サム・ウェラー「ブラッドベリ年代記」河出書房新社 中村融訳
「わたしをしあわせな気分にしてくれるのは、いまから二百年後、火星でわたしの本が読まれると知っていることだ。大気のない死んだ火星に、わたしの本は存在するだろう。そして深夜、懐中電灯を持った小さな男の子が、毛布をかぶって『火星年代記』を読むだろう」
【どんな本?】
SF・ファンタジー・ホラーそして主流文学すべての分野の読者にこよなく愛される作家、レイ・ブラッドベリ。この偉大な作家の誕生から少年時代、著作に目覚めた青年時代から名声を得た今日まで、煌びやかな交友関係や数々の名作の創作秘話も交え、彼の熱烈なファンが綿密な取材と深い愛情を込めて綴る、レイ・ブラッドベリの半生記。
【いつ出たの?分量は?読みやすい?】
原書は The Bradbury Chronicles - The Life of Ray Bradbury, by Sam Weller, 2005。日本語版は2011年3月30日初版発行。ハードカバー縦二段組で本文約362頁。9ポイント25字×21行×2段×362頁=380,100字、400字詰め原稿用紙で約951枚。長編小説2冊分ぐらい。
翻訳物の伝記としては読みやすい方だろう。50年以前のアメリカのポップ・カルチャーに詳しければ、更に楽しめる。
【構成は?】
序文
過去のものを思い出す/善き魔女グリンダ/進化論/魔法使いの弟子/やあ、お帰り、世界へ/ニュー・フロンティア/ハリウッド万歳/跳び方を習う/フューチュリア・ファンタジア/パルプの英雄たち/パルプの詩人/メキシコ旅行/闇のカーニヴァル/愛と結婚/赤い惑星/刺青の男/太陽の黄金の林檎/華氏451度/白鯨/グリーン・タウンへ帰る/何かが道を/アメリカの旅/未来を思いだす/何かが道を、ふたたび/陰極線/去りゆく時
謝辞/訳者あとがき/読書案内/ブラッドベリ作品名リスト/参考文献/原註/索引
基本的に時系列で話は進む。巻末の「読書案内」は、邦訳作品を訳者がリストアップしたもの。短編が多く日本独自で編集された本も多いブラッドベリだけに、これはとても便利。
【感想は?】
評価は簡単。面白さは、今まであなたが読んだブラッドベリの作品数に比例する。ただ、彼の作品に溢れる詩情は少なめで、その分、ユーモアがたっぷり詰まってる。
6歳まで哺乳瓶を放さなかった甘えっ子。SF作家のくせに62歳まで飛行機に乗れなかった飛行機恐怖症。ド近眼の兵役失格者。内気と自称しつつ、ここぞという時は押しの強さを発揮するちゃっかり屋。ハロウィン大好きなアイスクリーム中毒の甘党。ちやほやされるのが好きで、しゃべり出したら止まらない。そして何より、元祖オタクで90過ぎた今でも少年時代の憧れを卒業できない永遠の少年。
まず、目を惹くのが各章の冒頭にある著名人のブラッドベリ評。勿論絶賛ばかりなんだが、メンバーが凄い。映画監督スティーヴン・スピルバーグ、宇宙飛行士バズ・オルドリン、アップル社創業者スティーヴ・ウォズニアク、作家アーシュラ・K・ル・グイン、アーサー・C・クラーク、ニール・ゲイマン、スティ-ヴン・キング、KISSのエース・フレイリー、プレイボーイ創刊者ヒュー・ヘフナー…。ゴージャスだよねえ。
ブラッドベリの作品の基調をなすアメリカの田舎の空気、あれは少年時代に過ごしたイリノイ州ウォーキガンの風景。9歳の少年はこの頃、大きな試練を乗り越える。新聞に載っていた連載漫画「二十五世紀のパック・ロジャース」への愛情を「子供っぽい」と友人に笑われた彼は、大事なコレクションを廃棄し、その絶望と悲嘆が彼に大きな決意を促す。「愛と夢を捨ててはならない」。オタクとして開き直ったのである。それでもさすがに“女の子の本“《ナンシー・ドルー》を図書館で借りるの時は、こっそり借りたけど。
図書館が彼の人生に与えた影響は大きく、ハイスクール卒業後も図書館に通い詰め、独学で学問を身につけている。2000年の全米図書賞授賞式でのスピーチは感動的だ。
「図書館はわたしの人生の中心でした。わたしはカレッジへ行ったことがありません。ハイスクールを卒業したとき、図書館通いをはじめました。十年間、毎週三日か四日、図書館に通い、二十八のとき図書館を卒業しました」
ユーモアもたっぷり。爆笑したのは、新婚時代のエピソード。当時は珍しい共働き。ある日、勤めから帰った奥さんのマギー、「レイを呼んだけど、返事がなかったの」。彼女が居間を通り抜け狭い寝室に入り、クローゼットのドアを開けると…ここは是非読んで欲しい、大声上げて笑ってもいい状態で。
新婚時代のエピソードは創作秘話もてんこもり。「死ぬときはひとりぼっち」の主人公が使っていた公衆電話、あのアイディアはレイの実生活に基づくものだったそうで。それなりのキャリアはあっても懐は寂しいレイ、電話を引く余裕はないがプロっぽく振舞うため、通りの向かいのガソリン・スタンドの屋外公衆電話を使っていたとか。
その「死ぬときはひとりぼっち」、三部作とは知らなかった。今は文芸春秋から「黄泉からの旅人」と「さよなら、コンスタンス」が出てる。
作家を目指す若者へのアドバイスも気が利いてる。ブラッドベリはプロを目指し始めてから、毎週かならず一遍の短編を書き続けているそうな。「題名や小説の粗筋を思いついたら、物語の冒頭だけを書き、そのあとファイリング・キャビネットに放り込み、将来にそなえる」とかは、しがないブログ書きにも使える。一番気に入ったのが、これ。
「その一、来る日も来る日も書くこと。その二、外へ出て、おなじような境遇の人々をさがすこと――いうなれば、特別あつらえの教会を見つけるわけだ」
徴兵検査で味わうド近眼の悲哀も身に染みた。裸眼で視力検査を受けたレイ、「あの表を読んで」と言われて答える。「表が見えません」。いや本当、近視が酷いと、眼科検診で医者が使う指し棒も見えないんだよね。
SFとの立ち位置はカート・ヴォネガットと似ていて、ダブルデイから「刺青の男」を出版する際にはタイトルからサイエンス・フィクションのロゴを外させている。SFってラベルがつくと、市場が限られてしまうから、と。この辺の事情は今も変わってないよなあ、悲しいことに。
他にもスタインベックが「火星年代記」に与えた影響、華氏451度というタイトルにまつわる話、初めて飛行機に乗った時の爆笑エピソード、「白鯨」や「何かが道をやってくる」など映画関係のエピソード、短編集を編纂する際のクセ、赤狩りへの反発、初めてのSF大会、暗闇への恐怖、そして魔術師への憧れ…。彼のファンなら、たまらない話が盛りだくさん。
どうでもいいけど、日本で出版されてる彼の作品、タイトルがやたらいいんだよね。「何かが道をやってくる」とか「二人がここにいる不思議」とか「十月はたそがれの国」とか「とうに夜半をすぎて」とか。やっぱり出版関係の人にもファンが多いんだろうなあ。
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