ボビー・ヘンダーソン「反★進化論講座 空飛ぶスパゲッティ・モンスターの福音書」築地書館 片岡夏実訳
免責事項
パスタファリズムは、実証的証拠に基づく唯一の宗教であるが、同時に、本書は信仰を基礎とする本であることに留意されたい。注意深い読者は、本文の至るところで欠陥や矛盾に気がつくだろう。あからさまな嘘や誇張も見つかるかもしれない。それらは読者の信仰を試すために配置されたものである。
【どんな本?】
多くの新興宗教の中で、近年最も急成長を遂げ注目を集めているのは、スパモンこと空飛ぶスパゲッティ・モンスター教(FSM, Flying Spaghetti Monster)であろう。主にインターネットを介して活発な布教活動を行い、北米を中心に全世界で一千万人の信者を擁しているといわれる(主催者発表)。
本書は、スパモンの中心人物である預言者ボビー・ヘンダーソンが記す、スパモン教の教義であり、その実証的根拠を示した経典であり、布教活動の実践的なマニュアルである。
【いつ出たの?分量は?読みやすい?】
原書は The Gospel of the Flying Spaghetti Monster, By Bobby Henderson, 2006。日本語版は2006年12月4日初版発行。ソフトカバー横一段組みで本文約167頁。9.5ポイント32字×30行×167頁=160,320字、400字詰め原稿用紙で約401枚だが、写真や図版が多いので実質的な文字量はその7~8割。
お堅い宗教書のはずだが、どうも原書は現代英語の俗語口調らしく、一部の O'Reilly の本のように妙にくだけてユーモラスな雰囲気だ。著者は預言者という肩書きに似合わず米国TVのコメディ番組やバラエティ番組に詳しいようで、有名な司会者や出演者の名前が頻発する。が、心配ご無用。ちゃんと訳者が注釈をつけている。
【構成は?】
訳者まえがき/謝辞/免責事項/読者のみなさんへ
科学の誤算
パスタファリズムの解説
布教活動
ボビー・ヘンダーソンと仲間たちから最後のメッセージ/訳者あとがき
ボビー・ヘンダーソン著とあるが、実際は多数の著者が多くの文章を寄稿している。こういう本は荘厳な雰囲気が重要だ。訳者もそこを充分に承知しているらしく、訳者紹介の最後の一行まで周到な配慮がなされている。
【感想は?】
これは魅力的な教義だ。スパゲッティと言うから蕎麦やうどんはダメなのかと思ったら、どうやら構わないらしい。ただ、スパゲッティを一時間も茹でるのは、少々茹ですぎな気もする。私は麺類はコシが強い方が好きなのだ。特にきしめん。関西風の琥珀色にきらめくタレの中で泳ぐ麺が、口の中で暴れる感覚は法悦の域に達している。
祈りの言葉は「ラーメン」。著者はアジアの麺類に詳しいらしく、中国のチャーメン・タイのパドタイ麺、そして日本のラーメンを挙げている。ラーメンに至っては、イスラム教のラマダーンに該当するラーメンダンに於いて重要な役割を果たす。というか、USAでも袋入り即席ラーメンは簡単に手に入るんだなあ。
教義そのものはシンプルだ。空飛ぶスパゲッティ・モンスターが世界を創造し、生物の進化を制御した、というもの。インテリジェント・デザインに比べると論理的であり(いや私はインテリジェント・デザインの細かい話は知らないけど)、例えば古代人が現代人より背が低い理由もわかりやすく明確に示している。
お堅い福音書でありながら、多くの図表やイラストを掲載し、飽きっぽい読者の便宜を図っている点も高く評価したい…少々スパモンの絵は芸術性に欠けるが。先の古代人の背が低い理由も、一見で理解できるイラストがついている。そう、人口が増えると背が高くなるのだ!
この本は、公平な本でもある。スパモンとは異なる意見を持つ人の文章も、わけ隔てなく収録している。これは宗教書として画期的な編成といえよう。この文章によると、預言者ボビー・ヘンダーソンは独裁者の座を狙う共産主義者であり、遺体安置所で寝る者である。もっと重要な示唆もある。進化論の有名な支持者はダーウィン,アインシュタイン,スティーヴン・ジェイ・グールドなどの科学者だが、彼らは公の場で進化論を主張しない。これは重要な指摘だ。
進化論への批判も痛烈だ。スパモン教は主張する。ヒトの祖先が海賊である、と。これは、ヒトの祖先がサルである、と主張する進化論より、遥かに直感的に受け入れやすい。ばかりでなく、キチンと科学的な理由も挙げている。そう、DNA解析である。なんと説得力に富むことか。
なぜ海賊なのか。これについては色々あるが、とりあえず海賊の減少と温暖化の関連を示したグラフが印象深い。特にグラフの右端で折れ線グラフの線が急激に上昇しているのが気がかりである。せめてハロウィンには海賊に扮して子供にキャンディーを配るべきではないだろうか。そしてハロウィンの海賊が姿を消すと、気温は下がる。海賊は気候に大きな影響を与えるのである。
なんといっても、スパモン教は手法が斬新である。「まず結論をはっきりと定め、次にそれを裏付ける証拠を集める」。画期的な方法と言えよう。どうにも都合の悪い文書は、誤訳か誤植、または暗号であり元の言葉がすりかえられた、とすればよい。実に便利だ。
布教活動のマニュアルも実践的である。例えば子供を勧誘するには海賊の話をせよ、とある。この手法は、特に某ゴム人間が人気を博している日本に於いて絶大なる効果を発揮するであろう。今後、日本でスパモン教が急成長を遂げるであろう事は確実である。
モルモン教徒には戸別訪問せよ、とある。日本ではエホバの証人が戸別訪問に熱心だ。彼らは訪問者を暖かく迎えるであろう、たとえ朝の五時であっても。なんたって、彼ら自身が戸別訪問を盛んにしているのだから、我々が訪ねた時も歓迎してくれるはずである。
…ということで、私も暫くスパモンを試してみようかしらん。大丈夫、30日間のクーリング・オフが設定されてるから。
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