アントニー・ビーヴァー「ノルマンディ上陸作戦1944 上」白水社 平賀秀明訳
「自分の右を、次に左を見てみろ。ノルマンディーの最初の一週間が終わったあと、残っているのはおまえただ一人だ」
【どんな本?】
1944年6月6日。第二次世界大戦における西部戦線の大転換点であり、同時に史上最大規模の強襲揚陸作戦でもある、ノルマンディー上陸作戦。元英国陸軍士官でもある著者が、作戦前夜からパリ開放までの約三ヶ月間を、主に前線で戦う連合軍の陸軍将兵を中心に、ドイツ側の対応や地元のフランス民間人のエピソードも交え描く、大作ノンフィクション。
【いつ出たの?分量は?読みやすい?】
原書は D-DAY The Battle for Normandy, by Antony Beever, 2009。日本語版は2011年8月10日発行。ハードカバー上下巻で縦一段組み本文約508頁+448頁に加え、訳者あとがき5頁。9ポイント46字×20行×(508頁+448頁)=879,520字、400字詰め原稿用紙で約2199枚。長編小説なら4冊分の大ボリューム。
アントニー・ビーヴァーの作品は「スペイン内戦」で相当に難渋したんで、ある程度の覚悟はしていたんだが、拍子抜けするほど読みやすかった。これは訳者の差だろう。平賀氏は相当に「素人向けの読みやすさ」を重視している模様。とはいえ、一般にこういう広範囲の戦線を扱う戦争物は、登場人物も多く話題も多岐に渡る。また、戦場地図も豊富に掲載しており、アチコチで地図を参照しながら読み進む形になるので、相応の時間と心構え、そして複数の栞が必要。
【構成は?】
上巻
用語解説/凡例
第1章 決断
第2章 「ロレーヌ十字」を身に帯びて
第3章 イギリス海峡に目を光らせる
第4章 侵攻地域を封鎖せよ
第5章 深夜の空挺作戦
第6章 大艦隊が海を渡る
第7章 「オマハ・ビーチ」
第8章 「ユタ・ビーチ」と空挺部隊
第9章 「ゴールド・ビーチ」と「ジュノー・ビーチ」
第10章 「ソード・ビーチ」
第11章 海岸堡をかためる
第12章 カーン占領にしくじる
第13章 ヴィレル=ボカージュ
第14章 コタンタン半島のアメリカ軍
第15章 「エプソム作戦」
第16章 "ボカージュ"の戦い
第17章 カーンと「ゴルゴダの丘」
下巻
用語解説/凡例
第18章 サン=ロー攻略へ
第19章 「グッドウッド作戦」
第20章 ヒトラー暗殺計画
第21章 「コブラ作戦――戦線突破」
第22章 「コブラ作戦――戦線崩壊」
第23章 ブルターニュ遠征と「ブルーコート作戦」
第24章 モルタン反攻 ドイツ名「リュティヒ作戦」
第25章 「トータライズ作戦」
第26章 金槌と金床
第27章 「ファレーズ攻囲網」――殺戮の戦場
第28章 「パリ蜂起」とセーヌ川一番乗り
第29章 「パリ開放」
第30章 その後のこと
謝辞/訳者あとがき
口絵写真説明と地図一覧/主要参考文献/主要国の部隊名索引/人名索引
基本的に話は時系列順。上巻は作戦直前の1944年6月2日から7月上旬まで、下巻はパリ解放後の8月末まで。
【感想は?】
今のところ上巻しか読み終えていないけど、とりあえずの印象を。
英国陸軍出身者の著作ではあるが、決して身びいきはしていない。むしろ連合軍、特に英国陸軍の作戦や体質の問題点を厳しく指摘している。とはいえ、単に糾弾するだけではなく、「比べて米軍では…」とか「ドイツ軍は…」などと対比して、「巧くやる方法もあるよ」と前向きな話もしているのが特徴。
同じテーマを扱った作品では、コーネリアス・ライアンの傑作「史上最大の作戦」がある。ライアンの著作は上陸作戦だけで終わっているのに対し、こちらはパリ開放までを扱っているため、重複する内容は上巻の前2/3程度。ライアンは兵や現地の民間人の登場が多く、民間人の人名もよく出てくるのに対し、こちらは尉官以下の人名はあまり出てこない(どうやらこれは私の勘違いだった模様)。佐官でも、不名誉なエピソードの場合は「ある指揮官」などといった書き方になっている。
この辺はジャーナリストのライアンと元軍人のビーヴァーの違いなんだろう。その分、当著は、細かい戦術的な話や、戦争神経症の話が豊富に出てくる。ヴィレル=ボカージュ独特の地形で連合軍が苦闘するエピソードや、歴戦のドイツ兵捕虜が連合軍の兵を批判するくだりは、さすが元軍人と感心させられる。とはいえ民間人を無視しているわけではなく…
唯一確実なのは、侵攻作戦の最初の24時間に、フランスの民間人が3000人殺されたという事実である。この数字は、アメリカ軍全体の戦死者数の二倍に相当した。
なんて、厳しい指摘もしている。イギリス人の著者ではあるが、モントゴメリーには批判的で、アイゼンハワーやブラッドリーに同情的。上巻しか読んでいないので、暴れん坊パットンの活躍はこれからだが、、果たしてどんな扱いになるのやら。前線の将兵では、歩兵の描写の比重が高いのも特徴。註ではあるが、こんな記述もある。
第二次世界大戦において、海外に派兵されたアメリカ軍兵士のうち、歩兵はわずか14%を占めるにすぎないが、彼らの損耗率は70%を超えていた。ノルマンディーにおいては、歩兵のじつに85%が犠牲になった。
戦争神経症も大きく扱っていて…
すべての兵科のなかで、歩兵がいちばん多く神経症に見舞われることは、確かな事実のように見える。(略)一方、戦車乗務員は、戦争神経症にかかる比率がはるかに低かった。装甲をほどこした車両につねに守られていることも理由のひとつだが、戦車兵特有の濃厚な人間関係も影響しているのだろう。
と、歩兵に同情的。
全般的に人が死にまくる本なんだが、今日は少しクスリとした所を引用して終えよう。これ、昔から死亡フラグだったのね。
塹壕戦がつづき、死と隣り合わせの日々を送っていると、さまざまな迷信が流布するようになる。「今度あれをやるつもりだ」とか、「俺が帰国したら」などとあえて口にして、運命をわざわざ危険にさらすようなバカはほとんどいなかった。
などととりとめのない形で、次回へ続く。
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