清水建設宇宙開発室編「月へ、ふたたび 月に仕事場をつくる」オーム社
建築資材を地球から月へ輸送するわけですが、その輸送費が非常に高いのです。たとえば、日本で開発したH-2のような大型ロケットを一回打ち上げるだけでも100億円以上の費用がかかります。しかも、そのロケットで月まで運ぶことのできる積み荷は2.5トン程度です。
【どんな本?】
「恒久的に人が滞在する施設を月に建設する」というテーマで、どこに作るか・どんな形にするか・どんな施設が必要か・どんな素材を使うか・その素材はどうやって調達するか・建設のスケジュールなど、科学・工学、そして費用面を含めた産業的な見地で検討した本。発行が1999年と少し古いのが難点だが、内容はあくまで現実的で、だからこそエキサイティングだ。
【いつ出たの?分量は?読みやすい?】
1999年10月25日第1版第1刷発行。ソフトカバーで幅広の新書サイズ。縦一段組みで約143頁。9.5ポイント45字×17行×143頁=109,395字、400字詰め原稿用紙で約274枚。図版やイラストを多数収録しているので、実際の文字数はこの7割程度。小説なら中篇の分量。
執筆者を見ると清水建設(株)宇宙開発室所属の人がズラっと並んでいる。皆さん素人向けの解説本執筆には不慣れなはずだが、内容のわりに文章は読みやすい。顧客や役員向けのプレゼンテーションで提出するつもりで書いたのかしらん。たまに分子記号が出てくる程度で、数式はほとんど出てこないので、中学生でも充分に読みこなせるだろう。
【構成は?】
1章 月面の環境を知る
2章 月面基地の建設
3章 月面基地での生活
4章 月面基地における資源利用
5章 月面基地・月資源開発に関わる法制度
あとがき
参考文献
【感想は?】
企業の人が執筆した本だけあって、内容はとても現実的。例えば、いきなり隕石の影響が出てくる。
たとえば、1マイクログラム(10-6)の隕石が金属に衝突すると、直径0.5ミリメートルのクレーターができますが、これが1グラムの隕石になると、金属に直径数センチメートルのクレーターができることになります。
として、隕石による孔の直径と、そのサイズの隕石が1㎡に年間何個落ちるかの表が出てくる。これによると、0.1μm(1/1万mm)の孔は年3万個、1/100mmは300個、0.1mmは0.6個、1mmは0.001個。こりゃもう、孔はあくものと覚悟した方がよさそう。
対策として提案しているのが、レゴリス(月の表土)で覆うというもの。または、地下に作ってしまえ、となる。レゴリスで覆う場合、レゴリスを袋詰めすりゃ扱いやすい、なんて出てくるあたりはさすが建設会社。実際の居住区は宇宙ステーションのようにパイプ型のモジュール構造にして、各モジュールを順次継ぎ足していこう、ってのも現実的。
これは序盤の話で、ビル作りで言えば作業員が寝起きするプレハブ小屋に該当する建物。その後、レゴリスからコンクリートを作って、施設を拡張しましょう、って話になる。デザイン案が幾つかある中で、印象的なのが6角形のモジュールを組み合わせて拡張するタイプ。まるで蜂の巣。
ラフながらちゃんと建設スケジュール表もPART図っぽいのがあって、優先順位としては電力供給装置→居住モジュール→実験モジュールの順。14日間で完了する予定ってのが見事。なんで14日かというと、月の一日が28日だから。エネルギーは太陽電池で供給する前提なんで、昼の間に電力供給装置を稼動させ、夜は電力を節約しましょう、って事。
面白いのが、重力の影響。「日常生活で昇降するための階段は3メートルの階高に対して3段ぐらいでよい」なんて研究もあるとか。階段の空間を節約できるなら、高層建築のデザインに大きな幅が出そう。sの高層建築で怖いのが地震だけど…
その大きさは最大でもマグニチュード4で、年間に放出されるエネルギーは年間2×1013エルグくらいです。地球の年間1024~1025エルグと比べると、桁違いに小さいことがわかります。
ゼロが10個以上違うのね。
恒久的に住むなら、水と食料も自給したい。昔から気になってた事があって、それは「月の土で植物は育つのか」って点。これはバッサリ「レゴリスは作物栽培に必要な養分を含まない」と切り捨てられてしまった。けど大丈夫。「栄養分を含んだ水を供給し栽培を行っています」。つまり肥料を与えりゃ大丈夫、と。または水耕栽培かな。
研究中の作物はコムギ・ダイズ・ジャガイモ・レタス・イネ・サツマイモ・テンサイ・ピーナッツ。ところが嬉しい事もあって、低圧でも育つ植物はあるとか。「低圧下(40キロパスカル以下)で育成実験を行ったところ、常圧条件(100キロパスカル)と同等の発芽、成長、品質を得られる」とか。でも野菜ばっかりなんだよね。果物は実験に数年単位の時間がかかるから難しいんだろうなあ。肉は贅沢です。
問題は、水。冒頭にレゴリスの化学組成例が出てて、大半が酸化物。SiO2が最大でFeO・Al2O3・CaOが続く。つまり酸素はあるんだけど、水素がない。月の極か大型クレーターの影から調達するか、地球から持っていくか。ついでに肥料の原料を探すと、K2Oが0.1~0.5%、P2O5が0.05~0.1%でカリウムとリンはあるけど、窒素がない。
他にも「重機を動かそうにも重力が1/6なんで尻ふっちゃうよ(意訳)」とか「真空中じゃグリースが蒸発しちゃうよ」など、宇宙開発の下世話なネタがいっぱい。SF者は必読ですぜ。
【関連記事】
| 固定リンク
「書評:科学/技術」カテゴリの記事
- ボブ・ホルムズ「風味は不思議 多感覚と[おいしい]の科学」原書房 堤理華訳(2024.12.12)
- ジョフリー・ウェスト「スケール 生命、都市、経済をめぐる普遍的法則 上・下」早川書房 山形浩生・森本正史訳(2024.11.25)
- 藤井一至「土 地球最後のナゾ 100億人を養う土壌を求めて」光文社新書(2024.10.23)
- ダニエル・E・リーバーマン「運動の神話 上・下」早川書房 中里京子訳(2024.10.20)
- アリク・カーシェンバウム「まじめにエイリアンの姿を想像してみた」柏書房 穴水由紀子訳(2024.09.19)
コメント