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2012年1月27日 (金)

P・G・ウッドハウス「比類なきジーヴス」国書刊行会 森村たまき訳

「シャツのことだが、僕の注文した薄紫色のはもう届いたかな」
「はい、ご主人様。わたくしが送り返しましてございます」
「送り返した?」
「はい。ご主人様にはお似合いでございません」

【どんな本?】

 1881年に生まれ1902年にデビューし1975年に93歳で没するまで活発な執筆活動を続けた英国のユーモア作家、Pelham Grenville Wodehouse ことP・G・ウッドハウス。彼の残した多くの作品の中でも、高い人気を誇るジーヴス・シリーズの開幕編となる連作短編集。お人よしの独身青年貴族バーティーと、彼に仕える頭脳明晰な執事ジーヴス、そしてバーティーのエキセントリックな友人や親戚が繰り広げる愉快なシチュエーション・コメディ。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は…刊行年度とかがないんで Wikipedia を参照すると The Inimitable Jeeves, 「ロンドンのハーバート・ジェンキンス社から1923年5月」。日本語版は2005年2月14日初版第1刷発行、私が読んだのは2006年4月1日の初版第4刷。売れてます。ソフトカバー縦一段組みで本文約291頁、9ポイント44字×19行×291頁=243,276字、400字詰め原稿用紙で約609枚。標準的な長編の分量。

 読みやすさは文句なし。元々がリズムのいい会話が中心の文体な上に、訳の森村氏が登場人物の性格を充分に掴んで訳しているので、心地よく読み進められる。ただし笑い上戸の人は通勤電車で読まないように。

【どんな話?】

 快適な春の朝。目覚めの後、完璧なタイミングでジーヴスが紅茶を運んでくる。今日もいい日だ、こんな日はハイドパークに行けば美しいご婦人と出会えるかも…などと思って出かけたが、予想は大きく外れた。確かに出会いはあったが、なんとも嬉しくない奴だ。学生時代からの友人、ビンゴ・リトル。どうやら、いつもの病気らしい。

「お前、メイベルって名前は好きか?」
「この名前には一種の音楽が感じられないか?木々の梢を風がそよぐような」

【感想は?】

 SF者は、国書刊行会という出版社に、期待しつつもちと構えてしまう。

 例えばレムの「完全な真空」やディレイニーの「ダールグレン」だ。話題ではあるが少々歯ごたえのある、読めば周囲に自慢しちゃう類の本を出す所、そんな印象がある。

 …のだが、これは全く違った。

 巻末の訳者あとがきが見事にこのシリーズを表現している。ジーヴス曰く「書評家に黙殺されながらも広く大衆に愛読されている」。いわゆるベストセラー作家だ。日本だと夏目漱石…は格調が高すぎるかなあ。この作品に限ると、長谷川町子が近いかも。ただし「サザエさん」より、「いじわるばあさん」の味わいが近い。

 ユーモア小説とあるが、むしろコメディと言いたい。やはり解説によると「ウッドハウスの作品というのは、一部が全部であって全部が一部であるような大いなるマンネリの世界」だそうなので、パタリロが妥当かも。

 こういうコメディは登場人物が重要だ。そういう点だと、この作品は個性的で魅力的な登場人物が揃っている。

 まずは、語り手のバーティー。独身の青年貴族でお人よし。ジーヴス曰く「きわめて心根の良い、気立てのよい若い紳士だが、知的ではない」。いささかファッション・センスが先鋭的すぎるきらいがある。アクと我の強い周囲に振り回され、何かとトラブルを持ち込まれる哀れな役。

 次にタイトル・ロールのジーヴス。バーティーの執事。バーティーが彼を評するに「実にこのジーヴス、驚嘆すべき男である。ありとあらゆる点でとてつもなく有能なのだ」。古典文学から近所のゴシップまであらゆる情報を捕捉する緻密なアンテナと、真実と未来を見通す類稀な叡智を兼ね備えた男。バーティーには忠実だが、彼の先鋭的すぎるファッション・センスにだけは我慢がならない模様。従者としての分を弁えつつも、自らの財政を潤す機会は逃さぬしたたかさも持ち合わせている。

 ジーヴスはバーティーを「知的ではない」と言うものの、ジーヴスが人を知的と評することがあるんだろうか。彼に比べると人類の9割以上が知的でない事になるんだが。

 そんな二人にトラブルを持ち込む者の一人が、ビンゴ・リトル、バーティーの学生時代の友人。伯父からの仕送りで暮らしているが、常に懐は寂しい。初登場の時は小太りな印象を受けたが、痩せている模様。惚れっぽくて、次から次へと恋をしては、バーティーに面倒を持ち込む。といっても恥ずかしげに相談するわけじゃない。バーティーの意思を無視して自分勝手なシナリオを書き、バーティーに困難な役を割り振っては昼飯を強奪していく。

 ビンゴに輪をかけて強引なのが、アガサ伯母。「人類の未来を心憂える者を絶望させるのはね、バーティー、お前みたいな若造なんだよ」とバーティーを諸悪の根源と決め付ける。人の話は効かず、自分は話し始めたら止まらない。バーティーを更正させるには身を固めるのが一番と、アチコチで目をつけた女性とバーティーを結婚させようとする…というか、彼女からバーティーに連絡が入った時は、既に罠の口が閉じている。

 という事で、お話は、ビンゴやアガサ伯母がバーティーにトラブルを持ち込み、バーティーが「助けてド○エもん」と泣きつき、ジーヴスが解決する…と共に多少のオツリが返ってくる、というパターンになる。このオツリがまたイロイロで、案外とジーヴスも酷いw

 Google で検索すると既に漫画になっている模様。わかるなあ。きっと薄くて高い本も沢山出るんだろうなあ。なんたって、バーティーとジーヴスの関係がいい。ジーヴスの能力と忠誠は完全に認めつつも、素直に頼るには意地とファッション・センスが邪魔するバーティー。バーティーの人の良さを快く思いつつも、先鋭的なセンスは絶対に受け入れられないジーヴス。

 推理小説同様、オチが重要なお話なので、決して結末を先に読まないように。この本は連作短編で、全18話を収録している。それぞれ二編が対になり、問題発生編→解決編、という雰囲気にまとまっている。味見したい人は最初の二編、30頁ほどを読んでみよう。

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