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2012年3月16日 (金)

桜井啓子「シーア派 台頭するイスラム少数派」中公新書 1866

 現代政治におけるシーア派最大の特徴は、イランのホメイニーやイラクのスィースターニー(1930~)のように、国内外の信徒に絶大な影響力を持つ宗教界の権威が存在することである。シーア派の宗教界は、彼らを頂点に、ゆるやかな位階制をなしているために、こうした影響力を発揮するのだが、このような位階制を持たないスンナ派宗教界は、シーア派のような影響力を行使することができないのである。

【どんな本?】

 スンナ派と並ぶイスラム教の二大派閥の一つで、全体としては少数派だが、イランやイラクに多いシーア派。イランのイスラム共和制に見られるように、政治に深くコミットする宗派と見られがちだが、その実態はどうなのか。シーア派の成立と歴史を紐解きながら、各国や地域ごとのシーア派の置かれた立場を解説しつつ、現在のシーア派の状況と特徴、その方向性を紹介する。

 全般的に組織や人物など現実的な話が中心で、教義の話題は控えめ。また、シーア派の本場イランの話が多くを占める。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2006年10月25日発行。新書で縦一段組みで本文約228頁。9ポイント41字×16行×228頁=149,568字、400字詰め原稿用紙で約374枚、長編小説なら短め。

 馴染みのないイスラム教の話で、おまけに政治が絡むため、ある程度は覚悟していたが、意外と読みやすい。ただ、中東系の話だと、どうしても人名の表記にクセが出る。有名なアルカイダのビン・ラディンがウサーマ・イブン・ラーディンだったり。

【構成は?】

 まえがき
 序章 台頭するシーア派
第1章 シーア派の成立
第2章 政治権力とシーア派
第3章 近代国家の成立とシーア派――20世紀~
第4章 イラン・イスラーム革命と「革命の輸出」
第5章 ポスト・ホメイニーと多極化
 終章 シーア派の行方
 あとがき/主要参考文献/
 イスラーム王朝一覧表/歴代マルジャア・アッ=タクリード一覧/
 シーア派関連年表/人名索引・事項索引

【感想は?】

 つまりシーア派とは、悲劇の主人公なのだな。

 いきなり酷い決め付けをしてるけど、起源からして悲劇だし。極論するとスンナ派とシーア派の争いは、跡目争い。預言者ムハンマドの従弟で娘婿のアリーと、その子孫がイマーム(要はムスリムの指導者)と見なすのがシーア派で、それを認めないのがスンナ派。

 両者はアリーの頃からゴタゴタしてる。有名なのがアリーの息子で三代目イマームのフサインが、ウマイヤ朝の二代目カリフのヤズィードにケチつけたカルバラーの戦い。クーファの民に煽られ寡兵でクーファに向かったフサインだが、ヤズィードが先手を打ってクーファを押さえ込み、また四千の兵をカルバラーに送ってフサインを迎え撃つ。奮戦するフサインだがクーファからの援軍は現れず、無念の戦死。

 ってんで、これがお祭りアーシュラーの起源にもなってる。まあ一種の判官贔屓?現代でも、各国にシーア派がいるんだけど、イラン・イラク・バハレーン・アゼルバイジャンを除いて少数派。最近でこそイランはシーア派支配でイラクはシーア派が多数の政権だけど、大抵の国じゃ少数派として弾圧され、バハレーンでも支配権はスンナ派にある。つまり「俺たちは苛められている」って認識があるわけ。

 これ、逆に言うと、「苛められてる」って認識を必要とする文化とも言えるわけで、イランが無闇に欧米やGCC諸国に喧嘩売る理由の一つがここにあるのかしらん。殉教者フサインがスターな為か、無謀な戦闘を美化する風潮もあるんじゃなかろか。

 面白いのが「隠れイマーム」って発想。弾圧されてきたシーア派で、「私がイマームだ」なんて名乗ったら命が危ない。だから、今もイマームはいるんだけど、名乗りは上げず隠れてるんだよ、みたいな考え方。一子相伝だし、北斗神拳か陸奥圓明流みたいだ←全然違う

 フムス(五分の一税)ってのも特徴で、信徒が直接ウラマー(宗教指導者)に税を払う。ウラマーは宗教寄進地も持ってるんで、政府から財政的に独立してる。これがシーア派独特の政治姿勢を生み出す源になってる。イランのパフラヴィーは、農地改革で宗教寄進地も取り上げたために、宗教指導者の恨みを買っちゃった。

 現代編だと、イラン革命が他国のシーア派に与える影響が興味ぶかい。多くの国では、シーア派というだけでイランの手先と見られる。これを避けるため、シーア派の政治運動は「国民としての権利」を要求する方向が中心になりつつあるとか。例えばサウディアラビアでは、「国軍への参加を許可してほしい」なんて要求も出してる。

 今後のシーア派の動向として柱になりそうなのが、宗教学校の二大潮流、イランのコムとイラクのナジャフ。どっちも他国から多数の留学生を受け入れてるんだけど、政治的な方向性が大きく違う。コムはイランだから、革命の輸出を狙った方向性だ。対するイラクのナジャフは、ホメイニの論敵スィースターニーがリードし、政治とは距離を置く方向性。イラク戦争とかでナジャフは寂れてたけど、革命の輸出を嫌う各国政府はコムを嫌うんで、最近はナジャフが上り調子。

 他にもシーア派大地主と小作人の反目がレバノンのヒズブ・アッラー(ヒズボラ)成長の原因だったとか、イラク南部にシーア派が多い原因はサウディアラビアからワッハーブ派に追われたシーア派が逃げ込んだからだとか、湾岸諸国じゃ苛められてるシーア派が外国人労働者の流入で職を奪われてるとか、生々しい話がいっぱい。

 歴史的にも現代でもイランは特別扱いを要する地域らしく、イスラム法学者が政治に深く関与するイスラム共和制の問題点を7つに分けて論じるなど、イランの現状を知るには興味深い参考書となる。やっぱり政治と宗教が結びつくと、お互いが汚染しあっちゃう模様。

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