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2012年4月24日 (火)

ダグ・スタントン「ホース・ソルジャー 米特殊騎馬隊、アフガニスタンの死闘」早川書房 伏見威蕃訳

 地形を偵察するうちに、ネルソンはターリバーン軍の戦車数台を見つけた。ロシア製のT-62が、塹壕の向うの斜面にとまっている。主砲は55口径115ミリで、発射速度は一分あたり五発ないし七発、有効射程は1500メートル。荒れた地面でも40トン近くある巨体が時速35kmで走行し、最高路上速度は時速50kmにのぼる。馬に乗って攻撃する兵士たちにとってはすこぶる手ごわい敵だ。

【どんな本?】

 2001年。アハメド・シャー・マスードの暗殺、そして9.11の悲劇。ブッシュ政権はアフガニスタンへの派兵を決意する。迅速な対応を求める政府に対し、軍とCIAは時間のかかる正規軍の大量派遣に変え、少数の特殊部隊の派兵で応える。

 空爆には、効果的な目標を見極め、誤爆を防ぎ、効果を確認するため、現地に地上部隊が必要だ。20数人の陸軍特殊部隊が、数人のCIAと共に秘密裏にアフガニスタンへ侵入し、北部同盟のドスタム,モハケク,ヌールと同行し、ターリバーンととの死闘に突入した。

 映画などで脚光を浴びるデルタフォースや海軍のSEALと異なり謎に包まれた陸軍特殊部隊の実情、我々には今ひとつピンとこないアフガニスタンの政治・社会・庶民生活の事情、そして誤爆発生のメカニズムなど、興味深い情報を盛り沢山に詰め込みつつ、波乱万丈の冒険物語が展開する興奮に満ちた一冊。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は Horse Soldires, The Extraordinary Story of a Band of U.S.Soldiers Who Rode to Victory in Afghanistan, by Doug Stanton, 2009。日本語版は2010年4月15日初版発行。ハードカバー縦一段組みで本文約456頁+訳者あとがき5頁。9ポイント45字×21行×456頁=430,920字、400字詰め原稿用紙で約1,074枚、長編小説なら2冊分ぐらい。

 戦記物としては相当に読みやすい部類。内容が抜群に面白いんで、それに評価が引きずられている点があるのは認める。敢えて言えば、タリバンがターリバーンだったりカブールがカーブルだったり、現地の言葉が馴染みのない表記になってる事。多分、現地の発音により近い表記を採用したんだろう。

【構成は?】

 プロローグ 蜂起
第一部 出征
第二部 騎馬隊、進め
第三部 危険近接
第四部 マザーリシャリーフの門
第五部 奇襲
 エピローグ
  訳者あとがき/参考文献

 基本的に時系列に沿って話が進む。冒頭にモノクロ写真の頁が8頁あって、読了後に眺めると、読む前と違った印象になる。

【感想は?】

 ハリウッドの大作映画の原作と言っても通るぐらいの面白さ。特殊部隊がアフガニスタンに入る前は少々モタつくものの、現地入りしてからは驚きと急展開の連続で、尻上がりに面白くなる。特に最後の第五章は、娯楽映画のお約束みたく圧倒的な迫力で劇的なお話が繰り広げられる。

 著者の姿勢は完全に特殊部隊万歳で、ターリバーンは徹底した悪役。とはいえUSAでもブッシュ政権にはやや批判的で、エピローグでブレマーのイラク統治の失敗を強烈にあげつらっている。

 やはり面白くなるのは部隊がアフガニスタンに入ってから。わかりにくい北部同盟の内情が、指導者たちの描写を通して充分に伝わってくる。

 ハザラ人を率いるムハンマド・モハケクはシーア派のハザラ人を率い、信仰心厚く謹厳実直な反面、腹を割った話はしにくい。ファヒム・カーンとその部下ウスタド・ヌールはマスード亡き後タジク人を率い北部同盟をまとめてきた。そして、最も存在感の大きいのが、ウズベク人を率いるドスタム

 宗教的には柔軟でウォッカを好む。明るく社交的で駆け引きに長け、腹の底は読ませない。。政治的な感覚に優れ、かつてはマザーリシャリーフで航空会社やテレビ局を経営していた。外交的な解決を好むが、戦闘のここ一番と言う状況では先陣を切る度胸もある。日本人だと、呆ける前の豊臣秀吉が近いかも。

 彼の口から語られる、ターリバーンの内情も、興味深い。曰く、ターリバーン内には二種類の兵がいる。ひとつはアフガニスタン人で、無理矢理徴兵され強制されて戦わされている。劣勢になり投降を呼びかければ、あっさり投降、どころか時にはこっちに寝返って兵に加わる。

 もうひとつが厄介。パキスタン・中国(ウイグル族)・アラブなどから駆けつけた義勇兵で、死ぬまで戦う。ムスリムは体に触れられるのを嫌うので、捕虜にしても厳しいボディチェックができない。投降しても隠し持った手榴弾などで、自爆テロを狙うため、油断できない。…ならボディチェックしろよ、と言いたいんだが、イスラムは尊重せにゃならん。うーん。

 まあ、実際には、これに加えてヘクマティアルを代表とするパシュトゥンの軍閥がターリバーンと手を組んでるんだが、この本じゃヘクマティアルは出てこない。

 さて、米政府。派兵は決めたものの、アフガニスタンの資料はお寒い限り。ってんで、部隊員は観光案内やwebで現地情報を集め、近所の登山用品店で商品を買い占める。GPSに至ってはメーカーに直接電話して「御社のGPSを全て買うので押さえてください」。彼らが輸送ヘリのチヌークで現地入りする場面も、ニワカ軍オタには面白いエピソード満載なんだが、書き始めるとキリがない。

 なんとか現地入りした面々、ドスタムに同行するのはいいが、いきなり馬で移動する羽目になる…が、誰も乗馬経験はない。郷に入れば郷に従えで、現地の流儀に合わせ溶け込もうとする特殊部隊の面々。

 冒頭の引用は、ドスタム軍が戦車を擁するターリバーンに向かい騎馬突撃する場面。ターリバーン軍はT-62やBMP歩兵戦闘車に加え、自走高射砲ZSU-23-4を水平撃ちしてくる。二次大戦の独軍の88mm砲と同じ使い方。この際のドスタム軍の戦術が、これまた鮮やか。

 F-18などの援軍と米軍の補給支援もありマザーリシャリーフ入城を果した後の描写は、先に読んだ「ノルマンディー上陸作戦1994」のパリ入城場面とダブる。文化的にはインドに近い模様で、映画はボリウッド、音楽もインディア・ポップ。

「民間ラジオ局がその日の午前三時から音楽を流し始めていた。きのうまでは音曲のような娯楽を提供するものは投獄されていたのだ」
「床屋は木の椅子を通りに出し、ターリバーンに要求されていた顎鬚を早く剃り落としたい男たちが列を成していた」

 昔のアメリカじゃ長髪が反体制の象徴だけど、あっちじゃ髭なしが反体制。

 略奪に遭う補給物資、馬に乗って衛星電話やウォーキー・トーキーを使いこなすアフガニスタン軍、夜間の高地で苦闘するヘリ、抜け目ないマスコミ、アメリカに憧れる現地の青年など、群像劇としても読み所はたっぷりで、下手な小説は軽々と凌ぐドラマチックな展開。登場人物が多く読み応えはあるが、面白さも抜群。前1/3ぐらいは少しタルいけど、後に行くほど面白さは加速するんで、我慢して読み進めていただきたい。

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