「G・ガモフ コレクション 2 太陽と月と地球と」白揚社 白井俊明・市井三郎訳 その2
ということで、前の記事から続く。
【Ⅰ 太陽という名の星】
…この電波を出すために原子軌道にある電子のエネルギーはしだいに費やされていくであろうということである。その結果として、電子はらせん状の軌道を描き、だんだん落ちていって、10-8秒で原子核に落ちこんでしまうことになる。
話は紀元前四三四年から始まる。ギリシャの哲学者アナクサゴラスが太陽までの距離を計算し、約6400kmという解を出した。「地図を作ったひとびと」に出てくるエラトステネスの約200年前。実は計算方法も計算に使った数字もエラトステネスと同じで、計算結果は地球の半径とほぼ同じ。何を間違ったのかというと、モデル。彼は地表が平らで、太陽が天空を巡っていると考えたわけ。
…ってな感じに、「太陽までの距離はこうですよ」と素直に解を示さず、「こうやって測り、こう計算したら、こういう結果になりました」と順を追って説明しているのが、この本の特徴。この後に続くのが地球の重力の測定方法、キャベンディッシュの装置。要は大質量の物質が他の物をひきつける力を測ってるんだけど、なかなか巧妙。
この後、太陽の表面温度を測る話が出てくる。これがなかなかエキサイティング。必要な法則は三つ。
- シュテファン-ボルツマンの法則:高温の物体の表面の単位面積から単位時間に放射されるエネルギーの全量は、そのものの絶対温度の四乗に比例する
- ウィーンの法則:絶対温度Tのある高温体から出るスペクトルのうち、最多のエネルギーを持つ波長はTに逆比例する
- 放射は距離の二乗で減る
そして必要な数字は以下3つ。
- 地球軌道上で一平方センチあたり受ける太陽の熱量:毎分1.94カロリー
- 地球と太陽の距離:1億4945km
- 太陽の表面積:太陽の半径69万5300kmから計算
これで太陽の単位面積あたりが放射する熱の量が計算できる。結果、約5800度。ちなみに太陽光線のエネルギー極大の波長は緑色だとか。植物の葉が緑色なのは、そのためかしらん。
この辺まではついていけたんだけど、量子力学が入ってくるとついていけなくなった。それでも写真や絵はそれなりに面白くて、最も衝撃的だったのが太陽表面の写真。つぶつぶになってる。これが黒点付近だと中身も見えて、つぶつぶが実は長い毛足みたいなもんだ、と分かる。毛足ったってそれぞれの毛が数百キロメートルの太さなんだけど。
黒点については昔から疑問があった。「黒点は温度が低いのに、黒点が多い時は太陽活動が活発と言われる。なんで?」という疑問、太陽内部の構造で氷解。太陽中央に反応帯、その外に対流帯、更に外に伝導帯があり、対流帯と伝導帯の境界で出来た渦が、表面に浮いてできるのが黒点。盛んに対流が起きてれば渦も多い、というわけ。
なお黒点が11年程度の周期で増減してるのは有名。これと経済活動の関係、あながちオカルトでもなく、黒点の数が少ないと小麦の育ちが悪く小麦価格が高くなるそうな。
他の恒星の話も出てきて、興味深かったのが赤色巨星の話。齢経た恒星が赤色巨星になるのは知ってたが、その原因は知らなかった。中央に燃えカスのヘリウムが溜まり、周囲を水素の層が包む。両者の境界で核反応が起き、核反応が起きる境界が次第に外へ移動していく。
今まで結論だけを聞いてなんとなく「そういうものだ」で納得していた事柄が、「こういう手順で判明してきたのね」とわかる、というのは、けっこう気持ちがいい。なんか賢くなった気になるし。まあ、私は読んですぐ忘れるんだけど。
【Ⅱ 月】
…毎秒11キロメートルの初速をもつ投射体をつくりまして、それを月の方向に向かわせますと、その投射体はかならずつきに到達するのであります。 ――ジュール・ヴェルヌ「月世界旅行」
お次は月。残念ながら1959年とアポロの月着陸の前に書かれた本だけに、やや内容が古いのは仕方がない。とはいえ、後1/3程度を月まで行くロケットの話しに割いているのは嬉しい。いえ個人的に科学より技術/工学の話が好きなんで。
やはり前から疑問に思ってたのが、日食で皆既日食と金環食がある理由。解は単純で、地球も月も公転軌道が楕円だから。SF的にネタになると思ったのが、月から見た日食、地球から見た月食。「観測結果によれば、このさいには一時間の間に、160度Fからマイナス110度Fまで(69℃からマイナス79℃まで)急降下するのである!」
月が昼夜で温度が大きく違うのは知ってたけど、その温度変化は2週間ほどかけてゆっくり起きる。ところがたった1時間でこれだけ違うとなると、月に恒久的な基地を作る際には、大きな問題になるかも。月の裏側に作ればいいのかな?
地上でわかる月の重力作用といえば潮汐。「パーフェクト・ストーム」に漁師が月の満ち欠けと取れる魚の関係を語るシーンがあったように、海に関係する人には重大問題。意外なのが、実は地殻も満ち欠けしてる、という話。毎日2回、約0.3mほど上下してるとか。
さて、ロケットの話。いきなりドイツのV2ロケットの燃料、液体酸素はわかるとして、反応剤が「75パーセント・エチル・アルコールと25パーセントの水の混合物」ってのが意外。燃料とロケットの空重量の比と、噴射高温ガスの速度の関係もSF者としては便利。
もし燃料の重量がロケットの空重量の二倍であれば、それが到達する最高速度は、噴射高温ガスの速度に等しくなる。(略)八対一であるようなロケットは、噴射ガスのスピードの二倍の速度(略)、死荷重1ポンドにつき20ポンドの燃料を携行するようなロケットは、それは三倍の速度で飛ぶのである。
ってんで、多段ロケットが今の適正解なんだが、ロケット好きには有名なオライオンのアイデアも出てる。
U・スタン博士によって、ある簡単な提案がなされている。(略)原子爆弾を後部の開放口から、一つずつ押し出して、ロケットの後方、ある一定の距離で爆発させるのである。(略)ロケットは前方に蹴り出され、(略)一ダースか二ダースの原子爆弾をこのように爆発させれば、地球重力を克服するのに十分なスピードをロケットに与えることができる…
よいこはまねをしてはいけません。他にも「月の表面で原爆を爆発させて舞い上がった破片を採取すれば着陸しないでもいいよ」とか、けっこう無茶な話をしているのだった。
【Ⅲ 地球という惑星】
水蒸気は陽電気を帯びた空気の粒よりも陰電気を帯びた粒のほうによく凝集するということである。すなわち、雨とともに陰電気が降ってきて、陽電気は上空に残ることになる。そのため電位差はどんどん大きくなり、ついに雲と雲のあいだや雲と地面のあいだで雷が落ちるということになる。
ここでも、いきなり昔からの疑問が氷解した。「海って昔から塩辛かったの?」解はNO。次第に塩分が濃くなってきたそうな。といいうか、海の塩分濃度で海の年齢を計算した人もいて、数十億年という結果になったとか。
ここでは、まず、「惑星はどうやってできたか?」という話から始まる。ここでは「太陽の残りカスが凝集したんじゃね?」的な解を示してる。面白いのが「月にもし海があったら」というイラスト。月の地球側と反対側に大きな大陸があって、海の帯が二つの大陸を分かつ形になるそうな。でも月の岩石から酸素は取れるんだけど、水素がないから、大量の水はできそうにない。残念。
ちと古いな、と思ったのが水星の記述。「一つの半球だけがいつも太陽の光を受けている」とあるけど、たしか少し公転周期とズレてる筈…と思ってWikipediaを見たら、やっぱりそうだった。ラリイ・ニーヴンが短編「いちばん寒い場所」を発表したとたんにこの事実がわかって、彼が「発表してすぐに時代遅れになってしまった」と泣いたって話で覚えていた。
意外なのが、丸いつやつやした石の正体。ワイオミングで見つかる、おもに花崗岩の直径数センチメートルの石。卵形でつやつやに磨かれている。海岸の石よりつやつや。これ、恐竜の胃石だそうで。鳥の砂嚢と同様、消化を助けるために飲み込んだそうな。
温暖化云々で噂の二酸化炭素と植物の関係。植物が吸収する二酸化炭素は5千億トンで、大気中の二酸化炭素の1/3。問題は、どの植物が吸収するのか。陸上植物は1/10程度で、「9/10が海中の海草によるものである」。
生命の話も扱っている。面白いのがアメリカの生化学者フランクリン・コンクラートとロブリー・ウイリアムスの実験。タバコ・モザイク・ウイルスを、中の核酸と皮のタンパク質に、一旦分離する。この二つの溶液を混ぜると、「タンパク質分子はアミノ酸分子のまわりをとりまきはじめ、それからしばらくすると典型的なタバコ・モザイク・ウイルスの存在を電子顕微鏡が示してくれる」。ウイルスの生命力凄い。ウイルスが生命と言えるのか、という疑問は置いて。
ここでは人間の遺伝子改造の話も出てきて、ガモフ先生は肯定的。「もし科学がこれを可能にすれば、地上の人類は未来永劫に栄えるかもしれない」。とりあえず私の毛母細胞を復活させてくれ。
【解説:ガモフ以後の太陽と月と地球…桜井邦朋】
ここでは、ガモフの著作以降の発見をいくつか補足している。興味深いのが「太陽ニュートリノ問題」。
長いあいだにわたって得られたフラックス値の平均は、太陽の内部構造から理論的に予想される値に比べて、三分の一以下にしか達しない。
ほほう、と思って Wikipedia を見たら「現在は、ニュートリノの世代によって質量が存在することやこれまで考えられていた核融合よりも複雑な反応が起こっているという研究成果の発表があり、現在の太陽の主系列理論にあまり影響を与えていない」。冒頭のアナクサゴラス同様、計算はあってたけどモデルが間違ってた、という話かしらん。
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