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2012年3月 4日 (日)

野尻抱介「南極点のピアピア動画」ハヤカワ文庫JA

けしからん、もっとやれ

【どんな本?】

 野尻・先生なにやってんすか・抱介による、近未来の日本を舞台にソーシャル・ネットワークと宇宙開発をテーマにした連作SF短編集…と言っても嘘じゃないけど、タイトルと表紙でネタはバレバレ。そう、ニコニコ動画と初音ミクに題をとり、それにわらわらと群がる者たちが繰り広げる、明るく楽しい物語。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2012年2月25日発行。文庫本で縦一段組み、本文約296頁+ドワンゴ会長川上量生の解説7頁。9ポイント40字×17行×296頁=201,280字、400字詰め原稿用紙で約504枚。標準的な長編の量。文章そのものは読みやすいんだが、会話にニコニコのネタが頻出するため、そっちに詳しくないと意味不明かもしれない。

【どんな話?】

 二ヶ月前、クロムウェル・サドラー彗星が月に衝突した。衝撃で舞い上がったガスや粉塵や破片の一部は地球周辺に留まり、デブリとなって多くの人工衛星の寿命を縮め、宇宙開発計画は大きな変更を余儀なくされる。気象衛星や通信衛星など実用衛星の更新が優先され、実験衛星は後回しにされてしまう。

 そのしわ寄せで自分のプロジェクトの息の根を止められガックリきた学生の蓮見省一に、更なるショックが襲う。同棲していたガールフレンドの奈美が出て行ったのだ。

【構成は?】

南極点のピアピア動画
コンビニエンスなピアピア動画
歌う潜水艦とピアピア動画
星間文明とピアピア動画
 解説/川上量生

【感想は?】

 ニコニコ動画とボーカロイドにハマっている人は、最高に楽しめる作品。所々に出てくるネタが、いかにも尻Pこと著者のニコ厨ぶりを示していて面白い。と同時に、「小隅レイ」に代表される旧来のSFファンへの心遣いも忘れないのが嬉しい。

 「小隅レイ」は、明らかにファンジン活動で有名な柴野拓美こと小隅黎のもじり。私もニーヴンの作品で散々お世話になった。冒頭から彗星の月衝突で始まることでもわかるように、基本的には宇宙開発関係の話題で話が進む。のだが、そこは野尻氏。この作品集には、徹底した拘りがある。

 NASAやJAXAのような大予算を持つ組織が打ち上げるのではなく、有象無象が集まり低予算で打ち上げるロケットに焦点をあてている。この辺、「沈黙のフライバイ」収録の「大風呂敷と蜘蛛の糸」の延長にある作品集と言えるだろう。笹本祐一が「もうちょっと衛星打ち上げ費用がなんとかなった世界」を舞台としているのに対し、「どうすれば何とかなるか」をあの手この手で考えている。シェフィールドの「星ぼしにかける橋」に触れてるのも嬉しい。

 もう一つのテーマが、現在カラオケのランキングを荒らしまくっている、初音ミクをはじめとするボーカロイドと、その人気を支えるニコニコ動画。この辺は私の解説なんか野暮だろう。

 このボーカロイドのブーム、実はちょっと慨視感があるよなあ…と思ってたら、実はソレにもちゃんと触れていて感激した。Linux に代表される、オープンソース・ソフトウェアの動き。今じゃパッケージは Ubuntu で HTTP サーバは Apache、スクリプトは PHP か perl なんて普通だけど、一昔前は上司を説得するのに苦労したのよ、ほんと。なんて年寄りの昔話は置いて、機会があったら伽藍とバザールを是非お読み頂きたい。

 Linux が普及していく過程はボーカロイド流行の過程とよく似ていて、つまり仕組まれたものではなく、有象無象が寄ってたかって開発環境・利用環境を整備していき、ヘビーユーザが布教に努めて初心者を指導し、利用者が増えてきたら Redhat などがパッケージやサポートでビジネスを始めて更に Linux 利用環境を充実させて更に利用者を増やし、バグを潰して安全性を高め…ってな感じに、ボランティアとビジネスとユーザの歯車が巧く噛み合って世の中に普及していった、という歴史がある。

 この過程、クリプトン・フューチャーメディアが穏やかなライセンスで広い二次利用を認め、多くの素人作曲家・イラストレータ・プログラマを集め、初音ミクをブレイクさせた過程と重なるんだよね、年寄りには。昔は舞台が NetNews だったのが、ニコニコ動画に変わっただけで。

 などと思ってたら、いきなり GPL(Gnu Public Licence)なんてのが出てくれば、こりゃもうおぢさん感激しちゃうわけだ。こういうインターネット経由の人間関係が、現実の人間関係に漏出した際のギャップというのも巧く書けてて。

もしかして小隅レイの秘密結社でもあるのか?

 などと、知らない人は思ってしまう。こういう、人間関係のネットワークの面白さに関しては、二編目の「コンビニエンスなピアピア動画」の視点も秀逸。というか、なんで著者はこんなにコンビニの内情に詳しいんだろう。バイトでもしてたのか?という邪推は置いて、ダンカン・ワッツの「スモールワールド・ネットワーク」と併せて読むと、色々妄想できたりする。

 ニコ厨が狂喜乱舞するのが、最後の「星間文明とピアピア動画」。どう考えてもドワンゴをモデルとした、というよりそのまんまの人たちが続々と登場し、いかにもドワンゴらしい思考と行動で混乱を拡散させる。社長の「うちで働く気ないかな?」には大笑い。エンジニアの秋本の発想も、まあ慎重で常識的ではあるけど、そこでこうくるか。「こんな面白いもの、拡散しなくてどうしますか!」って、おい。まあニコ厨としては正しい態度なんだけど。

 利用者の悪ノリもまたアレで、状況を利用して番組を盛り上げてる。この辺、鏡音リン・レンだったら、更に変な事になりそうだよなあ。こっちは我々もペアと認識してるわけで、難しい問題にはならない気がする。流石にたこルカは国によって「デビルフィッシュ」などと問題になりそう。

 しかし、こんなの書いてると、「尻Pなにやってんすか」なんて若い人に言われそうだなあ。それはそれで面白いかもしれない。「ふわふわ」なんて自虐もあって、笑いっぱなしの一冊でありました。

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