を歩むだろう、と。まあ、とんでもない勘違いだったけど。

 と、いうのも。マクナマラが気になるんだ。この本を読む限り、彼はやっぱり善良で賢い人に思える。でも、結果は酷いものだった。じゃ、何を間違ったのか。設問を間違ったんだ、と思う。彼は「アメリカが勝つ」事を考えた。でも、本当に考えるべきは、「アメリカの利益」だったんじゃなかろか、と。

 経営者として彼は優秀だった。経営者の使命は明確だ。企業に利益をもたらすこと。でも、政治家は違う。彼のポストは国防長官。平時なら軍事費削減で優れた結果を出しただろう。でも、戦時下の仕事は「アメリカを勝たせる」事。だから、勝利に必要なお膳立てを整えようとした…肝心の「勝利条件」を設定するのを忘れて。

 だが、「アメリカの利益」を課題として提示したら、どうなっただろう。ベトナム国家の経営者として、自ら幾つかの目標を設定し、それを達成するための初期費用(戦力)と期間、維持するための運用費(戦力)を見事に算出したんじゃなかろか。そういう数字が出てくれば、投資(開戦)する価値の是非を、冷静に議論できたんじゃないか。まあ、これもまた、他国に土足で踏み込み勝手に経営しましょうなどという、とても傲慢な話ではあるけど。

 戦争ってのは、始めるのは簡単でも、終わらせるのは難しい。では開戦を防ぐにはどうすればいいか。報道の自由を含む情報の公開、軍の統制、綿密な現地情報の入手と分析、勝利条件の明確な設定、常に交渉の余地を残すこと、相手の立場で考えること…。人により得る教訓は違う、というか、とても多くの教訓を含む本だった。とてもじゃないが一週間程度で消化できるシロモノじゃない。

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