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2012年3月19日 (月)

サイモン・シン&エツァート・エルンスト「代替医療のトリック」新潮社 青木薫訳

科学と意見という、二つのものがある。
前者は知識を生み、後者は無知を生む。  ――ヒポクラテス

【どんな本?】

 鍼,ホメオパシー,カイロプラクティック,ハーブなど、現代も隆盛を誇る代替医療(民間療法)は、イギリスではチャールズ皇太子も熱心に支援している。「フェルマーの最終定理」や「暗号解読」で大ヒットを飛ばしたサイモン・シンが、現在も代替医療研究を進めているエツァート・エルンストとタッグを組み、代替医療を通常医療と比較し、その効果に断を下す。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は Trick or Treatment? : Alternative Medicine on Trial, 2008。日本語版は2010年1月30日発行。ハードカバー縦一段組みで本文約442頁+訳者あとがき5頁。9ポイント44字×20行×442頁=388,960字、400字詰め原稿用紙で約973枚。長編小説なら2編分に少し満たないぐらい。

 理系の本のわりに、数式や化学式はほとんど出てこないので、中学生でも充分に読み下せる。

【構成は?】

 はじめに
第Ⅰ章 いかにして真実を突き止めるか
第Ⅱ章 鍼の真実
第Ⅲ章 ホメオパシーの真実
第Ⅳ章 カイロプラクイティックの真実
第Ⅴ章 ハーブ療法の真実
第Ⅵ章 真実は重要か?
 付録 代替医療便覧/より詳しく知りたい読者のために/謝辞/訳者あとがき

【感想は?】

 はじめに。何らかの事情で実際に代替医療を検討してる方に、申し上げておく。

  まず、医師に相談してください。

 私は医療の素人だ。「どんな療法が適切か」なんて判断は、下手すりゃ命にかかわる。そんな重い責任を負うのはごめんだ。そういうのは、専門の教育を受け国から資格を認定され職業として報酬を得ている者に押し付けるに限る。ここで私が何を書こうと、こんな駄文より、医師免許を持つ者の診断の方が信用できるに決まっている。繰り返す。

  まず、医師に相談してください。

 で、本書の内容は。結論から言うと、代替医療をコテンパンに叩きのめす内容となっている。というか、「安全で有効であることが証明できる医療はなんであれ、実は代替医療ではなく、通常医療になる」。つまり、代替医療とは、「安全が確認されていない」か「効果が確認されていない医療」という事になる。

 どういうことか。本書の冒頭で、壊血病の話が出てくる。長期航海の妨げとなった壊血病、「1763年に英仏七年戦争が終結するころまでには、軍事行動によって命を落としたイギリスの水兵は1512名だったのに対し、壊血病で死んだ者は10万人にのぼった」というから凄まじい。

 これに解決の糸口をつかんだのがスコットランド人海軍外科医のジェイムズ・リンド。1747年に壊血病患者12人を集め、二人ずつ六つの組に分けて異なる治療を施したところ、オレンジとレモンを与えた水兵が回復した。世界初の医療の比較対象実験だ。

 ところが彼は研究を発表せず、日の目を見るには33年が必要だった。ギルバート・ブレーンが水平の食事にレモンを導入すると、水兵の死亡率が半減した。

 ビタミンCが発見されていない当時、壊血病の原因は不明だった。が、とにかく効果はある。ってんで、1795年3月5日、英国海軍傷病委員会は、壊血病予防にレモン果汁が効果あり、と認める。

 つまり。「理由はわからなくても、効果があるなら、それは医療として認める」ってのが、現代医療の姿勢なわけ。本書では、これを「科学的根拠にもとづく医療」としている。結果オーライって姿勢なんだから、科学というより工学が妥当だと思うんだけど、「工学的医療」って、なんか人間を機械扱いしてるみたいで、患者には印象悪いよねえ。他にも紅茶にミルクを注ぐべきか、ミルクに紅茶を注ぐべきか、なんて実験も載ってる。

 本書の表向きの顔は代替医療の検証だけど、本書にはもう一つの顔がある。それは、エビデンス。その療法が安全で有効である由を、臨床試験で確認する、という現代医療の根本にある姿勢。これが確立する前の医療の酷さと、確立する過程でわかったプラセボ効果、そして確立後の医療の目覚しい進歩。

 昔から医者嫌いな人はいた模様で、有名人や作家にコキおろされてる。

  • 「薬を出す医者はみんな藪医者だ」ベンジャミン・フランクリン
  • 「医師というのは、ろくに知りもしない薬を処方し、薬よりもいっそうよく知らない病気の治療にあたり、患者である人間については何も知らない連中である」ヴォルテール
  • 「医者なんて信じるな。奴らの毒消しは毒だぞ」シェイクスピア『アテネのタイモン』より
  • 「患者の大部分は、病気のために死ぬのではなく、薬のために死ぬのです」モリエール『病は気から』より
  • 「もしも世界中の薬が海に投げ込まれたとしたら、魚には気の毒だが、人間のためにはなるだろう」オリヴァー・ウェンデル・ホームズ
  • 「殿下、私が報酬をいただいているのは、医師としての務めに対してではなく、本で読んだ内容をそのまま信じた若者が、患者を死に至らしめるような薬を与えないようにする仕事に対してなのです」フィレンツェ大公の侍医ラタンツィオ・マジォッティ
  • 「医師の診察および治療を受けるだけの財力のある人たちのほうが、貧しい人たちよりも死ぬ割合が高い」1622年フィレンツェの医師アントニー・ドゥラッツィーニ

 まあ、実際、瀉血の時代は、下手に医者にかかるとかえってヤバかったりする。これを証明したのが、有名なナイチンゲール。病院の不潔さが兵に感染症を蔓延させている由を見抜き、病院環境を清潔にする。プレゼンテーションの能力も見事で、彼女が作ったグラフ「東部戦線における陸軍将兵の死亡率 1854年4月~1855年3月」はビジネスマン必見。というか、ナイチンゲールって、献身的な看護で有名なのかと思ったら、統計を重視した功績も大きいのね。

 エビデンスが重要なのは、効果だけじゃない。安全である由も確認する必要がある。例えば中国製のハーブ薬は重金属を含む場合があるし、悪質なカイロプラクティックは脳卒中の危険がある。2003年にWHOが鍼に肯定的な報告を出してるけど、起草と改訂にあたってるのは北京大学統合医療研究所名誉所長の謝竹藩医師。

 代替医療にも凄いのがあって、私が感激したのはタキオン・セラピー。曰く。

「多次元DNA手術はチャネリングのテクニックを用いて、DNAレベルで問題のある配列を取り除き、神のような完璧な配列で置き換える治療法です」

 意味わかんねえ。「で、どんな配列をどう変えたの?ATGCで教えて」と聞いてみたい。本書の末尾では、他の代替医療もまとめてバッサリ切ってる。ヨガと太極拳は「専門家の指導に従えばエクササイズの効果はあるかもね」ぐらいで、他はよくて「無害だから好きにすれば?」で、「危険の方が大きいよ」なんてのもある。

アーユルヴェーダ/アレクサンダー法/アロマセラピー/イヤーキャンドル/整骨療法/キレーションセラピー/頭蓋オステオパシー/クリスタルセラピー/(医師以外による)結腸洗浄/(医師以外による)催眠療法/サプリメント/酸素療法/指圧/神経療法/人智学医療/吸い玉療法/スピリチュアル・ヒーリング/セルラーセラピー/デトックス/伝統中国医学/自然療法/バッチフラワー・レメディ/ヒル療法/風水/フェルデンクライス法/分子矯正医学/磁気療法/マッサージ療法/瞑想/反射療法/リラクセーション/霊気

 …って、上に挙げたシロモノ、私は大半を知らなかった。アロマセラピーって、お茶やコーヒーみたいな「気分を変えるための嗜好品」か、「お肌を綺麗にする」的な美容法だと思ってたんだが、医療と思ってる人もいるのね。霊気は何かと思ったら、手かざしみたいな雰囲気かな?

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