瀬尾つかさ「約束の方舟 上・下」ハヤカ文庫JA
シンゴがテルに「結婚しよう!」といわれたのは十二歳の誕生日の朝だった。
食堂からO7(オーセブン)に続く集合住宅街の道、そのど真ん中に立ちふさがった細身の少女は、人目も顧みず、大声で「結婚しよう、シンゴ!」と叫んだ。
【どんな本?】
ライトノベルで活躍中の瀬尾つかさによる、長編本格SF。SFマガジン編集部編「SFが読みたい!2012年版」のベストSF2011でも国内編13位にランクイン。植民星を目指し航行中の多世代恒星間宇宙船内における、世代間の対立と、少年・少女の成長、そして共生を描く。
【いつ出たの?分量は?読みやすい?】
2011年7月25日発行。文庫本で上下巻、縦一段組みで上巻約390頁+下巻約413頁=約803頁。9ポイント41字×18行×(390頁+413頁)=592,614字、400字詰め原稿用紙で約1482枚。上下巻の長編としてはやや長め。
ライトノベル出身らしく、文章は抜群の読みやすさでスラスラ読める。ただし、終盤の重要な部分は、読者が意識してじっくり読まないと美味しいところを見逃すので要注意。
【どんな話?】
植民星タカマガハラⅡを目指し100年間の航行を続ける多世代恒星間宇宙船。15年前、船はゼリー型の生命体ベガーに襲われ多くの人が殺されたが、和睦を達成した。多くの区画と機能を失った船は、修復・管理・維持に必要な労働力と宇宙服が不足している。幸い子供たちはベガーと<シンク>して真空中でも活動できるため、労働力として駆り出されている。大人たちはベガーを憎むが、子供たちは相棒となるベガーに強い愛着を持ち、ベガーは両者の対立の焦点となっている。
タカマガハラⅡへの到着を6年後に控えた日、12歳のシンゴは幼馴染のテルに求婚された。マイペースで行動力に溢れるが、突飛な発想でいきあたりばったりのテル。計画的で着実に事を運ぶシンゴは、いつのまにか危なっかしいテルのお守り役に収まっていた。確かに悲劇で多くの人口を失った船は早産・多産を奨励しているが、テルの本意はそうじゃないだろう。「これはいつものアレだな」と悟ったシンゴは、じっくりテルの話を聞くと…
【感想は?】
いかにも人類が衰退しそうな表紙だから、「こりゃ軽くてファンタジックでユーモラスな物語だろう」などと甘く見てたら、ガツンとやられた。ハインラインの「宇宙の孤児」やアレクセイ・パンシンの「成長の儀式」に匹敵する、雄大で爽やかな物語だ。「これからSFも読んでみよう」などとお考えの若い人には、格好のお勧め。
なんといっても、ヒロインのテルがいい。活発で行動的で快活、相棒のベガーであるウィルトトが大好きで、ウィルトトとのコンビネーションも船内ピカ一。問題は発想が常に人の斜め上な点で、これに爆発的なダッシュ力が伴うからたまらない。放置すれば何をしでかすかわからないため、重石が必要な要注意人物。
そんなテルの相方は、冷静沈着で意図的に「いい子」を演じているシンゴ。いつの間にかテルのお守り役に収まってしまい、本人も「そんなもんか」と諦めている。物語は基本的にシンゴの視点で進む…というと、まるで涼宮ハルヒとキョンの関係だなあ。いえ憂鬱しか読んでないけど。
もう一人のヒロインはスイレン。彼女は朝倉さんかな。ロングヘアー(きっと黒髪、そうに違いない、私が今決めた)で女子のリーダー格、成績優秀で級長を務める優良児…だが、意外な素顔も。うーん、むしろエヴァの真希波・マリ・イラストリアスかも。いや私の印象だけど。この人の書く女性って、一筋縄じゃいかないんだよなあ。
この二人の女性陣に加え、男性陣の友人もちゃんといる。スポーツマンでリア充なダイスケ、小太りで頭脳明晰なケン。序盤はこの5人がテルの暴走に巻き込まれ、船内を冒険しながら、未知の世界を切り開いてゆく形で展開する。空間的にも、社会的にも。
それに加え魅力的なのが、ベガー。ゼリー状の生物で、個体ごとに色が違う上に、個性もあるため、相方となる人間とも相性のよしあしがある。テルの相棒ウィルトトは、ベガーの中でも腕白で呆れられている。火薬に導火線のコンビだね。会話を通じた完全なコミュニケーションは出来ないが、相方とは以心伝心で伝え合える。ああ、私も相方のベガーが欲しい。
ところが、背景は結構ヘビー。何せ15年前の事件がある。多くの人間がベガーに襲われ命を落としている。そのため、大人たちはベガーを忌み嫌う。まあ嫌い方は人それぞれで、徒党を組み組織的に動く者もいれば、表立って意思表明はしないものの、自分の子供がベガーと仲良くするのは快く思わない者もいる。
長い航海で船体は疲弊している上に、15年前の事件もあり、船体はガタガタ。人口が激減したために労働力が不足し、ベガーと組めば真空中の作業が可能な子供たちにも労働が課せられる。そのため、船の修復・維持・管理にベガーは欠かせず、大人たちは苦い顔でベガーを容認せざるを得ない。
などと複雑な情勢の中、目的地であるタカマガハラⅡへの到着を6年後に控え…
ベガーを嫌う大人たちに、なんとかベガーを認めてもらいたい子供たち。だが、その対応方法は様々だ。着実に実績を積み重ね、ベガーとの共生の利益を実証しようとするシンゴ。余人には理解できぬ発想で一点突破を狙うテル。彼女の発想の出鱈目さには、なんというか、笑っちゃいます。
などと軽い話では終わらず、中盤以降は15年前の謎も相まって本格的なドラマが展開する。導入部こそライトノベルっぽいくすぐったい展開だが、後半は良質なSFジュブナイルの味わいがてんこ盛り。終盤は怒涛の展開で伏線もキッチリ回収、そしてスケールの大きさを感じさせるエンディング。これぞ王道。
敢えて文句をつければ、綺麗に終わっちゃってること。シリーズにしてもう少しスイレンと付き合いたかったなあ。ええ、勿論、ハルヒじゃ朝倉さんが一番好きです。
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